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10 私の実家の話

2歳年上の兄は専門学校卒業後、保護司が紹介した仕事を2年ほどで辞め自分で探した会社に転職し、それ以来ずっと金型関係の工場で真面目に働いている。結婚は私の2年前にしている。兄がナンパをして、つきあい始めた。今ナンパしたらストーカーと思われまずいことになる。成功率は低いはず。が、マッチングアプリもない時代なので当時は多くあったと思う。アパートで一人暮らしの彼女と半同棲、妊娠、結婚となった。そして二人目が生まれてすぐ、アパートから実家に引っ越してきた。父の退職と重なり大規模にキッチン二つ、トイレ三つ、玄関一つの二世帯住宅にリフォームした。お風呂は古いままだが、もう素敵な古民家の姿はない。費用は公務員だった父の退職金から全てでたと聞いた。母は兄は自分たち

のダブルベットでお金を使っただけと不満そうに言っていた。

 兄嫁の由さんは外で働くため、母に子供を預けて近所の皮膚科の個人病院で受け付け事務を始めた。同居した当初は一緒に母の料理を共に食べていたが、子供達が大きくなるに連れ手が掛からなくなり時間もでき、由さんの希望で別々に食べ始めた。全く別ではなく由さんが都合の悪いときは母のキッチンで兄家族は食べていた。私達家族がお正月などに訪れ

た際は父母兄家族六人、私の家族五人の11人の大家族で母と由さんの手料理を食べていた。そんな感じに何事もなく20年くらいは比較的平和に時間は流れたと思う。

でも実際は違っていた。ちょうど、断捨離を始めたころ。

由さんが洗面所で「信実ちゃん入っていい?」と実家の風呂に入っていた私に訊く。こんなことは始めてで驚いたが、断る理由もないので、「いいよ」と言うと入ってきた。そして「信実ちゃん、もうダメかもしれない。お兄ちゃんは(由さんは私の前では兄のことをそう呼ぶ)私をお手伝いさんとしか思っていない。機嫌が悪いと、キモいとか言ってくる」と二人で古く小ぶりの湯船に浸かりながら話す。自分で何もしない兄の世話をしているだけで会話はないそうだ。さらに母も兄が忘れ物をすると兄の仕事場へタクシーを使ってでも届けに行くことにも腹を立てていた。兄に自立して欲しいと言うのが由さんの言い分。そして最悪なのは兄の浮気。浮気の結末は由さんが浮気相手に謝りに行ったという。

もし兄の逮捕後、ヤクザの相手に手を出し彼らが家に怒鳴ってきた事件をその時、兄に付いた保護司に相談していたならば、いい知恵が貰えたり、少なくても怒って貰えたりしたのにと思う。親が子育て不適任者だから保護司が付いたのに、兄にとってもその時がチャンスだったはずなのに、親は報告しなかった。結局、兄は心に闇を持ち、孤独だったのではないかと思う。兄の罪は、黄ばんだ白い布で覆い屋根裏の片隅にそのまま放置されたままだったと思う。兄も公にして綺麗さっぱりしたかったのではと思う。私は理解しようとせず、何もできなかったことを悔やんだ。そして最初から父と母

には子供を育てる資格などない。

兄のことを考えてみる。兄はとても特徴のある顔をしている。日本人離れしている。西洋人にしか見えない。幼い頃はブーグローの描いた天使そのもの。そう言うわけで非常に目立ち、もてた。

兄と同じ中学に入って間もない頃は、女学生が私のクラスまで私を見にきて「アレが妹? ブスじゃん」などと何度か言われた。断っておくが私は見ず知らずの人に突然、ブスと言われるほどの顔を持ち合わせてはいない。また道端で見知らぬ制服を着た女子学生から

「お兄さんに渡して」とハートが描かれた封筒をもらったこともある。当然、兄に直接プレゼントなど渡す人もいた。周りの醜男たちは面白くない。いじめの対象になったこともある。顔がいい人は面倒なことに巻き込まれることも多々ある。それがいい方向に向う人間と、そうではない人間がいる。後者が兄。青山大学の駅伝選手は多くの声援を受けられるよ

