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7 大学生活とお寺の保育園

4月、大学生になった。朝6時に出て最寄りの駅まで行き、自転車で5分、その後近鉄で30分、地下鉄20分でそこからは歩いて11分で大学に着く。 大学は併せて6つの建物が狭い敷地にぎゅっとの塊のようになってる。そして校門近くの広場に は八角形のベンゼンと呼ばれる小ぶりな池がある。池には赤や灰色の長い金魚たちがゆっくり泳いでいた。 山吹高校から入学したのは私だけだった。初めて会う人達と新しい生活となる。ここには本当に人が多い。ここは建物だけでなく人もい狭い所にぎゅっとまっていてここだけで安全な小さな世界のようだった。 とにかく人が多くて驚いて戸惑っていると声を掛けられた。 「D組なの?」「はい」「私も」話 しかけてきたのは私と同じように田舎から通っていそうな子だった。そして賢くそうな女の子だった。二人でいると次々に人が集まってきて単細胞から増えていったかのように一つの物体になった。 次の色んな人に声を頂けられ知り合いがどんどん見えていく。背が高くてマーメイドスカートをいた 大人っぽい子はどう見てもミスユニバー日本代表としか見えなかった。話してみると意外にも気さくで話しやすかった。あまりに沢山の人と知り合いになった。もうクラスメイトの名前を覚えるのを諦めた。私達はみんなで一つ物体だった。その中に私は確かに属ていると感じられることが嬉しかった。

上級生からも部活やサークルの誘い、そのマネージャーの誘いがあった。授業が終わりそのまま座っていると上級生らに囲まれてしまい長い話が始まる。次の休憩にはトイレに行こうと決めてダッシュしないと捕まってしまい用を足せな くなるほど忙しかった。 合格発表の日に話を聞いたピカゾと言うサークルは存在しないようだった。でもそれ程、気にはならなかった。大学付近でピカゾと同じように色んな人の話を聞いて幸せになれると言う団体の誘いを受けた友もいたと聞く。なにか怪しげな団体だったと思う。関わらずに済んで良かったと思った。 一ケ月程すると、サークルの誘いも減ってきた。夏にアメリカ旅行する私は夏休みの間、活動に参加できないと思えたので秋から部活かサークルに入ろうと思った。楽しそうな部活もあったので残念に思った。 クラスの中で一緒にいる友達も固定し、いくつかのグループのようなものができた。それでもクラスには100人以上いるし 英語の少人数クラスでは新しい友達もできた。その英語のクラスはあいうえお順に座る。同じ苗字の後ろの席の一斤染ユリは最初はストレートワンレンで今は軽くパーマをかけていて服の好みもガラリと変わり大 人っぽくなっている。今日はオリーブグリーンのタイトミニスカートに生成りのシャツを着ている。ものすごく似合って いる。芸能人以外でこんなに可愛い子は初めて見る思った。ユリちゃんも気さくで話しやすい。中学の部活が卓球部で 私と同じだった こともあり。6月から始まる選択肢体育は同じ卓球にする約束もした。


5月に入ると話かけられる内容が変わってきた。一つはクラスの男の子によく、 「今日の帰り喫茶店で話さない?などデートのようなものに思われた。教室がナンバ場のようになってた。男の人 は兄の事を思い出してしまい苦手。すべて断った。

二つ目は「ノート写させて」とよく言われた。きっと、ガリタイプにみえたのだろう。運良く合格した大学だったの で、私には自信がなかった。それで人一倍勉強して揺らぎない自信を付けようと考えていた。予習、復習も丁寧にしてい た、大学の授業は進むペースが速いので大学では殴り書きのようにメモし自宅で、数料とメモを読みながらノート をまとめていた。周りが感心する程の出来だった。自分でもよく内容を理解出来ていると感じた。「ー斤染さんはノーベル賞候補」と冗談ぽくいう子さえいた。

三つ目は一度だけだけれど、2年生の知らない女の人から彼女のアパートに誘われた。ガチな関西弁を話す、小麦色の ストレートの髪のかっこいい感じの人だった。断った。後から友達に彼女はしズとかされた。色んな人がいるものだと思った。 私の大学生活は忙しく、そして充実していた。主に大学と自宅近くのケンタッキーフライドチキンでのバイトの毎日。 アメリカ旅行には沢山お金を持って行きたかったのでバイトをした、バイトは私にとって部活のようだった。年の近い子ばかりで遊びのようにポテトやナゲットを揚げたり注文をきいてセットしたりした。

私の一日の生活は4時に起きて予習をして大学へ行く。電車の中はできる限り寝た。立ってでも寝ら れる程、私は成長していた。大学ではどの教科を手抜きかりなくやり、友達とよく語り交わった、そしてバイトを3時 間ほどして帰宅し風呂に入って寝る。寝るのは4時間と決めていた。平日はそんな繰り返しだった。 休日は大学の女友達と映画を観たり買い物したりした。大学の友達の持ちは洗練されていて子供っぽくダサい私の持ち物を少しずつ変えていこうと思った。 そして初めてタイトスカートを買った。光沢のある紺色で後ろの一部がフレアになって、程よく大人ぽっい。

