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それは調和の道標


「ルドちゃん遅い!!もっと速く!!!」




エメが高空を、力の限りの羽ばたきで飛んでいく。ルドはそれを追いながら、エメに向かって「声」で叫んだ。


「エメ!もっと木々に隠れるように飛ばなければダメだ!!こんな昼間から竜が空を飛んでいたら、人間たちに狙われてしまう!」

「大丈夫!ケガしてもあたし治せるし!!」

「撃ち落されたらどうする?!竜の翼は弓に弱いんだぞ!!」

「弓より早く飛ぶから平気!!」

「わかった…わかったから、もう少し速度を落とすか速く飛ぶコツを教えてくれ…!ついていけない!!」

「そんなの、パッと飛んでビューーーーーーン!!!!」

「聞いた私がバカだったーーーーーー!!!!」


ルドは意を決して、エメと同じく高空に飛びあがると、全力で彼女を追いかけ始めた。




赤髪の槍使い、ハーヴィンを見送ってから、ルドとエメは風竜の領域を訪れていた。

改めて知る、穏やかな竜の生態系。「長命種」と「短命種」の生活の「質」は、明らかに違っていた。

竜は良く言えば「穏和」、悪く言えば「停滞」。人間は「活気があり」、「せっかち」だ。

争いが起こりやすいのはどちらかと言えば、それは火を見るより明らか。

争いの火種を蒔いたのは、人間の方なのだろうか。その疑問は、長く続いた戦いの中に埋もれて、もはや探し出せない。


ルドは風竜の長に挨拶をし、挨拶ついでに火竜と戦ったときの疑問をぶつけてみた。

水の魔法を使った時、体に走った激痛についてだ。

長は語る。おそらくは、竜は生まれながらにして特有の「個性的属性」をその身に宿しているから、それ以外の「属性」を体が受け付けなかったのではないか、ということだった。

基本竜は、自分の「属性」の魔法しか、生涯使うことはない。それ以外を知ろうとするものもいないのだろう。

ルドは第2の疑問をぶつける。自分は人間だった際、なぜ四大元素魔法をあれほど使いこなせたのか。

長は思案の後に述べた。人間には「属性」の力が備わっていない。まっさらな状態で生まれてくる。

そこにルドは「属性」の力を強制的に馴染ませていった。「回路」の築き方が竜と根本的に違ったため、4つの元素をバランスよく使いこなし、高めていくことができたのではないか。

