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「大人」になる


夜闇に燃え盛る炎、焼け落ち、崩れてゆく家々、そのがれきに潰され、母親を失った子供が大声で泣いている。

文字通りの地獄絵図だった。

シャルニカは、自身の心が上げる悲鳴を握りつぶした。

私は人間じゃない、それを証明しなければ、私に帰れる場所なんてない。

もう二度と失ってたまるか、もう二度と奪われてたまるか、もう何もなくさないために、この力が私のもとにあるんだ…!

胸に当てた震える手をさらに強く握り締め、シャルニカは「人間」に向けて火矢を構える。

風の力で火の威力が増す。クラリアナが補助してくれるおかげで、この間の襲撃で全滅させられなかった人間の町は、数刻と持たずに壊滅状態だった。

轟々と燃え盛り、威力の増した火矢を、逃げ惑う人間の一人に向けて放つ。風の威力を伴ったそれは、人間の体をたやすく爆散させた。


「あぁっ……」


小さな呻き声が漏れる。フィメリアはこの光景に、杖を抱きかかえてただただ涙を流しているだけだった。

クラリアナは何も言わないが、暗く沈み込んだ顔色と、冷たい目をしている。火矢を構えれば協力してくれるので、問題はない。

殺しつくさなければ。竜に仇なす人間も、自身の中に残る「人間」も、遠い昔に親兄弟を殺したやつらの末裔も。

何もかも、許してはならない。罪にまみれた人間も、罪にまみれることに脅える弱い自分も。

私たちの、生きられる場所を守るために。


「…フィメリア!クラリアナ!!」


シャルニカは二人を呼び寄せた。フィメリアに無言で自身の腕の火傷を示す。フィメリアは泣きながら片手で杖を構え、シャルニカの火傷の腕をもう片手で優しく撫でる。

暖かな白い光が溢れた後、シャルニカの火傷はきれいに治っていた。フィメリアは嗚咽をこらえきれなかった。

シャルニカはそんなフィメリアの弱さには何も言わず、クラリアナと視線を交わすだけでやり取りし、次のターゲットに向かった。

クラリアナの風魔法で飛んで移動しているため、フィメリアは泣き崩れていても自動的についてくる。

切り離して置いてきた方がこの子のためかもしれない、シャルニカもそれは感じていたが、それはできない、許されないのだ。

私たちは3人とも、竜の祝福を受けた。「人ではないもの」には、3人でならなければならない。欠けてはいけないのだ。

必ず3人で、本当の「闇竜一族」になってみせる。


シャルニカの強く儚い決意を、月のない夜空が見下ろしていた。







「…止めにはいかないのか?」


ルドはいつの間にかいなくなっていた少女たちの行く先について、心当たりがあった。

きっともう始まっている。止めるなら早く行かなければ手遅れになる。

だが彼女たちの「父親」である闇竜の長、ノヴァはその問いに目を伏せた。


「再度聞こう。止めにはいかないのか?」

「………私が伝えるべきことは、全て伝えたつもりだ…。

それを聞いてなお、蛮行に走るならば、止めたところでどうなる…。彼女たちの心はくすぶり続けるだけだ」

「放っておけば燃え尽きてしまう。くすぶっているうちに何とかしようとは思わないのか?」


ノヴァは本当に小さく、ため息を吐いた。目を開けると、ルドを見据えて答え始める。


「…私は人間ではない上に、本当の「親」ではない。だからこそ難しい…。

娘たちが愛おしい気持ちはあれど、その意思に、心に、どこまで私が介入して良いのだ…?