大学の友達と約束のない休みはひたすら復習した。こんなに勉強したら東大でも入れるのではと思えたほどした。

高校生の頃は遠くの大学へ行き一人暮らしをしたいと思っていたはずなのに今の生活で満足していた。忙しくてもう兄のことで泣く夜も減っていった。 そんな6月の晴れた夕方のある日のこと、いつものように私は電車の中で吊り輪に掴まり立って外の景色を見ながら揺れていた。すると、建ち並ぶビルの中の一つの看板に気付き読んだ。Nick Nikkdi

English Schoolとかかれている。ニック内先生のことなのだろうか?私は後ろをつままれてアメリカにポンと置かれたふしぎなにな気分になった。

そして7月に入るとニック先生から電話がきた。アメリカへ行くに手続きなどがあると言う。に彼と会った。

秋に会った奥さんの自宅ではなく山吹市内 で会うことになった。山吹市内には二つ彼の教室があり、一つは私と同じ町にあり 一人でも行ける場所にある。もう一つは寺の保育園でにを教えていると言った。彼の都合で山吹市内 の遠い方のお寺ので会うことになった。今度は父の運転で父母私の三人で出掛けた。

土曜日のよく晴れた午後、私は大学には着ていかない子供っぽい熊の描かれたブルーのTシャツに白のフレアスカートで出掛けた。15分くらいのドライブ。 父は県道から狭い道に入ってからも慣れた道のように走らせ寺の門の横に車を停めた。父は車の中で待っている

と言ったので母と私だけで車から降り門をくぐった。

門から進んで行くとお寺の広い庭に鐘付き場が見えた。滑り台もあり、その下には砂場もあった。懐かしい気持ちになっ た。私は場所は違うけれどお寺の保育園に通っていた。ここは私が通っていたお寺の保育園によく似てる。見 渡しても誰もいないので見回った。

すると男の人が、こちらへ近づいてきた。ニック肉先生だと思った。「アメリカ旅行の件でみえたんですね。ニックは少し遅れてきますのでお待ちください」と言った。 彼はニック先生ではなかった。何故か母が満足そうな顔をしている。それで私は彼を見直した。 一般的に見て彼はかっこいいをしていた。

園長室にとおされた。そして深緑のソファに母とに並んで座った。 10分するとニック先生がみえた。半年前に私が会った彼ではなく30キロは太ったのでは思え、まえにかっこいいと感じた彼の姿はなく別人に見えた。やはりお寺の彼の方が半年にあったニック先生に近い気がした。 この保育園にいないのなら同じ町の英語教室で会ってくれれば私一人で自転車で行けたのにと思った。 お寺の彼は緑茶を丸い硝子の器で私達3人に出してくれた。その時、ニック肉桂先生が、

「彼も一緒アメリカ旅行へいく仙人しんさんだ」と言った。 私は驚いて彼を見て立ち上がり、「よろしくお願いします。と言いを下げた。

彼は私と目を合わそうともせず頭を下げた。なんて暗い人なのだろうと思った。一緒に行くと言っても年が上のようだな ら、行動は別だろうからと気にするのはやめた。

それよりもニック肉桂先生との会話は楽しかった。初めに母がいたので旅行代や旅行保険について指示された。 旅行日程表をもらい空港まで各自で行くことを聞いた。その後は私と彼でずっと話していた。

まず「大学はどこなの?」と聞かれた。

「M大学の薬学部です」と答えた。半年前に国立大学を受けると宣言していたのに違ったが彼は凄く喜んでくれた。 「おめでとう。その大学の下村先生と友達でね。彼が名古屋の僕の英語教室の生徒だったことが縁で知り合い半年前の僕 らの結婚式にも出席してくれたよ」と言った。彼がそこそこに新婚だと知った。 そして「数学の左腕のない先生ですか?」と私は訊いた。

「そう」と彼は答えた。

名と顔が一致しない先生も沢山いる中で下村先生は印象深い人だった。まず、数学は私の一番得意な教科。あと彼は学 生の時、実験中の事故で左腕をなくしたそうだ。それでも片腕でスキーもやれると言っていた。まだスキーをした経験の ない私はとても感心して驚いたことを彼の姿と共に思い出した。そして電車の窓から見た (Nick Nikkei English School) の看板はやはり彼の英教室のだったと思った。

