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19 未来へ

どう表現すればいいのだろう? 三つの過去が同時期に私の方へやってきた。

私はパソコンの知識を得てT大学農学部の学務係の仕事に就いた。主に非常勤講師担当になった。

一つ目の過去は非常勤講師名簿を整理している時にきた。20年前の非常勤講師の名簿の中に父の名前、一斤染正を見つけた。父は定年まで県の農業推進の仕事をしていた。退職後は山吹市役所勤務しながら月に一講座、大学の講師をしていたことを思い出した。家庭は崩壊しているのに外では何事もなく働いていたようだ。それとも家庭が上手くいかない罪滅ぼしのように働いていたのだろうか。

 私の考えでは人から受けた恩は別の人にかえし回り回って巡るものだが、償いは別の人に間接的にするものではなく直接するべきだと思う。例えば30万円の車部品を盗んだのなら、その相手に償わなければ意味がない。しかし彼らがしたことは物体にではなく余りにも多くの不特定の人の気持ちに対してだ。もう償うことはできないんだよ。できなければ静かに目立たないように猛省すべきではないか。

二つ目の過去は、鳥取教育大学院はT大学院と大学院連合研究科なっていることを知った。つまり鳥取教育大学院の学生はT大学院でも学べる。土器昇さんは、T大学の名誉教授をしていた。仙人信さんの大学院入学にも彼が関わっていたのだろうか?

三つ目の過去は、夕食後テレビニュースを聴いていた。NHKの地方キャスターが、

「わすれな草薬局、薬を勝手に混ぜて花粉症薬として販売」と原稿を読んでいる。テレビを観た。薬局の画像が映し出された。

あの、わすれな草薬局だ。高校3年の私が初めてアメリカ旅行の話をきいた涼さんの実家。もっと情報を得ようと、タグってみた。(今はググるではなくタグると言うそうだ。言葉も常に変化する)その情報によると、2年前に亡くなった薬剤師の父と共に、わすれな草薬局代表の男性が10年前から医療用医薬品を用いて承認を得ることなく花粉症薬を製造販売をしていた。最近の2年間で三億円分売り上げ。健康被害はでていない。亡くなった父親が涼さんのお父さんで代表者の男性が涼さんの兄弟だろう。アメリカで私が飲んだ精神安定剤もわすれな草薬局特製だった。

父は講師として働き彼の知識を学生に伝え、信さんは保育園経営をしている家に生まれ、そして後継者になった。大切な仕事。わすれな草薬局で販売された薬で助かった人も多いはず。それらは世の中の為になることで良いことだと思う。確かに彼らは善良と言われる人達で私よりも社会から信頼がある人達。だからこそ私は信じられない気持ちになる。人には表も裏も、底の底もある。そして罪は分散されて一人分の罪は軽くなっていると本人は考えている。しかし君たちはそれでいいの? と問いたくなる。そして同時に私が彼らを批判することは彼らを傷つけたり不快な気持ちにすることと思い悩んでいる。その思いはまだ私は彼らからの評価を気にしているからなのか? 滑稽。しかし私は正しいのだろうか? と自分に問う。

私は二十歳前後に過した出鱈目な生活を思い出す。そしてそれからも、真っ暗で辺りが何も見えないところを、恐る恐る目立たないように一歩一歩進んできた。やっと光が見えるところに辿り着いて道を振り返り見ると通ってきた道は細く頼りなく、そして向こうの遙か遠い所から、すぐ足元まですごい速度で崩れてくるようだ。息の仕方を忘れて初めて陸にあがったハゼのように体全体で皮膚呼吸が始まった感覚。どうしたらいいかわからず足がすくんでしまう。    PTSD

教会のジーンさんに私は過去を打ち明ける。私が彼女と知り合って20年経ち初めてする話。彼女は、一言はっきり言う。

「God protected you」(神様があなたを守ってくれた)そうなのだろうかと思う。彼女は仏ではなく神のみが助けてくれると言いたいのだ。「We can’t understand everything」(私達はすべてを理解することはできない)とも言った。そう。知ることも理解することもできない。どこかで折り合いを付けなければ、な・ら・な・い。