彼女たちが思い描く理想…それに到達するために、今回のことが必要なら、させるべきとも言える…。

だが、彼女たちは「人間」だ。同じ形のものを「壊す」ことに、傷つき疲れ果ててもいるだろう…。

やめさせたい…。私のもとで、いつも明るく笑っていてほしい。だがそれは私が彼女たちを傀儡扱いしているだけに過ぎぬ…。

彼女たちの意志とは「闇竜」となること…。ならば、これを「試練」と捉え、任せるもまた正しきことなのではないか…」

「正しい正しくないの前に、死んでしまったらどうするのだ」

「…あの町は一度襲われている。警戒はされているだろう。

「勇者」が来ている可能性もある…。フィメリアに光竜の属性があるとはいえ、無傷では済むまい。

…ここで死すならば、それがあの子たちの運命と…受け入れねばならぬやもしれない…」

「愛する者の死をも受け入れる、と」

「…それが、愛する者たちの志だと、いうのならば…」


ルドは大きくため息をついた。顔を上げ、ノヴァの双眸を覗き込む。


「…ノヴァ、あなたは竜だ。何百、何千年と生きている。その中にはいくらでも生や死が巡っていたのだろう。

これから貴方を悪く言う。貴方は鈍感だ。傍観者に徹しすぎて、自分の心に従えないほど「停滞」している。

そんな貴方に、一瞬の火花のような人生しか生きられない人間の気持ちを理解せよ、というのは、確かに難しいのかもしれない。

短命種故の強き欲望、何を犠牲にしても手に入れたい承認欲求…。

過去、貴方はその貪欲を忌み嫌い、人間と対立した。

敵同士の時はよかった。しかし今、貴方は懐に「人間」を入れてしまった。「父親」となった。もう傍観の構えを取るべきではないのではないか?

竜の考えにあの子たちを合わせさせるのではない、あの子たちに合わせて変わってゆかねばならぬのではないだろうか」


ノヴァはルドの蒼い瞳を見つめ返し、一言も漏らさぬようにその話に聞き入っていた。やがてルドの服や髪をなびかせるほどの大きなため息をつくと、のそりと寝そべっていた体を起こした。


「待たれよ」


ルドは片手を突き出し、ノヴァの動きかけた意志を留める。


「貴方の巨体が町に現れれば、それこそ大戦争になりかねない」

「…お前は炊きつけたいのか、押しとどめたいのか、どっちだ」

「偉そうに説法しつつ、向かうのは私でどうだろう?

闇竜の長が行くより、事をうまく片づけられる気がする」

「そんな大ごとを任されてやると言うのか…見返りはなんだ?」

「それは追い追い考えるが、竜と人間の争いを止めることに協力してもらうことになると思う」

「…できる約束ではないぞ?」

「構わない。そこは私がうまく成し遂げられたら、また考えてくれればいい」

「…不可思議な男よ」

「今は誉め言葉に思える。ありがたくいただいていくとしよう。

では早速行ってくる!」


風を纏い、高速で闇竜のねぐらを後にする不可思議な竜人(りゅうびと)を、ノヴァはこれまで抱いたことのない複雑な気持ちで見送った。







町の惨状はルドの予想以上のものだった。

燃え盛る炎から自身を守りつつ、町中に降り立つ。すると大通りの方から、何やらよく通る男の声が聞こえてきた。この声、聞き覚えがある。

ルドは声のする方へ向かった。噴水のある大通りの広間、そこは比較的炎の浸食が弱い場所だったようで、生き残った人々が集まっていた。

その人々の先頭に立つ、赤い髪の男。構える剣は、忘れもしないあの「ドラゴンキラー」だった。

「魔器」に選ばれし「勇者」ラシュディは、空に浮かぶ3人の少女に対して声を張り上げていた。


「「ドラゴウィッチ」と名乗ったそうだな、少女たちよ!君たちはなぜ竜に属する?!

