12 時は動く
話は前後する。
次男が大学受験勉強をしていた頃。彼は第一希望の大学を目指し夏休み家で勉強していた。体を動かすことの好きな彼は、勉強する時でさえ筋トレをする。リビングで英単語の本を見ながら腹筋をしている。眺めていると、ふと昔の記憶が蘇る。
そう言えば、掌くんも同じようなことをしていたなぁと斑な記憶が頭の奥の抽斗から出てくる。そしてあのアメリカ旅行の記憶が次々に思い出される。ふとFacebookで仙人掌と検索してみると簡単に彼を見つけてしまう。
私はつい最近Facebookを始めた。とても遅いスタートで息子からは「セキュリティの問題でFacebookを辞める人が多いのに今始めるなんて」と笑われたくらいだ。私が48歳、仙人掌さんは47歳、30年ぶりに見た彼の顔。Facebookに殆ど投稿しない私と違い、彼はよく活用しているようで、彼の投稿により彼の行動を知ることになる。自己紹介で関東の私立大学144
英文科卒、血液型はAB型と知った。私が通っていたM大学近くの彼が高校3年の時に目指していた大学ではなかった。もしも私がM大学に通えていても信号待ちで偶然会うことはなかったんだと思った。そして血液型はAB型。アメリカ旅行の男性参加者全員AB型。私の考えではFacebookに投稿するのは多くの人に知らせたい考えがあるからと思うが、隠れて人のプライバシーを、見ているようで気が引けた。そこで友達リクエストをしてみた。すぐリクエストが通る。驚いた。きっと誰でもいいから友達を増やしたいと考えている部類の人だ。私のアカウント名はもちろん本名、でも旧姓ではない。つまり48歳の私のプロフィールと顔写真を見ても彼はきっと私に気付いていない。ネット上の友達になると、さらに彼の投稿がみられ頻繁に行動を、知ることになる。まず彼は緑の深そうな川で大型犬と泳いでいる。海ではサーフィンをしている。仕事はカメラマンだろうか? 結婚式や園児らの写真を撮っている。そして
海外へ行くなどなど。私が知り得る彼の情報。それらの行動は30年前と同じではないか。大学のプールで泳ぐ、ハワイでウインドゥサーフィンをする、観光写真を撮る
、アメリカに行った。そして彼の発言。政府に反発しているのだろうか? 沖縄の基地問題、福島の原発後の対応に不満発言をしている。彼は何処に住んでいるのだろう? 沖縄だろうか? 福島だろうか? このまま見続けているのはfairではないのではと思いメ
ッセージを英語で送ってみた。リアルタイムで返事がくる。緊張してくる。 まず、彼が私に気付いているか? 問う。返事がすぐ来る。やはり気付いてはいない。そして旧姓を証し覚えているか? 訊く。また返事はすぐ来る。覚えていた。そして彼はこう送ってきた。
”Do you happen to be a girl who take a trip to USA, Which Nick English teather organized with me and my brother!! Anyway Nick was suck. I wonder how he is doing now ”と返事がくる。訳すと(きみはニック英語の先生が企画したアメリカ旅行へボクと兄と一緒に行った少女ですか。ニックはサック。彼は今どうしているのだろう?)掌くんは何を言っているの
だろう? サックはスラングで良くない意味。そしてニック先生とは今、交際していないのだろうか?
私は”What does suck mean?”とサックの意味を訊いた。
”Very bad!! He cheated everyone!!”と答えがくる。(ひどく悪い。彼はみんなを騙した)が私の直訳。掌くんにとって、アメリカ旅行はいい思い出ではなかったのだろうか? そして、どうして彼はみんなを騙したのだろうか? 訊いてみた。
”Why did he cheat everyone? Was the trip a bad memory to you?”
”Memory is memory! But after the trip, many things happened!! It is found out He was terrible! But past is past!!”
と返事がくる。(思い出は思い出。あの旅行後、色んなことが起きてそして彼が酷い人だと分かった、でも過去は過去)
と訳せばいいのだろうか? 彼の英語も文法間違いの箇所があるような気がする。プロフィールでは英文科を卒業しているけれど、どれくらいの英語能力なのだろう? 私の訳は正しいのだろうか? にわかに信じられない展開になってきている。どうして旅行直後、私は何も知ることができなかったのだろう? 彼らには何が起こっていたのだろう? ニック先生は、私の家庭の異変に気付き、帰国の翌日、母に電話で忠告してくれ、私を助けようとしてくれたかもしれないのに、それを彼らはSTOPとしたのか?
そして掌くんは”How are you doing now?”
と今の私の様子を伺ってきた。
”After the trip ,many things happened”とまず彼の文章をコピーして送った。私にもあの旅行後、様々なことが起こったのは本当。そして”I am fine now”と今は大丈夫と送った。
”Good!! Best regards to you!!と返事がくる。これも妙な英語のような気がしたけれど“thanks”と礼を送り、
”If possible, can I meet you?”会えるか訊いた。このメッセンジャーで連絡を取る前から確かめたいことは多くあった上に彼
とやり取りから私の知らないこが多くありそうだ。会って訊こうと思った。返事は”OK”と直ぐきた。
”When is good for you? Where do you live?”(いつがいいか?何処に住んでいるか)訊いた。彼の返事では昔と変わらず山吹市。沖縄でも福島でもなかった。たやすく会えそうだ。それで互いの中間の市で会うことにした。掌くんが指定した日は私が仕事の日。そして私が指定した日は彼が仕事。今は11月。彼は年内は忙しいそうだ。来年にしましょうとメッセージ送り終えた。
ふしぎな国のアリスの穴に落ちて、なくした大切な物を探しているような時間だった。
来年になったら、会える。彼に会うのは一度きりにしようと決めた。実りある再会にしよう。さよならも言わずに別れた30年前の私ではない。そう思っていた。
そしてFacebookで彼の行動を気にしていた。彼は相変わらず政治、時には警察に関して否定的な発言をしている。もう私が読んでいることを知っているはずなのに変化はない。誰に読まれようと何も気にしていないのだろうと思った。そして近々オーストラリアに一ヶ月ほど仕事を兼ねて行くようだ。大学生時代にホームステイした所のよう。ミルズカレッジのドームで彼が大学在中にオーストラリアに行きたいと話していたことを思い出した。実現したのだ。些細なことで人の影響を受けてしまう私と違って彼は自分の思いを実現できる人で、そういう環境の家庭で育ったんだと羨ましく思った。そしてアメリカ旅行後、起こった出来事を少なくとも彼は兄の信さん、ニック先生と共有できている。恐怖で誰にも言えなくて泣いていた日々を思い出してしまった。でも、もう30年も経っている。あの時、何が起こっていたのだろうか? 私は、もっと早く教えてもらうことはできなかったのだろうか? 私は誰とも共有できなかった。旅行後、ボールペンを返しに私はわすれな草薬局でニック先生に会っている。彼は私の病院通いを知っていた。しかし、仙人兄弟には伝えなかったのか? その頃は既に彼らは交流していなかったのか? それとも、伝えたが彼らは無視したのか? 何が起こっていたのだろう。今の彼らには完全に過去。覚えていることも少ないだろう。彼らと私は同じ時間帯を過していなかった。時間が交わっていなかった。私は時間を無視していたようだ。再び時間が交わるなら、私は何を望むのだろう。望んでいいのだろうか。いいならば今度は楽しい冒険のできる穴でありますように願った。




