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6 四組の来客と卒業

夏の終わりに兄が家に戻ってから私の高校卒業までの一斤染家の主な出来事は四組の来客があったこと。

まず兄に付いた保護司が家を訪ねてきた。保護司とは保護司法・厚生保護法に基づき法務大臣から委嘱を受けた非常勤の国家公務員で犯罪や非行に陥った人の更正を任務とする。つまり非行した兄に生活上の助言や就職の援助をして立ち直りを助ける人。報酬はなくボランティア。 保護司の彼は兄が家に戻った直ぐ9月のまだ暖かく明るい夕方に訪ねてきた60代の同じ山吹市内に住む、やさしそうなおじいさんだった。彼は、「初めての保護司でお役に立てるかどうか・・と言って切り出して父・母と30分程、亜美ちゃんのお見合いをし たあまり使われていない洋風リビングで話をした。

うちの家族は公務員の父、専業主婦の母、元国家公務員の77歳の祖父、専門学生の兄、高校生の私の5人。 きっと彼の目からは普通以上にしっかりした家庭に見えたのだろう。兄も基本大人しく人に従順な性格なので保護司の彼 はニコニコ可愛い孫を見るような目をして、

「ご両親もしっかりしてみえますし、もう大丈夫そうなので安心しました」と言い残して帰って行った。 世間から隔離された部屋で開催されたこの会は一回のみで完結だとその場にいた大人達は暗黙の了解をして成功だと無

理矢理思い込もうとしたように子供の私には思えた。 手続き上、保護司が付いたと言うだけで何かをしてくれる訳では無いことが私にはわかった。

二組目は不動産会社の人たち。彼らは9月の半ばから10月末頃まで数回数社きた。 田舎ながら駅に程近い所に20台ほど停められる車庫と駅裏に200坪の土地を所有していたので売って欲しいと 言う事だった。土地は祖父名義だが仕事から帰ってきた父が主に対応していた。今回は、いつも使うテレビの置いてある 居間で話し合われた。何度も数力所の不動産会社がきたが結局売ることはなかった。パブルが弾ける直前でかなりの高額が提示されたので父は迷っていたけれど先祖代々の土地なので売ることはできなかったようだ。

三組目は12月なのに生暖かい夜の11時ごろ突然、車で女一人と声からすると2、3人の若い男が怒鳴って玄関から勝手に 入ってきた。古い家なのでトイレが家の外にあって最後の人が寝るまで鍵を掛けないことが多く、あの日もまだ鍵は開いていた。昔の田舎は平和だった。

まず一人の男が地元のヤクザだと挨拶した。兄がそのヤクザの女に近寄ったと怒鳴った。

女が「服を脱がされた」と喚いた。 違う男の声が「ででこい」と大声で叫んだ。

二階 で勉強していた私は隣の部屋の兄の所へ行き、

「出なさいよ」と言い次に一番奥の父母の寝室に呼びに行った、父が座って布団に包まって耳を塞いでいた。それを見て 私は情けなくて、

「私がでる」と言って階段を降りようとした。すると母が、

「行ったらだめ」と言って私を止めた。それから父は兄を通れて階段を降り玄関へ向った。玄関では、離れの部屋で寝ていた祖父が既にきていて彼らと話している声が聞こえた。祖父は、 「ボクが話を聞くから怒らずボクに分かるようボクに話してくれ」とボクを連発していた。ヤクザだと言う彼らは祖父 が自分のことをポクと言うのが可笑しいらしく真似して「ボク、ボク、ボク」と繰り返し祖父を馬鹿にしていた。それから、しばらく父と兄は彼らと話していた。私は階段の真ん中で耳を澄まして会話を聞いていた。声がだんだん小さくなっ ていった。母が父に呼ばれた。きっとお金を用意したのだろう。彼らが大声を出し続ければ近所に開こえ、うちが困って いると思い警察に通報されては困るのはうち、保護司監督下なのだ、ヤクザからは兄の逮捕事件の言葉は聞こえてこなかっ た。ヤクザは知らない。ならば、渡したのは父にとって大した金額ではないはず。はやく去ってもらわないと困るのだ。 彼らは帰って行った。玄関の戸を激しく蹴る音を残して。父からの謝罪の言葉は聞こえなかった。母は彼らに会おうともしなかった。