自分たちと同じ「形」の人間をこんなに殺して、痛むだけの心は持ち合わせていないのか?!」


そう叫ぶラシュディに冷たい目を向けるシャルニカは、彼に対して3本の矢を構えた。どの矢尻にもボウッ!と火が灯る。

放たれた矢をクラリアナの風が追う。瞬く間に業火となった火矢が3本とも、ラシュディを捉えていた。


----カラランッ


ラシュディの剣に叩き落された矢からは火が消えていた。驚愕する少女たち。

何が起こったかはルドにしかわからなかった。ラシュディは火竜の長を殺したことで、火属性を得ている。

火矢と剣の接触の瞬間、火を己の属性----魔力として取り込み、矢だけを叩き落したのだ。

そんなことがわかるはずもないシャルニカは、また同じ攻撃を試みようと弓を構え直そうとした。


「無駄だ。俺に火は効かぬ」

「なら風はどうだっ…!」


クラリアナが単体で攻撃を仕掛ける。真空の刃がラシュディに襲い掛かるが、全て弾かれて消えてしまう。

彼の纏っている鎧は「魔器」だ。その程度の魔法では弾き返されてしまう。彼の後ろに集まる人々から歓声が上がった。

少女たちが呆然としていると、ラシュディは剣を持ち替えた。「魔器」ではない、普通の仕立ての剣。人間が切れる刃だ。

それを少女たちに向けて掲げ、「勇者」らしく通る声で語り掛ける。


「おとなしく投降しろ。さもなくば全員殺す。

…私が「少女」も斬れぬ優男に見えるか?人類に仇なすものは、誰であろうと容赦はしないぞ…!!」


その言葉に、町の人間から追撃の怒号が飛んだ。家族を殺されているのだ、無理もない。

やがて人込みから石が飛び、フィメリアの額に当たった。


「きゃっ…!」

「フィメリア!」


顔色を変えたシャルニカが、憤怒の形相で「勇者」に守られている人々に向き直る。

弓を構え、3つの矢尻に最大火力を載せると、直線ではなく斜め上に構え、放った。

弧を描いた矢はラシュディを越え、後ろにいた人々に襲い掛かる。物陰から出たルドが手をかざし、人々を守るため魔力を放とうとした瞬間、どこからか現れた3本の白い光が正確に矢を貫いた。

3本の光は地面に刺さり、やがて1つを残して消える。残った1つは白い槍の姿になり、その隣に舞い降りた赤髪の男の手に握られた。


「…何者だ」


不機嫌もあらわな声で、ラシュディが問いかける。現れた槍の男----ハーヴィンは、名乗りもしないで語り始めた。


「…この町がまだ村だった頃、150年くらい前になるのかな、ここには伝説級のバカがいてさ。

子竜をさらって盾に使おうとしたらしい。結果そいつは、子竜は殺すわ村人の怒りをかって殺されるわ、竜には村を襲撃されるわで散々だったらしい。

だから竜も同じことしてんじゃねーの?人間の子供さらって、魔法覚えさせて、盾にしてさー。

やること一緒。人間も竜も、同程度にバカだってことだなーー」

「何者だ」

「名乗らねぇと話が進まねぇのかよ、めんどくせーな。…ハーヴィンだ」

「何が言いたくて出てきたのか知らんが、その槍の「魔器」のことは知ってるぞ、落ちぶれ一族め」

「はいはい俺ってば有名人だからね~~」

「「魔器」に魅入られ、竜殺ししかできることがない一族が、ハッタリでもかましに来たか?その話の信憑性は?

真実だとしても聞き捨てならぬな、人間を愚弄するなど、貴様どういうつもりだ」

「どうもこうもねぇよ、ただ呆れただけさ、竜にも、人間にもな」

「何だと…」


ハーヴィンの言い分に明らかに苛立ったラシュディは、剣をハーヴィンに向けた。


「へー。「魔器」じゃないもの構えるなんて、まるで「魔器」じゃ人がほぼ斬れねぇのを知ってるみたいだなー」

「…貴様はなぜそんなことを知っている」

「こっちは「魔器」がらみじゃいろいろやってんだよ。一族に引っ付いて離れねぇ、気味悪い武器だったからなぁ。

てかさ、そんな剣向けて、殺る気満々じゃねーか。投降したら助ける気は本当にあんのか?」

「…もちろんだとも、投降するならば、な」

「ははっ、口じゃ何とでも言えるよな。でもそんなもん突き付けながらじゃ信用されねぇよ」


ラシュディから少女たちに向き直ったハーヴィンは、シャルニカに向かって手に持った槍をポイッと放った。


「それが俺の持つ唯一の武器だ。好きにしてくれて構わない」

「…………何のつもりだ」

「理由が知りたい。お前ら、闇竜に操られてるようにはどうにも見えねぇ。

自分の意志で人を殺してんなら、理由があんだろ?聞かせろよ」

「……お前に私たちが理解できるとは思わない…」

「理解なんてできねぇよ。したいのは話し合いで、つけたいのは「折り合い」だ」

「…………………」

「………ね、ねぇ…」


ハーヴィンとシャルニカの会話に、遠慮がちに割り込んできた弱々しい声の主に視線が集まる。フィメリアだった。

一目で泣きはらしたとわかる目元。真っ赤に腫れあがっているのが火に照らされてよくわかる。

杖をぎゅっと抱きかかえた彼女は、意を決したように声を張った。


「……もう、もうやめよう…!!こんなことじゃあたしたちが欲しいもの、絶対手に入らないよ!!!

「お父様」だって喜ばない、絶対悲しむよ!!だから…」

「バカじゃないの?」


フィメリアの声を遮ったのは、クラリアナの冷たい声だった。


「…泣いてるだけのいい子ちゃんは黙ってろよ…。何もできないくせして、正論だけ言って満足か?