その仮説はルドも腑に落ちるものではあった。だが、それを認めるとなると、今の「竜の体」のルドは、四大元素魔法がほぼ行使できないことになる。

加えて、まだ光竜としての「癒し」の力にも目覚めていない。つまり、「属性」の力はあっても、何もできない竜の出来上がりなのだ。

その事実を風竜の長に伝えた時の、エメの大笑いっぷりには、ルドも傷ついた。

まさか竜の体を得て「役立たず」になるとは…。予想外の状況を覆すため、何ができるか考え始めたルドたちのもとに、翼の焼け焦げた風竜の1体が転がり込んできた。


「森が……火竜の森がっ……!」


エメが翼の治療をする中、風竜の長への伝令を共に聞いていたルドは、内心青ざめた。


「『竜殺し』の武器を持った、赤い髪の人間の男が、火竜の里を滅ぼしかけている」


ルドが真っ先に思い浮かべたのは、「親友」に似た、現代の赤髪の勇者----

まさか、なぜ彼が…いや、彼は武勲を立てると言っていた。これは仕方のないことなのだろうか。しかし----

考えに沈みかけたルドの首根っこが引っ張られる。エメが噛んでくわえ、ルドごとものすごい速さで風竜の里を出ようとしたためだ。


「エメ、どこへ…!?」

「ハーヴィンとこ!!!」

「まだ彼と決まったわけじゃ…それに行ってどうするつもりなんだ!?」

「ルドちゃんが止める!!!!!」

「私頼みかっ!!!そもそもどう止める?!今の私では…」

「じゃあ行かないの?!行くでしょ!!今でしょ!!あとは行ってから決める!!!」

「………」


行ってから決める、それでいいのかはわからないが、向かうことに異論はなかった。

こうしてルドとエメは飛び立ち、火竜の森を目指したのだった。







ルドたちの鼻に、焦げ臭さが届き始めた頃、眼下の景色が変わり始めた。

黒こげの何かが点々と、方々に散っていた。ルドは少しだけスピードを緩め、それをよく見た。動物の死骸だった。

おそらくは火竜の森から焼け出されたものたちだろう。逃げ出しはしたが、火傷がひどく助からなかったのかもしれない。動いているものはほとんどいなかった。

動物は危機に敏感だ。戦いが始まったらすぐに逃げ出したはず。それならもっと多くの動物たちが、生きて逃げている様が想像できる。

だがこの景色は何だろう…そう思いながら飛んでいると、ルドは硬い何かに顔から思いきり衝突した。


「いっ……たぁ……」

「………なにこれぇ…」


ぶつかられた硬い背中の持ち主であるエメからは、呆然とした呟きが漏れた。

ルドが視線を、エメの背中から眼下の景色へ向ける。


そこは黒い大穴だった。黒煙の立ち込める穴の周りの木々は、赤く燃えているが燃え上がっているというよりは、火も木も消し飛んだあとの燃えカスのような状態だった。

ここが火竜の森なら、森が丸ごと消し炭になって吹き飛んだ後のような、そんな黒々とした大地が広がっている。ルドは思わず息をのんだ。

状態から見るに、この大穴は一瞬で出来上がったようだ。なるほど、森の生き物たちがろくに逃げ出せもせず方々で死んでいたのは、そのためだったのだろう。

そんな火力を見せつけることのできるもの…火竜の長以外には想像できない。そしてそんな火力で戦わなければならない相手とは…。


キィィィィィ…………ン………


甲高い音が大穴に響き渡る。もっと中心部の方からだ。ルドが言うより先に、エメが飛び出していた。ルドも後を追う。

煙で前が見えないが、中心部に近づくにつれ音は大きくなる。硬い何かがぶつかり合う、誰かが1対1で戦っている音だと判別できた。

やがてルドとエメの目に飛び込んできたのは、大きな赤い鱗の竜と、とても小さな何かが、巨大な衝撃波をいくつも繰り出し、それを刃として戦っている姿だった。

赤い鱗の竜は、遠目にも瀕死だとわかった。両の翼はちぎれ、角も根元からへし折られている。体には無数の切り傷があり、黒い大地におびただしい量の血が染み込んでいっていた。


「ハーヴィンやめてーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」


エメが飛びながら「大声」を上げる。その咆哮に顔を向けたのは赤い竜の方だった。片方しか残っていない目に、懸命に意志の力を宿らせながら、彼が最後の「声」を放つ。


「……たの、む…」


その竜の首を、小さな赤い髪の「人間」が、剣で直接切り落とす。衝撃波を伴った斬撃で、火竜の長と思わしき竜の首と命は、一刀両断された。






長の頭が地面に落ちていく数瞬、ルドは確かに見た。あれは「剣」だった。

その昔、最高の攻撃力を誇る「魔器」を作り出した時のことを思い出す。それは剣の形になったため、人類の勝利の象徴として、珍しく命名したのだ。

『魔剣・ドラゴンキラー』

だがその高い魔力にあてられ、扱おうとした人間は皆気が狂ってしまい、残念ながら人類にそれを扱うことはできず、封印したはずだった。

まさか「あれ」を使いこなす人間が、歴代の「勇者体質」を色濃く受け継ぐ肉体を持ったものが、ついに「魔剣」を手にしたというのなら----


ズウゥゥ……ン………


長の首が落ちる。この地に響き渡る音こそが、人類の勝利の予兆、そのもののようだった。

火竜の長の首を落とした「勇者」は、さすがに限界まで力を振り絞っていたのだろう、口を大きく開け、肩で息をしている。

その「勇者」の周りを、何らかの淡く赤く光る「もや」が、立ち上るように、包み込むように舞っているのが見える。ルドは驚きを隠せなかった。

あれは「属性」だ。自分が初めて「火の属性」を手にした時の現象と全く同じものが、今彼を取り巻いている。

程なくして「もや」は「勇者」に吸い込まれるように消え、彼自体が赤いオーラを放ち始めた。あれはおそらく、属性の獲得----

火竜の長を殺したが故に手に入れたものなのか、多くの火竜の血をその身に浴び続けたことによるものなのか、ルドには判別はできなかった。

だが、彼はこれでおそらく、いや確実に…「火の魔法」が使えるはずだ。

「勇者」が息を整え、伏せていた顔を勢いよく上げる。人類2人目の「魔法使い」の誕生を目の当たりにしたルドの瞳を、射貫くような鋭さで睨みつけてきた。


「…ハーヴィンじゃない…」


茫然と呟いたエメを反射的に思いきり突き飛ばし、ルドも後ろに飛びのいた。二人のいた空間を、火の玉がいくつか通り過ぎていく。

「勇者」が初めて放った「魔法」だった。本人も、かざした手のひらから火の玉が出たことに、しばしきょとんとした顔をしたが、「属性を得た」ことは感覚でわかるのだろう、一瞬で険しい顔つきに戻った。


