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【過去話の密度調整中】ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第三章 王妃付き侍女と国王付き侍従の恋文とその顛末について

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1.三日前 1


「お疲れ様です、メイウェザー嬢」


 まだ少し肌寒い春の日の夕方のこと。

 その日最後の職務である経理部へのお使いを終え、常よりも早い帰宅に何をしようかと上機嫌に回廊を歩いていると王妃宮の手前で呼び止められた。

 内心慌てて、表向きには淑女の笑みを浮かべ優雅に振り返ると立っていたのは良く見知った顔。名前はダレル・ストークス、国王陛下の侍従でストークス侯爵家の第三子だったと記憶している。


「お疲れ様でございます、ストークス様。何か御用でございますか?」


 ハリエットは向き直り軽く会釈をした。ダレルは中肉中背。ブルネットの髪によくある緑の瞳。国王陛下の側に侍る者たちの中ではとりわけ目立つ方でもない。

 物静かで気配は薄いが、国王陛下と王妃殿下のお茶会などでも常に陛下の後ろに控えている、そんな人だった。


「あー、その…少しお願いがあるのです…」


 ダレルは元々よくしゃべる方ではないしいつも静かに後ろに控えている人だ。けれど話をすればきちんとした受け答えが返ってくる人でもあるので、普段とは違うその歯切れの悪さにハリエットは首を傾げた。


「お願い、で、ございますか?それは王妃殿下にでしょうか、わたくし個人にでしょうか?」


 困ったように眉尻を下げてもごもごと「いや、その…」などの繰り返す国王陛下の唯一とも言える侍従に違和感を感じつつも、帰ったらやることを指折り数えていたハリエットは微笑みを作りながら軽く苛立った。


「何か、ございましたか?」

「ああ、その……あなた個人に、折り入ってお願いがあります、ハリエット・メイウェザー伯爵令嬢。私にお時間をいただけませんか……?」


 笑みを深めたハリエットに慌てたように答えたダレルは、何かを覚悟したように悲痛な表情でハリエットを見つめている。


「わたくし個人、でございますか」

「はい。メイウェザー嬢に……。大変申し訳ないのですが、軽々しく口にできる内容では無いもので……移動させていただいてもよろしいでしょうか?」

「移動、でございますか?」

「はい。お仕事が残っていらっしゃらないようであれば移動を。もちろん帰りは王宮まで送らせていただきます」

「王宮を出るのですね?」

「はい……申し訳ないのですが……」


 恐ろしいお誘いの言葉と言葉通り心底申し訳なさそうなダレルの表情を見て、ハリエットはものすごく面倒ごとの予感を感じた。


 結局、人に聞かれると本当にまずいということでハリエットはストークス侯爵家のタウンハウスへ招かれた。突然の来客にも関わらず、誰もが大変良い笑顔でハリエットを迎えてくれ、なぜか上にも下にも置かぬほどの歓迎ぶりだった。

 ストークス侯爵家は大変愛情深い家であり使用人たちにもとても評判の良い家だと聞いていたが、ここまでとは思っておらずハリエットは同じ貴族として密かに感動した。


 執事と思しきにこやかな紳士の先導で、歴史の重さの中にも温かみを感じさせる応接室に通された。使用人が茶と菓子を用意したのを見届け、ダレルはこほん、と小さく咳払いをした。


「しばらくふたりにして欲しい。呼ぶまで入らないように」

「承知いたしました」


 初老の執事は口では承諾しながらもちらりとハリエットを伺った。

 密室に未婚の男女がふたりきりなどあってはならないことではあるが、それほどに難しい内容なのだろう。少々誤解を受けたところで生涯独身宣言をしているハリエットには大した痛手にはならない。

 ハリエットが執事に微笑みつつ頷くと、なぜか満面の笑みで頷き返した執事は一礼して扉を出て行った。


「……?」

「メイウェザー嬢、よろしければ冷める前にお茶をどうぞ」

「え、ええ。ありがとうございます」


 少し苦笑気味のダレルに促され、口を付けないのも失礼なので湯気の上がるカップを一度香りを楽しむためにゆっくりと揺らした。ふと、嗅いだことのあるような香りがして目を瞬くと、ひと口だけいただいた。仄かな苦みの奥、すーっと抜けるミントのような爽やかさが広がる。

 ハリエットが思わず目を瞠ると、楽し気に口角を上げたダレルが首を傾げた。


「気に入っていただけましたか?」

「はい、とても…とても爽やかで、とても美味しいと思います」


 ハリエットには感想を言葉にする才能はないらしく、残念ながらうまい言葉が出てこない。それでもダレルは嬉しそうに緑の瞳を細めて笑った。


「良かったです。当家で新しく開発した茶葉なのです。まだ試作なのですがとても良くできていたので……あなたにお出しできてよかった」

「…はい?」


 思わぬ笑みと返答に、ハリエットはつい淑女らしからぬ反応で聞き返してしまった。まるでハリエットにこそ、飲んで欲しかったように聞こえ、被っていた大量の猫のうち数匹が驚いて手を滑らせてしまったようだ。


「メイウェザー嬢は紅茶に精通し王妃殿下のお飲み物はメイウェザー嬢がご用意することが多いと伺っております。陛下と王妃殿下の茶の席でもメイウェザー嬢がご用意されることが多いですよね。ですから、あなたの意見を伺ってみたかったんです」

「ああ、そういうことでございましたか」


 ハリエットの反応を気にすることも無くにこにこと嬉しそうに笑うダレルに、ハリエットはなるほどと納得した。


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