…見ろよ、人間たちの顔。あいつらが今ボクらのやったこと、謝ったからって許してくれると思うのか?

魔法で吹っ飛ばした人間見ただろ?もう血まみれなんだよ…ボクらの手は……」


フィメリアを振り返ったクラリアナの目は、虚ろな穴かと思えるほど感情がのっていなかった。


「…殺せばいいんだ、燃やせばいいんだ、こんな町は…。

こいつらはボクたちの「人間の」家族の、犠牲の上に成り立つ生活で、今までのうのうと生きてきたんだ…。

ちょっとくらい…ちょっとくらい、殺した方がいいんだよぉっ!!!!」

「それじゃ殺し合い続けるだけだよぉぉ!!そんなの誰も望んでないよぉ!!

考えることをやめちゃダメ!!感じることを恐れちゃダメ!!罪から逃げちゃダメなのぉ!!!

…さっき、そこの人間さんが言った「折り合い」だよ。いろんなことを諦めたり、妥協したりしながら、「一番叶えたい望み」だけに集中しなくちゃ!!

あたしたち、年は150でも「生きてる」年数はすっごく短くて、まだ子供で…でも!このまま子供でいちゃダメなの!!

「子供でいちゃダメな時」が来たら、もう「大人」にならなくちゃいけないの!!あたしたちはもう「大人」なのっ!!」


ぜいぜいと肩で息をしながら、涙と鼻水だらけのひどい顔でフィメリアは叫び続けた。


「いつまでも「自分を見て」、「認めて」って駄々をこねてるだけじゃ、いつか全部失っちゃう!

お父様も、あたしたち3人の関係も、自分自身の命も…。

………生きてるんだもの…生き残ったんだもの。

確かにあたしたちは「奪われた」けど、だからってこれから「奪う」…「与えられる」だけで生きていいわけじゃない…。

竜だろうと人だろうと、「与えるものに与えられる」仕組みは変わらない…。あたしたちは「誰」に「何」を「与える」ことができるのか…。

ちゃんと自分の心で感じて、頭で考えて…!それが生き残ったものの「義務」で「権利」なの。

それをいつでも忘れちゃダメ、それがきっと「大人」になるってことで、あたしたちの「望み」にとっても大事なことだから…!!」


フィメリアの命の叫びを背中に受けても、シャルニカは動かなかった。振り返りもせず、冷たい声で問い返す。


「…あんたはただの後方支援だもの…。一度も直接手を下したことのない、傷を癒すしか能のないあんたに何が…」

「わかるよ!!!ずっとずっと、シャルニカとクラリアナの「傷」を治してきたから、わかるよぉぉ!!!!

今の2人がどれだけ傷ついて、どれだけ苦しんでるか、癒せるからわかるんだ!!!死にそうなくらいつらい思いしてるのわかるから言ってるんだ!!!

この声はあたしだけの声じゃない!!「2人の声」でもあるんだよ!!!つらい苦しいって、ずっと言ってるんだよ!!!

こんなやり方じゃない「望みを叶える方法」、あたしも考えるから!!2人がちゃんと納得できるもの、あたしもちゃんと考えるから!!