うにとルックスでも選ぶと聞いた。顔がいい人間はそれだけで応援してくれる人も多い。うまく利用できれば、兄は成功していたと思う。兄の努力が足りなかった事もあるが、青山学院の監督みたいに彼を真剣に考えてくれる人がいなかったんだと思う。父と母は守る力を持ちながら人任せにし、上手く行かなければ人のせいにし、自分達を責めることはせず、悔いもしない。そして異論を唱える人を責め、その人の気持ちをわかろうとしない。そして綺麗さっぱり忘れてしまう。

 母に由さんとの会話を伝えてみた。「兄を子供扱いして世話をするのをやめたら。例えば仕事場に忘れ物を届けるとか、はしない」と話した。「自分(由さん)も太郎にしているやないの」と反発。太郎というのは兄の子供で当時もう23歳。どっちもどっちかな

。また、兄の浮気と浮気相手に由さんが謝りに行ったことを話すと、母には初耳だった。そして「由彦(兄)もまだ50歳だからしかたがない」と耳を疑うようなことを口にした。兄を責める気はないようだ。

私は一斤染家から出て暮らし、客観的に見ると母の言動は矛盾が数多。例えば由さんに皮膚科(由さんの仕事場)のヒルドイドソフト軟膏をこっそりもらってきてと言いながら「沢山はダメだよ」と言う。矛盾だけではなく、もう犯罪に近い。母は自分で何を話しているのかわかっているのだろうか? その頃、由さんは病院のリストラの対象になり辞めることになる。当たり前。長く勤めて欲しい人は病院の薬を持ち出す人ではなく信頼できる人。

そして間もなく由さんは一人家を出て隣の市のアパートに住む。父と母には青天の霹靂だったようで、出て行く日の朝に由さんから告げられたそうだ。母から私に由さんが出て行った話はない。隣近所にも、もちろん知らせていない。いつものこと。彼らが大切にしているのは世間体。

私は数回、実家を訪れても由さんに会わないので母に尋ねると、「突然朝、出て行くと由さんは言い荷物を自分の軽自動車に積んで出て行った」と淡々と話した。2ヶ月前だそうだ。その前から少しずつ荷物を運んでいたのに誰も気付かなかったそうだ。

父は「そのうち帰ってくるさ」と言った。

私は「兄の御飯とか掃除はどうしているの?」と訊くと母はしてあげていると答えた。

「何してるの? そんなことしていたら由さん帰って来ないよ」

「じゃ、お母さんはどうしたらいいの? お母さんが家を出た方がいいのかとも考えたくらいや」と母は喚く。簡単なこと。「兄の世話をしない」と教えた。

そして母は結婚後、外で働いた経験がない。当然、収入がない。私の持論では自分で稼いだお金ない人には家のお金をもって家を出る資格はない。それでも違う方法で、例えば、母がまだ60代の頃、オープン前の近所パチンコ屋の掃除のバイトしようかと言い結局断念した時、始めていれば家をでたと同じような効果でみな何かを学んだのではと思う。家を出

ると言うことは物質的だけではなく精神的なものも伴わなくては成長しない。経済的自立なくして真の自由は得られないと宮澤エマの祖父も言っていた。

そして互いの思いは届いていない。彼らは話し合おうとしない。

その後、すぐ由さんに母と私の三人でのランチの誘いのメールをした。由さんからのメールは「ランチなんかしてどうするの」と返信がきた。母に見せると「何そのメール。こんだけ?」と言う。私は思わず「しょうもない男にはしょうもない女が付く」と言ってしまった。母は無言で私を睨んだ。母にとっては兄が大事すぎるのだろう。違う。兄を大事に思う

自分が大事なんだと思う。 

しばらくして兄と由さんの娘、花子も由さんとアパートで暮らすようになった。由さんが出てから7年近く経つ今も母は兄に御飯をつくり、身の回りの世話をして大きな家を掃除している。兄と由さん

は離婚もしていない、話し合いも会うこともない。

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