30.冬休みの相談
「俺も会ってみたいな、その大きな熊さん」
「ではぜひ参りましょう。会えるかどうかは運ですけども……女神の祝祭日の翌日はいかがです?」
会ってみたいね?と微笑み合うベルトルトとモニカにグローリアは頷いた。
ドロシアの誕生日の翌日、女神の祝祭日は誰もが神殿に祈りを捧げその後は家で家族と共に静かに過ごす。騎士団も家族のあるほとんどの者が夜は休みとなり、王宮に詰めるのは身寄りのない者や自宅が遠方で帰宅が難しい者などだ。
そうして、そういう者たちのために王宮では祝祭のごちそうを用意し、神殿からは司祭が呼ばれ、交代で祈りを捧げ司祭も巻き込んで皆で祝祭日を祝う。家のある者たちもふらりと王宮に現れては知己と祝祭日を祝い、そうしてまた家に戻る者もいるらしい。王宮が丸ごとひとつの家となるのだ。グローリアは、そんなこの国と王宮の祝祭日の在り方をとても好ましく思っている。
「もちろんお供します」
「私も!!グローリア様のお供なら何をおいてもです!」
ドロシアが口角を上げて頷き、サリーが胸元で両手を合わせてにこにこと笑った。昨年は確か祝祭日の翌日に沢山の焼き菓子を持ってグローリアだけで鍛錬場へ行ったのだ。休みだった者たちは昼から出仕し、城に詰めていた者たちが入れ替わりで一日休みとなる。そのため、いつでも食べられるようにと特に日持ちのする焼き菓子を選び持って行ったのだ。
「わたくしも家に確認するわ。余程のことが無い限り行くけれどね」
「俺は一応、その日は何も言われていないから大丈夫なはず」
ベルトルトがちらりと後ろを確認した。南国の柑橘を思わせる夕焼けにも似た色の髪が印象的な、ベルトルトよりも頭ひとつ分背が高く、ベルトルトの金よりも一段濃い琥珀の瞳の青年がベルトルトを見てにこりと微笑んだ。
「特に予定は入っておりません。モニカ様とお過ごしになるかと思い空けておりましたので。問題ございませんよ」
ベルトルトの従者兼お目付け役という、どこかで聞いたような立場の彼はフォルカー。ベルトルトの幼馴染で侯爵家の次男だ。護衛も兼ねており、ベルトルトよりも四歳年上のニ十歳で一度あちらの学園を卒業しているのだが、従者では寮には居られても教室までは入れない。そのため、常にベルトルトの側に居るために二年間だけこちらの学園に学生として留学してきたのだ。
年上の男性らしく落ち着いたフォルカーは、その派手な色彩に比べ顔立ちこそ目立つ方ではないが立ち居振る舞いの優雅さと物腰の柔らかさで女生徒からの人気も高い。
が、その大人な視点と面倒見の良さから実は男子生徒の方により慕われているようで、ともすると女生徒の人気を集めすぎて男子生徒に嫌われそうなベルトルトの良い緩衝材となっている。幼い頃にフォルカーをベルトルトの側近に選んだ人物はかなりの先見の明があったと言えよう。
先日、ティンバーレイク公爵家でベルトルトたちも含めて六人でお茶を飲んでいた時、またも単刀直入にモニカが聞いたことがある。「どうして王族籍に残らないのか」と。あの隣国で虐げられているのではないかという直接的な質問の続きのようなものだ。
グローリアたちはぴしりと固まったが、聞かれたベルトルトは隣に座っていたフォルカーと目を見合わせると、何ということも無いように笑った。
「いや、別に残っても良かったんだけどね。というか、こちらの国に対しては残った方が良かったとは思うんだけどね。でもさ、王族って、国境を越える時に手続きとか面倒でしょ?国同士で交渉しないといけないしさ。臣籍に降ってしまえばその手続きは国同士の話し合いじゃなくて普通の出入国手続きで行けるでしょ?その方がモニカが里帰りしやすいかなって」
なぜそんなことを聞かれるのか分からないとばかりにきょとん、と首を傾げたベルトルトに、静かに微笑むフォルカー以外の全員が目を丸くして絶句した。
国の事情でも本人の事情でも、虐げられているわけでも何でもない。完全に、モニカのためだった。
笑えばいいのか、怒ればいいのか、それとも呆れればいいのか。モニカがどう表情を作れば良いのか分からないという顔でじっとベルトルトを見つめるとぽつりと呟いた。
「どうして、そこまで?」
「何でって………ん-…何でだろうね?俺がそうしたいと思ったから、かなぁ」
そうした方が良いと思ったんだよねぇ。そう言ってにこにことモニカを見つめるベルトルトを何とも言えない目で見ていると、フォルカーが静かに紅茶のカップを傾けながら言った。
「ベルトに理由を求めても無駄ですよ。思ったことをそのままする人なので聞いたところでこちらが理解できないです」
「思っていないことはなさらないの?」
「しますよ、せざるを得ないときは。ですが本人の意思を通せるところでは思った通りのことしかしませんので。理由は基本的には『そう思ったから』ですね」
感心すれば良いのか呆れれば良いのか。ちらりとモニカとベルトルトを見ると、「あ、モニカ、紅茶のお代わりは?」などとベルトルトがにこにこと侍女に合図を送っている。ふたりはふたりの世界におり、こちらに帰ってくる気は無さそうだ。