「…火竜は殺す…」


「勇者」はそう呟くと同時に、エメに標的を絞った。おそらく鱗の色が赤に近かったせいで、火竜の生き残りだと思われたのだろう。

ルドは迷うことなく、エメを睨み上げる「勇者」の前に降り立った。エメが悲鳴に近い「声」を上げる。


「ルドちゃん…?!」

「エメ、なるべく遠くへ、頼む!」

「…逃すものかっ!!」


「魔剣」を構え直した「勇者」が、エメに向かって跳躍し、飛び掛かろうとした瞬間、ルドは威力低めの火の玉を「勇者」に向けて吐いた。無論「勇者」はそれを余裕で躱す。

途端ルドの体に痛みが走る。動けないほどではないが、体が重くなる。やはり四大元素魔法はこの体では難しいようだ。だがそんなことは言ってられない。

何としても、何としてもこの「人間」を、退かせなければ…!疲弊している今なら、今のルドの最大威力の魔法が「当たりさえすれば」、なんとかなる…そう願わずにいられなかった。

一瞬だけ、火の玉を吐いた緑の子竜に視線を向けた「勇者」だったが、すぐに「もっと大きな獲物」に向き直る。その横顔に、ルドは語り掛けた。


「人の子よ…。お前は「四大元素の大魔導士」の話を、聞いたことはあるか…?」

「…うるさい、お前は後回しだ。おとなしく待ってろ」

「私はその魔導士の転生体だ。「人間」の頃の記憶も持っている」


「勇者」の顔つきが変わった。視線は上空のエメから外さないまま、意識がルドへ向いたのが分かる。


「…だったらなんだ。竜なんぞになり果てた奴の御託など、聞きたくも…」

「お前は火の属性を得た。その力について、もっと知りたくはないか?」

「……………」

「『人間が属性を得る』ことについて、私はきっと誰よりも詳しい。上空の「桃色」の竜を見逃すなら、お前に秘術を明かそう」

「…お前の狙いはあの「火竜」を守ることか。馬鹿馬鹿しい、この俺が竜の口車に乗るなど…」

「…強くなりたいだろう?」

「………」

「お前は、今までも、これからも、誰よりも強くあり続けたい、そうだろう…?「勇者」よ…」


ついに、「勇者」の視線がルドに向いた。忌々しそうな顔つきでルドを睨むと、体からメラメラと燃え上がるようなオーラを発する。


「…「勇者体質」の煽り方を、ずいぶんとよく知っている…。おかしな竜だ。

お前が過去何者だったかなど知らん。ここで消し炭にしてやる…!」


ルドの挑発は成功した。だが問題はここからだ。

「ドラゴンキラー」の真価は、攻撃力もさることながら、実は竜の攻撃に対しての「防御力」にこそある。

構えた剣の前面にしか障壁は張られないのだが、タイミングを読み意識して真価を発揮させられたなら、この黒い大穴を作り上げた長の「火力」すらも、ほぼ無効化できただろう。

だからこそ、「勇者」はまだ生きていられているのだ。その「魔剣」を片手に、「火の属性」まで手に入れた「勇者体質」の人間…。

その「人型の化け物」の意表を突き、一撃を当てるにはどうしたらいいか…サクサクと恐れることなく間を詰めてくる「勇者」を眺めながら、ルドは必死に知恵を振り絞った。

「勇者」はルドに向けて手をかざしてきた。幸か不幸か、この「勇者」は新しく手に入れた力を試すことが好きなタイプのようだ。彼の手のひらに光が集まり、燃える火の玉が形成される。

