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15  2019を迎える

娘が高校を卒業して大学生になった。第一希望の地方の国立大に合格しアパートで一人暮らしを始めた。これで三人の子供達は大学生・大学院生となった。学生三人となると公務員とパートの収入では我が家の収支は赤字。でも今までの蓄えのおかげで今まで通り暮らすことができた。そして何より犯罪を犯して保釈金などを払ったり病気の治療で使ったりするお金ではなく、有益にお金を使えることはとても幸せなこと。子供達に100%満足していた。

私は自分の時間ができた。趣味の読書の時間も増えた。

村上春樹著の色彩を持たない多崎つくるの巡礼の旅を読み始めた。主人公、多崎つくるが大学生の時、高校時代の仲良しグループ四人に突然、拒絶された話を何年か経ったある日、恋人に語る話。そして彼は、もう一度、拒絶された友人達と交わってみようとする旅の話。私が気に掛かったのは、主人公が拒絶される原因となる女の子の亡くなるまで彼女の人生。彼女の嘘により多崎つくるは辛く死んでしまいたくなるほどの経験をしたのだけれど彼女は変死しなくてはいけないほど悪いことをしたのかなと思ってしまう。それ程、悪かったのかな。彼女にとっては多崎つくるを拒絶する原因の発言は嘘ではなかったと思う。私は作品世界の中に入り込んでしまい、多崎つくるであり、また彼女だった感覚になる。

相違点

主人公、多崎つくるは自分の夢を叶えられる大学を卒業して実現していた事。彼女は、この小説を読む限りでは他人から見て幸せとは言えない人生だった事。

私は望まない大学を辞め自分の夢が実現できていなし、でも他人からは素敵な家族がいて幸せに見える。そして私は満足している。彼らとの相違点。

共通点

多崎つくるのように拒絶された頃を思い出そうとしている事、彼女とは精神を病んでしまった事。誰にでも起きうることかもしれないけれど彼らとの共通点。

そして私はあの頃のことを知り得る手がかりの一人、仙人掌さんに会うことは叶わなかった。住む場所はわかる。会いに行こうと思えばそんなに遠くない距離にいる。けれど相手の望まないことをすることは怖い。

しかし、旅の道は一つではない。もう少し続けてみよう。

 仙人信さんが出演するコンサートが今年もあった。娘は大学生で家にはいない。蜜を誘ってみるのもいいかなと思い連絡をしてみた。コンサートのことは言わずに日にちだけ空いているか友達から教えてもらったSNSの彼女のアカウントに連絡してみた。(その日は都合がわるいです)と返事がきた。なぜか少しホッとした。一人で行こう。

会場は去年と同様、夫の実家近くの公民館。チケットを購入し中へ入った。空席が多かった。二階の壁際席を選んで座った。彼が所属するバンドは10組中最初に演奏。曲は星に願いを・open arm・ビートルズの曲と続き聴き慣れた曲が聞き慣れない声で歌われた。彼はキーボードを弾いていた。同じ空間なのに、そこは遥か遠く別世界のように感じられた。

小さく見えた。私には架空の人物だったのに、そこにいたのは確かに彼だった。そしてもう最後の曲が終わったと思ったとき、司会の人が、

「みなさん、お待たせしました。御存知 山吹将さんの登場です。歌います。曲は家族になろうよです」と紹介し、元市長 山吹将さんが両手を振って現れ彼らのバンド演奏に合わせて歌い始めた。私はすっかり彼もバンドのメンバーであることを忘れていた。彼は1曲のみ参加のようだ。聴衆は大喜びしている様子だった。こちらも、確かに山吹元市長だった。

そして信さんは、政治にも教育にも影響している偉い人になっていたんだなと思った。彼は、この世界が舞台だとすれば主役を演じている人で私は脇役にもならないエキストラ。しかも私の登場場面はとうに終わっている。私だけのことを考えれば、彼に目立つことはして欲しくなかったと思った。

私は、二番目のバンド演奏後、席を立った。やはり彼に会う勇気はない。こっそり自宅へ直行した。

私の巡礼の旅はもう少し続いた。安らかに深く沈められていた過去を掘り出そうとしていいのかと迷いながら・・・しかし過去は静かに座って見つけ出されるのを待っている。

 そんな中、山吹市の市議選が行われることを知る。彼らのプロフィールを新聞で読む。初の立候補者のプロフィールの中に祐仙寺保育園理事の文字を見つける。保育園理事とはなんだろう。スマホで祐仙寺保育園理事とググッてみる

。pdfで保育園の定款を見ることができた。なにやら、保育園運営の決まりのよう。理事は運営に関わる仕事をする人達のよう。最後のページに理事メンバーが載っていた。理事長は園長を兼ねて仙人信、理事は五人で市会議員候補者ともう一人知っている人の名前があった。紫根伯父さん。私のアメリカ旅行前もその後30年もずっと彼らには交流があったようだ。でも母は、私が大学1年のあの夏8月31日、何かが、おかしかったと訴えても仙人さんとの関わりを否定。そしておかしいのは私といい病院へ連れて行った。それは母はその時も今も紫根伯父さんが理事をしていることを知らなかったのだから仕方がないと思った。母をまだ信じたいと思った。でも、私は理事をしている人の姪なのにどうして信さんは電話で拒絶したのだろう? 紫根伯父さんが関わっていたのだろうか? 