旅行の話はとても魅力的で、オークランドのミルズカレッジのドームに2週間滞在その間、短期間ホームステイ、サンフ ランシスコ、ヨセミテ国立公園など観光、その後、飛行機でロサンゼルスへ行き2つのテーマパーク観光、最後はハワイ へ行くのが大まかな日程。ミルズカレッジではハワイから訪れるアメリカ人の先生による英語の授業もある。参加する人 は全部で12人。ニック肉桂先生、奥さん、お寺の彼、その弟、ニック肉桂先生の知り合いの男の人、この旅行に誘ってくれた蜜に彼女 の妹、妹さんの友達、二人はまだの中学1年生、彼女らがニック肉桂先生の英語教室に通っていると彼は言った。そして二 ック肉桂先生の教室を手伝っている日本人の女の人で名前は仙人藍さん。彼女は小学校が同じで1年先輩だった。話した ことは多分ないが顔は知っている。彼女の父は山吹市内で総合病院をやっている。彼女は中学から私立校へ通っていて高校時代に1年間ニュージーランド留学をしたので、私と同じ大学の1年生だそうだ。そして彼女の中学生の妹、最後にまた驚いてしまったのは高校三年のクラスメイトの千歳みどりさんも参加するという。彼女はクラスでも目立たない子で明るい蜜とは対称的な存在だった。学校カーストがあるとすれば蜜は上の方でみどりさんは下に方かもしれない。私は部外者でありたい。「誰にも言わないで」と私を誘った蜜はみどりさんの参加をどう思うだろうと心配した。そして何か知り合いが多いなぁと思った。誰も私のことを知らない遠い場所に行きたいという願望は実るのか心配になってきた。でも少なくとも遠くへは行けることを喜ぼうと思った。 アメリカでは車の移動が多いと言う、大きなキャンピングカーで移動して車の中にはお風呂も付いていると大げさなジェ スチャーを付けて彼は言った。彼は本当のアメリカ人のようで話していて楽しい。車の移動に関して、私は車酔いをよくす る。それも心配。知り合いが多いと言うは私の旅行目的は日本から離れてのんびりすることに変わっていたので、誰と一緒に行こうと、さほど影響がないように思えた。 彼との楽しい会話時間は永遠に続きそうだったが、保育園での仕事の準備があるので今日はここまでと言った。最後に 彼は、

「もっと詳しく旅行について教えてあげたいから、都合の良い日に近くの英語教室においで」と言ってくれたので、私達 は1週間後に合会う約束をして母と父の待つ車に戻った。父は車にはいなかった。が、まもなく歩いて戻ってきた。近くを 散歩でもしていたのかなと思った。

1週間が経ち自転車でニック肉桂先生の同じ町内にある英教室へ行った。教室は下が保険会社になっている四階建て の茶色のビルの三階にあった。六畳くらいの部屋に通され机を囲んで肘置きのある立派な椅子に座って話をした。 私は持ち物や服装が知りたかったので尋ねた。

「カリフォルニアの気候では、どんな服を持っていけばいいですか?」と聞いた。 「信実ちゃんが今、着ているような服でいいよ」と言った。

私はビビットカラーの黄色のシャツにジィーンズだった。彼はこの服のようでいいと言うけれど、もう少し格好のよい服 を選ぼうと思った。「持ち物は何ですか?」と訊いた。

「普段使う、シャンプー、ドライヤー、歯ブラシは二つ、靴も二つ、泳ぐから水着、タオル、洗濯はドームでもできる」

と教えてくれた。私はメモした。 その後は彼が初めてアメリカへ行った時の話をしてくれた。

高校卒業後、ご両者が田んぼを売ったお金で留学したと以前聞いて知っていた。アメリカに渡りロサンゼルスで初めの半年は大学が経営していた学校で英語だけを勉強をして、その後その大学に正式に入学したと言った。専門はコミュニケー ションで卒業後は外国人向けの専門学校で英語を教えたり貿易関係の会社で働いたりしたと言った。3年ほど前に仕事 で日本にきた時、奥さんと運命的な出会いをして日本に住むことにしたそうだ。初めは名古屋で英語教室を開いていたが 今は奥さんの実家と山吹市に英語教室を営み山吹市民全員が英語を話せるようにするのが夢だと話してくれた。保育園児 から大人まで教えているのだから、夢が実現するかもしれないと思った。

今回の旅行の話もしてくれた。日本から、まず韓国へ行き韓国の飛行機でロサンゼルス空港へ、飛行機を乗り換えオ ークランド空港へ行き到後ミルズカレッジへ、リムジンで行くと言う。次の日から2週間、ハワイからくる女の先生の 英語の授業がある。みんな一緒に受けるそうだ。授業は午前中の2時間で昼からはサンフランシスコ観光やキャンパス内 で自由に過ごし大学内にはプールがあり泳げるそうだ。オークランドに滞在中、ヨセミテ国立公園観光やレイク・タホ、リ ノの町でカジノも体験する。カリフォルニア大字バークレー校、近くの大きな遊園地へも行くという盛りだくさんの 内容だった。ショートホームスティの話はなくなっていたが日程がいっぱいなので、なくてもいいと思った。

オークランドの2週間滞在後3日間ロサンゼルスでテーマパーク観光、ハワイでは観光、マリンスポーツもできる。 楽しみで仕方がない。ハワイでは蜜とパティを組んでスキューバダイビングをして魚と泳ぎたいと思った。

最後にニック肉桂先生は、 「楽しい旅行になるよう体調に気をつけて。でも旅行はすべて楽しい事ばかりとは限らないよ」と言った。

私が沢山の風船の中で遊んでいるみたいに、はしゃいで喜び過ぎていたから、そう言ったのかなと思った。でも楽しいことしか見当たらないと感じた。

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