だがそれは放たれる前に、真っ白に輝きだした。光は膨れ上がり、驚いた顔の「勇者」もルドも飲み込んで、広範囲にまばゆさをまき散らして弾けた。

視界をやられて動けないルドの体が、何かにがっちり抑え込まれ、抱えられたまま飛び上がる。だがルドを抱えた体が一瞬大きく傾いだ。


「エメ!!!!」


ルドは「声」の限りに叫んだ。視界はまだ取り戻せていないが、状況はわかる。エメの「光」の魔法、助けようとしてくれたこと、そして、おそらくはその背を斬られたこと。

目を閉じたまま、ぐおぉぉんぐおぉぉんと叫びを上げ続けるルドを、ふらつきながらも全力で飛ぶエメは、決して放そうとしなかった。


「……お、とうと、だから……」


エメの苦しそうな「声」が聞こえてきた。これが最後の言葉になる、そんな予感がルドの胸を締め付けた。


「………あた、し、…あた…し、おねえちゃ、ん……に…、なった、…なれたんだ、もん…」

「エメ……!!!!!」

「…ありがとう、ルド……元気、でね……に、げて…」


エメの浮力がなくなり、ルドはエメと共に地面に落ちた。しばらく地を転がり、止まると、ルドは目の見えないままエメの体を抱きしめた。ぬるり、と暖かいもので手が濡れる。

絶望の感触。

竜に生まれてからこれまでのエメとの50年が、ルドの頭の中を駆け抜けてゆく。ダメだ、ダメだ…走馬灯なんかにやられている場合じゃない…!

まだ…まだエメに息はある。虫の息だが、息をしている…!今こそ、今こそ光竜に生まれた真価を発揮すべき時なんだ!ルドは必死にエメを抱く手に力を込めた。

だがルドの癒しの力は、うんともすんとも言ってくれない。自分の無力さに腹が立った。


----何が四大元素の大魔導士だ。

----何が「竜を知りたい」だ。

----どこまでもちっぽけで、ただただ臆病なだけの命のくせに。

----「力ある自分」に酔っていたのか?何も成し遂げられない、全て中途半端の愚か者のくせに…!


ガアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァーーーーーーーーーーーー!!!!!!

ルドは天に向かって吠えた。頬を伝うそれの感触で初めて、竜とは涙を流すことができる生き物であることが知れた。


………ちがう。


己を罵るだけじゃ気が済まない。この苛立ちは、この怒りは、エメを失う絶望に飲まれてなんていいものじゃない。そんなことで収まっていいものじゃない。


やるべきことがあるだろう、レイノルド・アンダーソン……ルドよ…。

立ち上がれ、嘆く「許し」などお前には与えられていない。ここで己の真価を発揮できなければ、いいや、発揮しなければ、お前に生きている資格はない。

「人」であり、「竜」である意味を、今ここで解き明かし、証明するのだ----


ぼんやりとルドの目が回復してくる。そこに映るのは瀕死の姉と、姉を斬った赤髪の「人間」が迫ってくる様----

「憎しみ」ではない。今ほしい力は、憎しみで生まれる力ではない。憎しみを超えろ、その先へ----

ルドは目を閉じた。

イメージするのだ、自分が今欲するもの、その「力」と、「力の入れ物」のかたちを----



「なりたいものになれる」、竜の力と、かたちを、流れを…つかめ。







「…なんだっ?!」


もう少しで始末できる獲物を前に、「勇者」は足を止めた。

まだ回復しきらない視界が、またもまばゆい光を眼前にし、彼はとっさに手で視界を覆った。

「勇者」はその光に違和感を感じた。まばゆいが、目を潰す明るさではない。そしてその光には温度がある。あたたかいのだ。

ゆっくりと、かざした手を退ける。まばゆい光は、先程斬った「火竜」を抱きしめていたが、だんだんとその形が小さくなってゆく。

やがて抱えきれなくなった「火竜」が地に倒れ、あたたかな光は人ほどの大きさにまで小さくなり、徐々に眩しさを失っていく。

そして、その光の中から現れたのは----



バサッ!!


翼だった。「勇者」には見慣れた、憎き竜の翼。だが随分と小さい。

翼の持ち主を改めて視認し、「勇者」は声を失った。




挿絵(By みてみん)