だからちゃんと…ずっと叫んでる「自分」の声を聞いてぇ!!!無視しないでぇぇ!!!」


全力で声を張り上げたフィメリアがうつむくと、クラリアナの目に生気が宿り、シャルニカの目にうっすら涙が浮かんだ。

いつでも一緒にいて、同じ経験を経てなお発する「仲間」の言葉だからこそ、凍り付いた2人の少女の心に、それは届いた。


「メリア……」


2人が、いまだ泣き続けているフィメリアに向き直り、抱きしめようとした時----

シャルニカの体がぐらりと傾ぎ、持っていた弓もハーヴィンの槍も落とした後、地面に叩きつけられるように落下した。


「ニカァァァァァァッッッ!!!!!いやあぁぁぁーーーー!!!!!!」

「シャルニカァァァ!!!」

「……茶番は終わったか?」


少女たちの会話に割って入ったのは、シャルニカの背に剣を投げ刺したラシュディだった。

血だまりに倒れたシャルニカに、駆け寄るように降りてきた2人を目線で追いながら、ハーヴィンはラシュディに向かってため息をついた。


「お前……今のはモテねぇわ」

「没落一族風情に言われても、痛くもかゆくもないな」


へいへい、と適当に返事をするハーヴィンは、シャルニカが落とした自分の槍のもとへ行くと、それを拾い、ラシュディに向けて構えた。


「貴様…正気か?」

「俺はな、気に食わねぇもんの敵なんだよ。そして、事情がある女の子の味方だ」

「人間に「魔器」を向けるなど…威力のほどは問わないが、重罪だぞ。人類を敵に回すつもりか?」

「元々人類は俺に味方してくれてねぇよ。落ちぶれてんでな」


「ドラゴンキラー」を構え直したラシュディに向かって、ハーヴィンが槍を繰り出す。それは隠れ潜むルドに向けての、絶好の機会だった。

ルドは物陰から飛び出し、風の魔法で移動速度を速め、瞬く間に少女たちのもとに辿り着く。

突然現れたルドに目もくれず、フィメリアはシャルニカに回復魔法をかけ続けていた。クラリアナも涙を流し見守っている。

シャルニカの傷は一見しただけで致命傷だとわかる。剣が肺を貫いている。顔も土気色になり、呼吸が止まるのも時間の問題だった。


「よかった、間に合った」


そう呟くルドに、初めてフィメリアが顔を上げる。怒ったような困ったような、助けてほしいような、複雑な顔だ。

彼女の回復魔法では治療できないのだろう、何が間に合ったんだと言いたかったに違いない。

ルドはうつぶせのまま息絶えようとしているシャルニカの背に手を当て、もう片手で一気に剣を引き抜く。

フィメリアとクラリアナが慌てた時には、もう治療は終わっていた。ごほっ、と息を吹き返すシャルニカに、2人は驚きを隠せなかった。

シャルニカを仰向けにし、息と脈を確かめる。目は覚まさないものの、命に別状はなさそうだ。ルドはほっと安堵の息を漏らす。

そんなルドに2人が声をかけようとした時、生き残った町の人たちがざわついた。


「…角と翼と尻尾が生えてるぞ………竜なのか?人なのか?」

「…俺、知ってるぞ、あいつ。こないだ襲撃受けた時に、俺のかあちゃんのケガ治してくれたやつだ」

「…竜なの?人なの?敵なの?味方なの?」

「わからないけど、すごい魔法使い、なのよね…?」


人々の視線がルドに集まる。ルドが何を語り掛けようか迷いながら立ち上がる間に、人々の関心は隣でチャンバラをしている2人に移った。


「それに引き換え…あの「剣の勇者」は何なの?」

「あんな「子供」に向かって容赦なく剣を投げつけるなんて…あれで「勇者」なのか?」

「いや、でもあの子たちは大量殺人犯だからな…」

「そうだ、姿形が子供だからと言って、許すわけにも…」

「だからって…「子供」を殺せる「勇者」なんて私…」


ラシュディとの対戦の最中、その声が耳に届いたハーヴィンが、ニィッと口元を歪めて笑う。


「言われてんぜぇ?「勇者」様。人殺しはやっぱダメだろ」

「黙れ、あれは人の姿をした化け物だ。惑わされて殺せないなど「勇者」の風上にも置けない」

「オイッ…、投降したら助けんじゃなかったのかよ…?!」

「助けてどうなる?「魔法」を使える「子供」なんぞ、生かしておいても面倒なだけだ!」

「本音が出たなぁ…!「人殺し」さんよ…!町の人間の信用も落ち始めてるぜぇ?!」

「フン…好きに喚くだけが能の愚物の声なぞ…届かぬわっ!!」

「…ふざっけんな!!!」


ガキイイイィィィン!!!!!


剣と槍で組み合っていた2人が離れる。肩で息をしているのはハーヴィンの方だった。

力量差のある相手にひるむことなく、ハーヴィンはギッとラシュディを睨みつけた。


「馬鹿野郎…誰が愚物だ!!お前みたいな強い「勇者」こそ、「愚物」の…「弱きもの」の声を拾わなくてどうすんだよ?!

力に溺れてんじゃねぇ!!何のための「勇者体質」だと思ってんだ!?

