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片方の靴下失踪事件

作者: さば缶

 冬の寒さがひしひしと身にしみる早朝、私はひとつの奇妙な失踪事件に向き合っていた。

失踪したのは、人間でも動物でもない。

右足用の靴下だ。

わずか一片の布地、些細な存在。

しかし、その行方不明は不可解かつ深刻で、解決の糸口が見えない。


 事件の発端は平凡だった。

目を覚ました私は、寒さを凌ぐべくいつもの靴下を探しに、洗濯物の山へと向かった。そこにいたのは、左足用の靴下一足だけ。

相棒であるはずの右足用は、忽然と姿を消していた。

洗濯機の中を確認し、乾燥機を隅々まで探しても、彼はそこにはいなかった。

まるで煙のように消えたかのようだった。


 一体、靴下はどこへ消えたのか。

事件の核心を掴むべく、私は洗濯の一部始終を振り返ることにした。


 洗濯機のスイッチを入れたのは昨晩のことだ。

回転の音を聞きながら、私は紅茶を飲み、読書に耽っていた。

洗濯物を乾燥機に移す際も、何の異常も感じなかった。

全てがいつも通りだった。

しかし、今朝になり、結果は明白となった。片方の靴下は存在しない。


 この現象に心当たりがないわけではなかった。

靴下の片方が行方不明になる現象は、俗に「靴下消失問題」として知られている。

古今東西、多くの家庭で報告されるが、そのメカニズムは未だに科学的に解明されていない。

だが、私はそんな曖昧な説明に納得する気は毛頭なかった。

この失踪には、確かな原因が存在するはずだ。


 まず、私は現場である洗濯機を調査した。

ドラムの隅々まで手を滑らせ、排水口の中まで覗き込んだが、手掛かりとなるものは何も見つからなかった。

洗濯槽の裏側を覗き込むために懐中電灯を持ち出したが、そこにも靴下の影はなかった。


 次に、私は乾燥機を調べた。

フィルターに残る細かな繊維の中に靴下が紛れている可能性を考えたが、無益だった。

乾燥機の内部構造にまで目を向けたが、機械は冷たく無言のままだ。


 だが、調査を続けるうち、奇妙な点がひとつ浮かび上がった。

洗濯物の中に混ざっていたハンカチの端に、不自然な焦げ跡が見つかったのだ。

焦げた跡は小さく、注意深く観察しなければ見過ごしてしまう程度だった。

だが、この痕跡が靴下消失の謎を解く鍵になると直感した。


 焦げ跡を見た瞬間、私の脳裏にひとつの可能性が浮かんだ。

乾燥機の動作中、何らかの物理的な要因によって靴下が内部で引火し、燃え尽きたのではないか。

焦げたハンカチは、その影響を受けた副産物に違いない。

この仮説を検証するため、私は乾燥機の内部温度を計測し、残り香を注意深く嗅ぎ取った。


 すると、微かな焦げ臭が確かに残っていた。乾燥機の過熱が原因で、靴下が発火した可能性は高い。

しかし、それならば、燃え残りが全く存在しない理由は何だろう。

灰や繊維の一片すら残っていないのは、不自然ではないか。


 この時、私はある一つの真実に気付いた。

それは、失踪事件ではなく「消滅事件」だったのだ。

靴下は単に行方不明になったのではなく、跡形もなく消え去った。

残る謎は、いかにして、そしてなぜ消滅したのかという点だった。


 答えは、次の日の朝に訪れた。

私はふと、ベランダの隅に放置された古い靴下を見つけた。

それは事件の被害者である右足用の靴下ではないかと、半ば確信した。

その靴下は風化し、泥がこびりついていたが、確かに私の記憶にある柄だった。


 だが、そこで私は重大な事実に直面する。

昨日まで確かに存在していたはずの左足用靴下が、今度は姿を消していたのだ。


 私の心は、冷たい現実の重さに沈んだ。

この家には、何か得体の知れない「存在」がいる。

そいつが靴下を消し、あるいはどこかへと連れ去っているのだと。

謎は解けないまま、ただ一つの事実だけが私の中に残った――靴下は、完全な対で存在する運命にはないのだ。


事件は、結局未解決のまま幕を閉じた。

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