----それは「人」だった。背中に竜の翼を生やし、頭に竜の角をつけた、空の蒼を宿した髪を持つ、蒼い眼の青年だった。

白のローブを身にまとった足元からは、竜の尻尾もちらりと覗いた。どうやら、光の中から現れた「人間」は、竜の角と翼と尻尾を生やしているらしかった。

「勇者」はドラゴンキラーを構えたが、下ろした。それが竜なのか人なのか、判別がつかない。これでは剣も真価を発揮できるかわからない。

戸惑う「勇者」を前に、光の中から現れた「青年」は、視線を横に向ける。そこに倒れていた「火竜」に触ると、愛おしそうにその体を撫でた。

そこで初めて「勇者」は気づいた。目が開かないながらも、勘で「火竜」に負わせたはずの斬り傷が、その体に見当たらない。

ありえない。この「魔剣」は例えかすっただけでも、相手が竜であるならば渾身の一撃となりうるものだ。

それだけの傷が一瞬で回復したというのだろうか。先ほどのあたたかな光のことが「勇者」の頭をよぎる。

目の前の「青年」が、「回復の光」を放ったことは確かなようだ。姿かたちはどうであれ、竜を回復させたなら敵…「勇者」は再び剣を構え直した。

一瞬で間合いを詰め、斬りかかる。「火竜」を撫でていた「青年」は、一瞬反応が遅れた。その体は見事に袈裟斬りにされる。

だが、「青年」の体は浅く傷がついただけで、斬ったはずの衣服でさえ、「勇者」の目の前で高速で元通りになる。

「勇者」は返す剣裁きで再び「青年」を切り裂いた。深手にならない。もう一度斬っても、同じだった。

「人」の皮膚ではない硬さを感じる。竜の鱗を斬ったときのような硬さなのだが、「竜」と相対したときの威力を、「魔剣」が発揮してくれない。

「勇者」は焦り、後ずさった。


「…化け、物…」

「知ってる」


答えた「化け物」は、「勇者」の額に手をかざす。指を「デコピン」のときのような形に構え、ひとつ、弾いた。

何が起こったか「勇者」には理解できなかった。気が付いた時には体は大きく弾き飛ばされ、地面を幾度も転がり続けた。

転がる勢いが弱まり、ようやく止まると、「勇者」は痛む体を起こそうとして気づいた。砂にまみれた体はしっとりと濡れている。

今の衝撃は、水の魔法----おそらく、超高圧力の水を弾いた指で一線として放ったのだろう。

頭に触っても傷はなく、頭蓋が割れなかったのは、おそらく「魔器」の一つである、この鎧の「加護」のおかげ----

「勇者」の額から汗が一気に噴き出した。火竜の長を討伐したこの身が、まさか人サイズの竜もどきにこれほどの恐怖を覚えるなんて。

「勇者」は体を起こすと、渾身の力を込めた目で、涼しい顔の「青年」を睨みつけた。


「……お前は……お前はっ…一体何だ?!何者だっ!!名を名乗れっ!!!」

「知っての通り、化け物だよ」

「うるさいっ…!聞かれたことに答えろ!!お前は竜なのか?!人なのか?!どっちだ!!!」

「…私はかつて、レイノルド・アンダーソンと名乗っていた、元人間だ。今はルドという竜でもある。

つまり、竜人(りゅうびと)だ」

「…そ、そんな生き物は、…いまだかつて聞いたことが、ない…」

「おそらく私が初めての個体だろう。

「竜」は思い願うことによって、生まれてから姿かたちを変えるものもいると聞く…。私も、思い願った形になったのだろうな」

「そ、…そんな…話は、聞いたことが…」

「私もそれは竜になってから初めて知ったことだ。貴殿が知らずとも無理はない」

「……う、…うわああああああああああ!!!!!!!」


発狂した「勇者」が、一気に間合いを詰め、めちゃくちゃに剣をルドに振りかざした。

だが何度斬っても傷は浅く、服もろとも瞬く間に回復してしまう。「勇者」の顔に脅えが走った。


「…「人」よ、やめた方が良い。この体は人の姿をしているが、どうやら強度は竜の鱗ほどに硬いらしい。

加えて私には「光竜の癒し」の力…回復能力がある。何度傷つけても、体は自動的に元通りになる」

「…なぜ、だ…。この剣は…「ドラゴンキラー」は……、相手が竜であれば、どんなかすり傷を負わせただけでも致命傷に…」

「その辺はどうやら、私の肉体は「人」と判定されているようだな。

その「魔剣」は、竜にはよく効くが、「人間」を斬ろうとすると、なまくら以上に切れ味が悪い。知らなかったか?」

「な、…なぜ、お前がそんなことを…知って…」

「その「魔剣」も、かつて私が作ったものだからな。様々な「実験」で検証済みだ」

「…お、お前は…お前は、何なんだ……」

「…強いて言うなら、「ルド」だ」


同じ質問を再び問い、膝から崩れ落ちた「勇者」は、ルドを恐怖の中にも、畏敬の念が見え隠れする眼差しで見上げた。

ルドは「勇者」を見下ろすと、ホッと息をついて、口元に微かに笑みを浮かべて話しかけた。


「…心が先に折れてくれたようでよかった…。

「人」よ、まずは名前を教えてくれないか?」

「……そんなものが何の役に…」

「教えてくれ」

「……………………ラシュディ……」

「ありがとう、ラシュディ。

唐突ですまないが、ここは退いてもらえぬだろうか?私は貴殿を殺したくない」

「……………長殺しを無傷で帰すのか?