次はみどりさんに会ってみようと思う。連絡先を知っていそうな共通の友人もいないため、高校時代の名簿の彼女の家に電話してみると彼女はそこに住んでいた。喫茶店でモーニングをする約束をた。

 約束時間きっかりにみどりさんは、水色のアクアを運転して上手に私の茶色のワゴンRの横に停めた。久しぶりに見るみどりさんは高校生の時、感じたおっとりとした印象はなくアメリカで最後に別れた時のままの自信に満ち生き生きして見えた。二人で軽く挨拶し喫茶店の中に入った。喫茶店の中は混んでいたので中央の席に横並びで座り二人とも珈琲を注文した。

 お互いの近況を話した。みどりさんは大学の1年先輩と結婚し実家に住んでいてお子さんは二人、結婚と同時に幼稚園の先生を辞め、お母さんの仕事の後を継いでいると話した。 

そしてあのアメリカ旅行の話をした。私の覚えていない旅行話を彼女がするので私はなるべく話さず情報を得ようと聞き役に努めた。

「ハワイではホテルが海から遠く殆どホテルで過していたから、この前その思い出を一掃しようと思い母とハワイへ行ってきたのよ」と言った。私が覚えていなく日記にも書かれてない旅行の話を沢山してくれた。そして旅行メンバーの話を始めた。

「仙人信さんは今、祐仙寺保育園園長先生よ」と言った。知っていたけど「そう」とだけ返事をした。

「仙人藍さんは草々病院の奥さまをしているよ」と言った。耳にしたことのある耳鼻科の病院。また朝日澪ちゃんの鰻やは今はもう店じまいしたが、みどりさんは結婚される少し前に今の旦那さんと訪れたそうだ。でも澪ちゃんには逢えなかったと話した。もう澪ちゃんと何処かですれ違ったとしても気付かないだろうと淋しく思った。アメリカ旅行へ一緒に行った人達の中で、その後を知っているのはその二人だけのようだった。

龍馬さんについてはアメリカ旅行中はよく話したけれどそれっきりと言った。私もみどりさんも彼の苗字を忘れていた。

坂本龍馬で無いことは確か。

そして私が「どうしてアメリカ旅行に参加したの?」と訊くと、

「海外短期留学をしたいと思っていた時、母の職場とニック先生の英語教室が同じビルで知り合いになり、旅行の話がでて、偶然同じ高校の蒲公蜜さんと信実さんも行くと言われたので行くことにした」と言った。

また「そう」と答えた。紫根伯父さんとも仙人信さんとも関係がなかったのかも知れないと思った。それとも始まりはそうで、そこから偶然、お互い親戚の紫根伯父さんに繋がったのかも知れない。

別れ際に私が旅行の写真がないと言うと今度見せてあげると言ってくれた。やはり掌くんと連絡を取っていたこと、コンサートのことは言えなかった。自分の殻に籠もってしまうのは私の悪い癖。

家に帰り、山吹高校の100周年の時、作られた名簿があることを思い出した。どうしてもっと早く気付いて探さなかったのだろう。全生徒の名前と製作時の現住所と職業が載っている名簿冊子が山吹高校100周年記念に作られていた。勿論、この冊子が作られた20年ほど前に情報提供に協力した人のみの情報。協力していない私の情報は高校卒業時のままの記載で協力した夫は職業も当時の住所も載っていた。そして彼の元だけにこの冊子が送られてきていた。今ならこんなに多くの個人情報が載っている冊子は作ることは論外。

龍馬さんの名を探し始めた。苗字はわからないので七つ年上で龍馬という名を探した。おかしい、いない。年を間違えているのかもと思い前後の年を探した。でも見当たらない。仕方がなく初めから龍馬さんと言う名を探した。一人もいなかった。どういうことなのだろう。彼は山吹高校出身ではない? それとも龍馬と言う名ではないのか? 旅行中「龍馬さ

ん」と呼ぶといつも彼は、自然に振り向いていたので名前が違うことは考え難い。ヨセミテ国立公園での山吹高校のグリーンゲイブルズについての会話に違和感を持ったことを思い出した。高校名を偽っていたのだろうか? どうして? 山吹高校出身と言って山吹高校出身の蜜、みどりさん、私の関心を引こうとしたのだろうか? こんな事に今頃気付くなんてなんということだろう。何もできない、そしてする必要もない。 

だた、アメリカ旅行に参加した男の人の中で一番信頼できそうな龍馬さんが初めから正体不明の人物だったのだろうか? 狐につままれた。もう連絡する術も会うことも全く叶わなくなってしまった。もうアメリカ旅行の際、飛行機の中でまわした連絡帳はない。

何が何だかわからなくボーと記念冊子の入っていた棚を見ていると高校の卒業アルバムが目に入った。手に取り自分のクラスのページを開いた。写真と共に寄せ書きがあった。友達が何十年も前に書いた言葉を初めて読んだ。みどりさんと蜜の言葉は遠く離れて書かれていてDon’t forget meと私を忘れないでだった。両極端に思えた二人は同じことを考えていた。そして私とは相反することを。私は確かに、あの頃だれの記憶にも残らないように消えたかった。私の言葉は名前から少し離れた所に素直と書かれていた。素直になりたくて書いたはずなのに、そんな書き方をしていたなんて全くなんて素直でないのだろうと思った。 

そして2019年12月末、コロナウィルスは世界の不仲、不平等に腹を立て、ノアの時代に神に従わない人を一掃するかのような勢いで静かに暴れ出した。私の巡礼の旅は休憩。

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