 私は信さんが最後に言った(もう掛けないでくれる)の科白を時々思い出す。それは私が思い上がり人を嘲るとき、人に腹が立つとき、人を羨む気持ちが強く憎むとき、stopをかけてくる。とてもいいstop。人はそれぞれ色んな環境下で生きている。みな恵まれた環境で暮らしているわけではない。だから、その人のその不快とも取れる言動は苛酷な環境下で暮らしているからだと思えば納得でき許すことができる。また私の言動も人に許してもらいたいと勝手に思ってしまうことは多々ある。

そして、こんな時もその言葉は呪文のように聞こえてきてstopが、かかる。後から思えばもう少し頑張らなくてはいけなかったと感じる時にもstopを掛けてしまう。stopしてはいけないと続けなくてはと頭では理解できても恐くなる。

私はたくさんの嘘をみてきた。巧みな嘘は真実に中に紛れ込んでいる。その真実が世間的に立派で認められている人からのものであるほど嘘はかすんでいく。世間的地位の高い人に迷惑を掛けてはいけないと考え、私の周りの人々は私よりも彼らを優先した。そして、そんなことはもう過去であり忘れている。同じ間違いを何度もしているにもかかわらず忘れている。

私にとって何処が分岐点になったかは自分でもよくわからない。それは幾度もあったと思う。別の人生があったかもしれない。でもその度に私は押し隠してきた。私は本当に結婚してから普通と言う言葉がピッタリ適合するほど静かに時間が流れている平和な日々の中にいる。もう昔に踏み込んで今までの自分を癒やす努力をムダにすべきではないかもしれない。でも全く癒やされてなんていない。私が望むのは過ちを忘れず暮らしていくこと。私自身はそうしてきたつもり。親に対してもそれを望んでいたというか、当然過ちを忘れていないと疑っていなかった。

私は怒り、妬み、恨みを置いてきた。今はがっかりしたような気持ち、怖いという気持ち、疑いの気持ちで整理できない感じだ。私は何を許すべきかわからない。和解することで皆が楽になることは想像できる。しかし相手が悪に無感覚の場合、許すことも和解することもできない。もし彼らが悪かったと認め覚えていたのなら私は彼らの味方になる。

そして私は忘れはしないが、過去に囚われてばかりでなく二十歳の頃、誓った新しい生活を作ってこられたことにホッとしている。力が抜けて柔らかい枕がいくつもあるベットになだれ落ちていくよう。私は精神異常者なんかではないことを私の生活によって証明したかった。少し違う。そんな大層な物ではなく、自分の納得しないことをしない。それを積み重ねてきた気がする。私は世の中の仕組みが、わかっていなかった。権力者を守る文化。権力者には人間の汚い部分を隠し理想を掲げられる状態に周りがお膳経てしてあげるのだ。同じ事をしても許される人と許されない人がいる。権力者に大切なのは事実ではなく何を信じるかなのだ。私は今でも無知で狭い世間で暮らしている。無知でも関わりを最小限にして静かに暮らせることを学んだ。人々との関わりを持つことにより余分な情報を知ることが怖い。私よりひどい目に遭っ

ている人は星の数ほどいたし、いるし、これからもいる。私に起こったことくらいで不満なんて言えない。しかし嘘に慣れてしまうことはできない。

また私は優しく賢く生きている人たちとの出会いも多くあった。例えば義母。最近、彼女に兄が昔逮捕された話、そのことに悩み私が精神科に通っていた話、母親には医師に私の悩みの原因を伝えてはもらえなかった話をした。彼女は、

「医者に話しても、どうにもならないこともあるしなぁ」とだれも否定せず母をかばう。とても暖かみのある言葉だと思った。

私は手袋を買いにいく場所を間違えてしまったキツネだった。

私も他者に対する日常的な思いやりの心は持っていたいと思う。その思いやりの心は私には自然にできることではない。

気に掛けていないと忘れてしまう。

動物園での犀についての解説が思い出された。犀は鈍重な性質で視力がよわい。しかし聴力と嗅覚に優れている。そして群れないで一人で生きる。自分の一本の角を白杖のように使い周りを確かめながらゆっくりと前に進んで行くのだと伝えてくれた。私も犀のようにゆっくり自分の声を聞き自分で考え自分の人生を自分で決めていくことができる人になれるよう、しっかりしなくてはと思う。人は望みを喪っても生き続けてゆくそうだ。できなかった過去があるなら、できる未来にしていこうと思う。

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