自分のためにしか力を振るわなかったら…そんなの、俺と同じじゃねぇか!!」


ハーヴィンは構えを解くと、冷静な顔つきになって語り始めた。


「…ちょいと前によ、子竜に会ったんだ。

そいつはなんと150年くらい前に失踪した、人類きってのエース、大魔導士レイノルドだっていうじゃねぇか。…今はルドって言うらしい。

「転生」の大魔導士ってのは有名だったからな、竜に転生してても何も驚きゃしねぇ。

そいつは、「愚物」の俺の話をちゃんと聞いたぜ。そして悩んでくれた…。真剣にな。

だから俺も目が覚めたんだ。この力は自分を「認め」させるためのものじゃない、誰かを「守る」ためのものだったはずなんだ」


剣を構えたまま話を聞いていたラシュディが、構えを解くとため息をついてハーヴィンを見下した。


「貴様に説教をされる覚えはない。「愚物」の「弱者」ふぜいが。

お前が「守る」側だなどと笑わせる…。そういう台詞はもっと強くなってから言え。

「守るための力」?当たり前だ、愚かで弱い全人類は俺が守り、俺が導いてやる。

お前たちが何を言おうと、俺は火竜の長殺しの「勇者」、世界最強だ…!!!」


ふとルドは、背中を向けて逃げ出すラシュディの姿を思い出したが、それに茶々を入れている場合ではなかった。

ラシュディが右手に火を灯したのだ。その手をハーヴィンに向けてかざす。火炎放射だ、ルドにはラシュディのやろうとしていることが読めた。

ハーヴィンなら躱せるかもしれないが、ここで傍観する理由もない。ハーヴィンに水のバリアを張ろうとルドが手をかざした時、妙な音がした。


バキン!ドサッ…。


ルドが音のした方をよく見ると、ラシュディの後ろに男の子が倒れていた。ハーヴィンもラシュディもそれに気づいて振り向く。

男の子はラシュディを睨みつけている。手に何か持っていた。火に照らされるそれは、鈍い光を放つ。

ナイフだ。


「………まさかお前、こいつを刺そうとしたのか?」


ハーヴィンが倒れたまま後ずさろうとする少年に問いかけた。刺されかけたラシュディが、その事実に目を見開く。

おそらく鎧の「加護」に、ナイフが弾かれたのだろう。少年はなおもラシュディを睨み上げながら、その言葉を放った。


「…………こどもをころそうとしたくせに、何が「ゆうしゃ」だ!

何が「せかいさいきょう」だ!!お前なんかいらない、消えちゃえっ!!!」


子供の言うことだ、きっと大人たちの言葉に感化されただけなのだろう。ルドから見れば、それは一目瞭然だった。

だが、本気で人類を導くつもりでいたラシュディには、その響きは心の奥底に…「核心」にまで刺さった。

良い家柄に生まれ、幼い頃から「勇者体質」に恵まれ、誰よりも強く、誰からも憧れられる存在。厳しい特訓。そして手に入れた「最強」の証。

自信に満ち溢れていた。それがこの間の竜もどきのせいで、少しずつ揺れ始めている。確たる「核心」、それがぐらついていた。

彼の「核心」には「契約」がある。強き意志でねじ伏せ、従えている「魔器との主従契約」----

その「契約」にピキン、とヒビが入る音がした。



「…あ、………あ、あああああアァァァァァァァッ………あああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーーーーーーーっっっっっっっっ!!!!!!!」



「なっ、なんだっ?!」

「うわぁっ!!」


突然断末魔のような、壊れた叫び方をし始めたラシュディに驚いたハーヴィンが、危機を直感し男の子に駆け寄る。

男の子を抱き上げ、町の人々の中で両腕を広げて待っている女性----おそらく男の子の母親のところへハーヴィンが踏み出した、その時。


ボンッッッッ!!!!!


