33.一日遅れの祝祭日の贈り物 1
公爵家は皆、王宮に自由に使える控室を持っている。今日はベルトルトが一緒のためティンバーレイク公爵家の控室で待ち合わせをすることになっている。
「失礼いたします。イーグルトン公女様をお連れいたしました」
見事な艶を放つ重厚な扉の前、案内の第一騎士団の騎士が声を掛けると中から「どうぞ」と返事があった。騎士が開いた扉を抜けると、中にはすでにグローリア以外の全員が揃っている。
「ごきげんよう、皆様。あら…お待たせしてしまったかしら?」
ちらりと部屋に置かれたこれまた見事な艶を放つホールクロックを見ると約束の時間の十分前。遅れたわけではなさそうでグローリアは少しほっとした。
「ごきげんよう、グローリア。違うわ、楽しみ過ぎてかなり早く着いたのよ」
黒の革張りのソファに座り紅茶のカップを手にしていたモニカが若草の瞳を嬉しそうに細めてグローリアを見た。ベルトルトとフォルカーも「やあ、グローリア嬢」「ごきげんよう、グローリア様」とにっこりと笑った。
「グローリア様、ごきげんよう」
「こんにちは、グローリア様」
同じく紅茶のカップを前にしていたドロシアとサリーが立ち上がろうとするのを手と視線で制止する。
「あなたたちも早かったのね?」
モニカに促されるままにソファに座ると、すぐにグローリアの前に湯気の立つ紅茶が用意された。
「別件がございましたので父と早く参りまして。どこでお待ちしようかと思っておりましたらちょうどモニカ様にお会いしました」
ドロシアが静かに頷いた。ほんの少しいつもより化粧が濃いのはその別件のせいか。ドロシアのきりりとした横顔に、今日はそこはかとない艶を感じた。
そんなドロシアの薄墨色の真っ直ぐな髪を飾るのは黒地に金糸で複雑な刺繍を施したリボンを幾重にも重ね、中心の金細工の土台には金の粒を多量に含んだラピスラズリのカボションをはめ込んだもの。二日前の伯爵家のパーティーで贈ったグローリアからの誕生日の贈り物だ。ドロシアの濃紺の瞳と凛とした知的な横顔に、実によく似合っている。
「あの、少し、少しだけ緊張してしまって……」
もじもじと、サリーが困ったように眉を下げて言った。手に持っていた包みをぎゅっと握りしめ、そわそわと視線を泳がせている。
「緊張ですの?」
落ち着かない様子のサリーにグローリアが小首を傾げると、サリーが覚悟を決めたように唇をきゅっと引き結び頷いた。
「これを!皆様にお渡ししたくて!!」
そうして包みをテーブルの上でひっくり返すと、中からは手のひらサイズの布でできた小さな袋が五つ現れる。ふわりと、周囲に花のような良い香りが広がった。
「これは?」
「あの、サシェなんです。皆様のイメージでポプリを詰めて、刺繍を…させていただきました。あの……私などが烏滸がましいんですけど、皆様に、祝祭の贈り物を……」
そう言ってサリーがまずグローリアに差し出したのは薄紫のライラックが刺繍されたサシェ。小さな花を何輪も何輪も丁寧に刺し、それを金の糸で蔦のように繋ぎまるでひとつの紋章のように装飾されている。
「まぁ、香りもライラックね」
甘く、それでいて爽やかな花の香りがする。ライラックは香水の原料にもなる芳香の強い花だが、ポプリとしてその香りを強く残すのは実は難しい。しかも花の咲く時期を考えればいつからこれを準備していたのだろう。
「はい、グローリア様の瞳とグローリア様の清廉で温かなイメージで……」
もじもじと、不安そうに視線を彷徨わせるサリーに、グローリアは心の底から微笑んだ。
「ありがとうサリー。とても心の籠った素敵な贈り物だわ……とても嬉しい…」
そっと両手で包み込むと、サリーの表情がぱっと、途端に明るくなった。
「良かったです!!ありがとうございます!!!」
贈り物をもらったのはグローリアの方なのに、まるで自分が宝物を受け取ったようにサリーは笑った。両の頬のえくぼが朱に染まった頬にくっきりと浮かび上がる。
モニカには若草、ドロシアには濃紺、ベルトルドには金と銀、フォルカーには夕焼け色でそれぞれに意匠の違う、複雑な刺繍が施されている。
「これは、美しいですね」
「すごいな、サリー嬢は器用なんだね!」
「サリーは刺繍が得意なのです。美しいでしょう?」
感嘆の声を上げるフォルカーとベルトルドに、口角を上げまるで我がことのようにドロシアが胸を張り自慢している。
「本当に凄いわ。香りもとても良いけど…これほどの刺繍、うちの針子でもそうそう刺せる者は居ないわよ」
サシェを目の前に両手で掲げ、若草の瞳をきらきらと輝かせてモニカがまじまじと刺繍を眺めている。グローリアも手の中のサシェをそっと撫で、それからサリーへと視線を戻した。
こうして女神の祝祭の翌日に会うことは初めてだったのでサリーから祝祭の贈り物を贈られたのは実は初めてだ。グローリアも用意してきて本当に良かったと、顔を真っ赤にして「ありがとうございます!!」と嬉しそうにはにかんでいるサリーを見て微笑んだ。