お前は半分は竜なんだよな?竜の味方なのか?人の味方なのか?どっちなんだ…」

「…私がどうすべきなのか、私もまだ決めかねている…。

ただ、貴殿が長を殺したからと言って、私が貴殿を殺し返しては、これまでの歴史をただなぞるだけになってしまう。

…違う結末がほしいのだ。私は」

「…お前は、力を持つくせに力でねじ伏せたくない、というんだな…。

………ハハ、強者の余裕というやつか…。……気に食わん」

「ラシュディ…」

「名を呼ぶな…!私は、竜と相いれるつもりはない!!

例えこの身が果てようと、私に続くものが現れ、悪を打ち砕き、必ず人類に勝利と永遠の平和を…」

「簡単に互いの平和が両立しないことはわかっている。

それでも私は、もう竜を殺したくないし、人も殺したくない」

「……なら、どうするんだ…お前は」


その問いに、ルドは目を伏せた。片手を空に掲げると、小さな火球を作り出す。

「…は、口では理想を唱えても、やっぱりお前も殺すことを選ぶじゃない……か………」


ラシュディの言葉が尻すぼみに終わる。目の前の光景に圧倒されて、声が出なくなったのだ。

ルドの火球は、一瞬で空を覆いつくすほど巨大になった。火竜の長ほどの大きさになった火球は、いまだ成長し続けている。

今しがた火の魔法を扱えるようになったばかりのラシュディには、それがどれほどの魔力量であり、破壊力を持つか、理解ができてしまった。

その火球は火竜の長が見せた、あの大穴を作った火力と同等か、それ以上の威力があるだろう。

加えて「それ」をこの「魔剣」で防ぐことができるかどうかわからない。「魔剣」はあくまで、「竜」特化なのだ。

「竜の攻撃」と判定されるかわからない、この半々の化け物の攻撃を食らって、自分は人の形を保っていられるだろうか。

きっとそれは、自分にもこの化け物にも、やってみなければわからないことだろう。試す度胸はラシュディにはなかった。

ラシュディの唇が、小刻みに震える。崩れた膝が言うことを聞かない。立ち上がれず尻をついたままズリズリと後ずさる。

巨大すぎる火球を掲げた化け物の表情は暗く、瞳孔が縦長の蒼い瞳が光って見える。その迫力は「長殺しの勇者」を戦わずして敗北させた。


「…行け」


ルドの低い一言を浴びて、何とか立ち上がったラシュディは、一目散に逃げだした。

「魔剣」だけはがっちり掴んで離さず、逃げていくところを見送るルドは、また彼とは会うことになりそうな予感がしていた。


「…………ふっ…!」


気合を込めて、頭上に掲げた巨大な火球の魔力を四散させ、「属性の力」を自然に返す。

実はこういう、「集めた魔力を、何もなかったように自然に馴染ませる」作業が、魔法を扱う中では一番難しい。

これだけの魔力量を一気に四散させることができた己の手を、ルドは見つめた。

「人体」だった頃の最盛期を超える魔法センスが、今の身には宿っていると感じる。

「竜」だったときの、異なる「属性」を扱った時の体の痛みも、今は感じない。

つまり「無属性の人の回路」を持ち、「竜の属性力と量」を兼ね備えた身になったのだろう。

これで、今まで培った四大属性の魔法はどれも使えるようになり、加えて光竜の「癒しの力」すら得た。

この世のどんな存在よりも優れた個体になった感覚に身震いする。そんな力を身につけて、私はこれからどんな運命と責任を背負わされることになるのだろう。

考えに沈む前に、ルドは隣ですやすやと眠る、ずいぶん巨大になってしまった姉の体を撫でる。守りきれたことに安堵した。


火竜の長が落ち、これからの争いのバランスはどうなるだろう…。

不安をぬぐい切れないまま、ルドは風の魔法を使い、浮力でエメの体を浮かせる。自身の翼を広げ、眠るエメと共に空に飛びあがった。

回復させたとはいえ、エメに致命傷を負わせてしまった後だ、用心に越したことはない。長への報告も兼ね、ルドは一旦「光竜の里」に戻ることにした。





この後、竜界にも人間界にも前代未聞の戦いが待っていようとは、この頃はまだルドは知る由もない----

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