弾ける音と共に、青い巨大な炎がラシュディから放たれた。


「うおっ?!?!」


何とか転ばず踏みとどまったハーヴィンは、近くまで来ていた母親に男の子を投げ渡すと、キャッチした母親ごと抱きかかえ、猛然とダッシュした。


「うおおおおおおおおおおおおみんな下がれえええええええええ!!!!!!!!」

「きゃああああああ!!!!!!」

「うわああああああああ!!!!!!!」


青い炎から離れるため、町の人々は皆一目散に走り出したが、すぐに町を囲んでいる炎に行く手を阻まれた。


「まずいっ…これじゃ…?!」


母親と男の子を抱えたまま振り返ったハーヴィンの眼前に、青い炎が迫る。

どの程度の火力かもわからない青い炎と、怯える人々の間に、透明な波打つ何かが割って入る。

それは水だとハーヴィンが理解すると同時に、青い炎は水の膜に包まれ、急速に小さくなっていく。

小さくなった炎の向こう側には、翼を広げた竜もどきか人もどきが1匹、手を前に突き出し力を込めている。

ハーヴィンはその人影と呼んでいいかわからない何かに向かって叫んだ。


「どなた?!」

「ルドだ!!」

「マジか?!」

「いろいろあってこの姿だ!!みんなを連れて逃げろ!!少女たちも連れていけ!!」

「わかった!じゃねぇ、何なんだよこれ!?」

「「魔器」の暴走だ!ラシュディは「魔器」に飲まれた!!」

「なんで?!」

「話は後だ!!抑えきれないっ…!!!」


青い炎が中で勢いを増し、水の膜がどんどん膨らんできている。

ハーヴィンは抱えていた母親と男の子を降ろし、町の人たちと目を合わせると、一斉に頷き合った。


「噴水用の湖がある高台はどうだ?!」

「火の手の回っていないルートを、怪我のない男性陣で確保して進もう!」

「怪我人がいるのよ?!子供たちもそんなに走れないわ!」

「老人は捨て置け!先のある若い衆だけで非難を…!」


勢いを取り戻した町の人々が、口々に案を出し始めた。それをハーヴィンがまとめていく。


「はい注目!逃げる場所は湖のある高台!ルートを決めるのは…ここの怪我のない3人の男たちで!

怪我人と子供と老人は、他の人たちで助け合って運ぶぞ!俺も何人かまとめて運ぶから、がんばろう!!」


もともとこの広間に集まれたのは、走って逃げることのできたものたちばかりだ。

ひどい重傷者などはすでに炎に巻かれてしまった。子供も老人も数えるほどしかいない。

これならいける、ハーヴィンが全体を見回して、移動しようとしたとき、3人の影が目の端に止まる。


「あいつらもか…」


ハーヴィンはこちらを見ている少女たちに声をかけた。


「手短に言う!お前らはどうする?!ついてくるか?!」


町の人たちからどよめきが起こる。否定の声も混じっていたが、今は議論している暇はない。

ハーヴィンは町の人たちに向け、声を張り上げた。


「あの子たちの処遇については、助かってから決めよう!!

言い争う時間が惜しい、見ろ!ルドももう限界だ!!」


ハーヴィンの指し示す先では、ルドが炎を抑えるのに水ではなく氷を使い始めていた。

氷魔法は水魔法の上位技、当然扱いが難しくなってくる。ルドは「属性」の巡りを細かく感じ取るため、目を閉じて集中していた。

だがそんなことは町の人にはわかることではない。一見余裕そうに炎を抑えているルドを見て、人々の間に安心感が生まれかける。

ハーヴィンも魔法のことについては詳しくはない。だが彼の「相棒」だけは、相当な魔力量を感知し、カタカタ震え続けている槍だけは、現場の危機を如実に感じ取っていた。

ハーヴィンは槍を信じ、少女たちの返答を急かした。


「時間がない!俺たちはいくぞ!!」

「待って…!」


声を上げたのはクラリアナだった。彼女は立ち上がると、足を震えさせながら答えた。


「ボクは風の魔法が使える…全員は無理だけど、何人かは走るより早く運ぶことができる!」

「それは助かる!怪我人、老人を中心に運んでくれ!ついでに高台まで飛んでいけるか?!」

「それは…無理だ、大人数になると制御に力を裂くから、低空飛行しかできない!」

「それでもいい、決まりだ出発するぞ…!!」


ハーヴィンは子供たちをまとめて抱え上げ、老人と怪我人をクラリアナに託した。

宙に浮く町人は皆胡乱な眼差しで彼女を見たが、怯みかける彼女をフィメリアが支える。

フィメリアが頷くと、意を決したクラリアナは、浮かせた怪我人の中に意識のないシャルニカを加えて、一斉に運び始めた。



移動し始めた人々を、目を閉じているため感覚だけで見送って、ルドはほっと一息ついた。

その途端、ラシュディの炎を囲っている氷にビキビキひびが入り、瞬く間に砕け散ってしまった。魔力の炎が再び吹き上がる。

水魔法や氷魔法では、長く勢いを殺していられないのはルドの想定内だった。問題はここからだ。

まず、このまま燃え尽きるまで燃やしておくとしたら…まだ息があるように見えるラシュディが死んでしまうのは確実だろう。それは避けたい。

次に地中深くに埋める方法だ。だがこの火は酸素を栄養源としている火ではない。土に埋めても「火の窒息」はありえないだろう。それにやはりラシュディが酸素を吸えず死んでしまう。