あの頃、私は何を考えていたのだろう? と今は思う。

50歳を過ぎ、人の親となっている私なら未成年の息子が同じことをしたら、きっと土下座して謝るのではないかと思う。でも彼らは謝らなかった。

兄はきっと逮捕された事件の罪からして一般保護監察で一番期間が短い1年だったと思う。この場合三ヶ月以上成良好 であれば保護司の解除が検討される。が、兄は問題を起こした。期間中に問題を起こしたにも関わらず保護司の監督下が解除されている。父は何も保護司に事件のことを伝えなかったのだ。父は公務員という立場がある。しかしその立場を 捨ててでも家族に真剣に向き合うべきだったと思う。証拠隠滅したのだ。

四番目の来客は雅さん。夫が警察官と言う母の従兄弟。私は雅さんとは小さな頃から、妙な具合に馬が合う。彼女の家は私の家から電車で1時間の町にあり小学校の頃一人で冒険のように泊まりに行っていた。雅さんは祖父の姉の子供で両 親を早くに亡くしたので祖父が親代わりだったため、一斤染を実家のように思い年に二回程泊まりにくる。 彼女は私の私立の合格発表の次の日にきた。今回は兄のことも心配だと様子を見にきてくれた。薬学部合格を知ると大喜 びしていた。我が家では成績の悪い兄の手前、暗黙の了解のように成績のいつも良い私は自慢もしないし褒めても貰えないことが当たり前になっている。私も大げさに褒められると居心地が悪い。 雅さんは彼女の息子も薬学部を受験したが駄目だったことがあると言い、ものすごく薬学部入学を私と母に勧めた。雅さんには兄も事件でお世話になっているし国公立大学を受験する気力もなく段々受かった大学でいいような気分になってき た。それに薬学M大学は京都女子短大よりもレベルが高く試験もやりがいがあった。 結局、私は担任の先生に共通一次の出来が悪いので自信がないと言い公立受験を欠席すると話した。

国公立希望を知っている先生は共通一次なしで受けられる公立大を勧めてくれたが、もう受験勉強したくなくて断ってし まった。

母も勧めてくれたので家から通えるM薬学大に行くことにした。思い描いていた大学とは全く違うし一人暮らしも出来なく なってしまった。突然、周りの景色は白黒でもなく灰色の濃淡になった気がした。 でも夏にはアメリカへ行けると思うと灰色の濃淡の風景の下の地面には何処かに入って行けそうな穴があると信じていた。きっとそこはカラフルだと。 それから卒業まで殆ど誰とも関わることなく過ごした。クラスメイトの進路には興味なく殆ど知らないまま静かに時は 過ぎた。

そんな中、気になる事件があった。共通一次の次の日、自殺未遂をした彼のこと。彼は彼の将来を悲観したは母親によって首 を絞められ、この世から去ってしまったと新聞の小さな記事で知った。

不思議なことに高校では大して話題にならなかった。誰も興味がないのか、それとも触れてはいけないと皆感じていたのかもしれない。彼はもう一人の自分だったかもしれないと思わずにはいられなかった。彼も彼の母にも誰かの助けが必要だったのにと思った。そして私にも私の家族にも必要だった。

卒業式。まだ卒業後の進路も決定していない子も多く何となく式は淡々と終わったように思えた。私は式と教室での最 後の集会が終わるとすぐ一人で帰ることにした。教室を出て振り返ると、灰色のみんながスローモーションで写真を取り合っている姿が見えた。

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