あとは空高くに炎ごと打ち上げる方法だが、それは地上のものが助かるための方法。ラシュディの命がやはり危うい。

何とかこの、魔力の火を消すしかない…その時、ルドの脳裏に引っかかるものがあった。

ラシュディがシャルニカに矢を放たれた時、矢を叩き落しつつ魔力を吸収していた。………これだ。

ルドはラシュディに近づくと、青い炎に両手で直接触れ、魔力の吸収を開始した。


「……ぅぐっっっっ……!!!」


思わず唸り声があがる。ルドも「魔器」の暴走魔力を吸収する、という所業は初めてである。

制限から解き放たれた、荒れ狂う魔力の吸収は、感覚的な言葉で言うと「痛い」に似ている。それが体の内外問わず駆け巡るのだ。

痛みに耐え、それでもなお魔力の吸収を続けていると、ルドの脳裏に走馬灯のような光景が浮かんでくる。

その中には見たことのある気がする人物が何人かいた。これは…おそらく「魔器」の、「ドラゴンキラー」の記憶…。

研究者の実験記憶から始まり、「勇者体質」の「候補者」たちとの「疎通実験」。そして何人も何人も「器足り得ない狂人」を作り続ける。

やがて何代目かの「ルド」が、「危険物」として「魔剣」を封印。その封印を解き放った、赤い髪の勇者、初めての主となる「ラシュディ」。

「魔剣の記憶」とともに、「感情」のようなものまで、魔力と一緒にルドに流れ込んでくる。目の奥がチカチカする、抱えきれない情報量だった。

ルドがうっすら目を開けると、青い炎は随分薄らいで、ラシュディを燃え上がらせていた魔力はルドに大半を流れ込ませることに成功していた。

このまま吸い上げ続ければ、いずれラシュディの炎は消え、彼の命は助かるだろう。

だがさすがは火竜の長を倒した「魔剣」なだけはある。貯えこんだ魔力やら情報量やらが多すぎる。

このままではルドの頭が情報量でパンクするか、体が魔力量を蓄えきれず弾け飛ぶか…頭の隅でそれだけのことを考えるのにすら苦労していた矢先、新たな何かが流れ込む感覚がした。

直感で鎧の「魔器」の記憶と魔力だとわかる。ルドにはもはや溜め込んでおくだけの余裕はなかった。

片手を炎から離し、高々と空に掲げる。自然に魔力を馴染ませ、消し去る芸当をする余裕はない。溜めた魔力をそのまま、空に放った。

青い光の柱が、垂れ込めた分厚い雲を一瞬で晴らし、現れた月を割るかのごとく、魔力の柱は伸びていく。

やがて空高くで雷鳴のような轟音が響くと、数瞬遅れて地上に爆風が吹き下ろされる。風は町の残骸を吹き飛ばし、町を取り囲んでいた炎を吹き消した。


「魔剣」と「鎧」の魔力の全てを吸収し、放出し尽くしたルドは、地に膝と両手をつき、ぜいぜいと体全体で息をした。

魔力…「属性」を通す体の回路に異常を感じる。今はおそらく魔法の類は使えないだろう。回復するかも不明だ。

まさか自分で作り上げた「魔器」に、ここまで痛めつけられるとは…。「成長」という可能性について、甘く見すぎていた自分に猛省し始めるルドだった。

息を整え立ち上がると、膝をついた形でかろうじて座っているラシュディが、虚ろな眼差しでこちらを見ていた。見ていたというより、顔を向けていた。

その顔からは知性が全く感じられない。命は助かったが、これまで「魔器」に飲まれた人々同様、心が壊れてしまったようだ。


彼は強い「勇者」だった…。人類を導くことも、彼なら何百年か前の自分より、ずっとうまくできたかもしれない。ルドは思いを馳せつつ、ラシュディの穴のような目を手で閉じさせた。

途端ぐらりと傾ぐ体を受け止め、意識のない彼をどうにか背負い、ルドは翼を広げた。そこで「属性」がうまく巡らせられないことに再び気づいてため息をつく。


「………歩くしかないか」


便利な技を駆使することをあきらめたルドは、人型になっても、竜の頑強さと筋力がこの体に残っていたことに深く感謝しながら、ラシュディを背負って湖の高台を目指した。


後に残ったのは建物のがれきと、派手な装飾もボロボロになった、みすぼらしいただの剣と鎧だけだった。








挿絵(By みてみん)

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