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9 親族とその後

私の生活は太陽系の地球の軌道から外れ、しばらくスペースを彷徨い偶然、新しい軌道を見つけ、その軌道にのることができるようになったみたいだった。その軌道が地球の衛星、月の軌道なのか、太陽系内の地球とは別の惑星の軌道なのか? はたまた、太陽系ではないスペースにきてしまったのか? わからない感じ。いつも行き当たりばったり。

でも、何をしてもふしぎに上手くことが運んでいた。もう多くを望まなくなっていたせいで、そう感じるのかもしれない。世良くんとの関係もよく、子供達も明るく頭の良い子達。彼らは何より自分で考え決めることができる。私は彼らの身の回りの世話をしてきただけで彼らは生まれた瞬間から、自分の意思を持っていて、もう既に立派な人間だったように感じる。

夫も私も無駄をしない。贅沢をしたいとは思わなかったためそれなりに蓄えもある。貧しい国の人が私の生活を体験するならば、贅沢以外には感じないかもしれないけれど、日本では慎ましい生活の部類だと思う。昔の自分は根気の良い方で何に対してもやり抜くことができると思っていた。でも違っていた。そうできたのは、ただ環境が整っていたからだと思う。ひとつ崩れた環境に置かれると私の生活はもろく崩れてしまう。

今の生活は環境を整えてもらえている。ありがたいこと。

昔を振り返って考えてみた。大学を辞めたのはかなりショックだった。私は私なりに勉強を頑張っていた。これ以上はできないくらいに・・・でも自分のことだけを考えることはできなかった。自分と同じくらい人のことも考えていた。でもそれは正しくなかったかもしれない。人のことは、その人が考えれば良いことであったと思う。私は人のことを考えすぎてしまい一人取り残された。ある人はある物を求め、別の人は、別の物を求める。私はそのことに気付くことができなかった。もっと早く気づき逃げればよかった。

私の父方の親戚、紫根家や亜美ちゃんの家庭についての話。

話は少し前に飛ぶ。

亜美ちゃんと貢さんには子供が三人。私達は年に数回、家族ぐるみで会っていた。貢さんの仕事の関係で横浜から静岡に住んでいた時のこと。私は家族旅行を兼ねて静岡の彼女の家に夫と1歳少し前の長男と二泊三日で泊まりにいった。貢さんはその間ずっと出張で留守だった。家には亜美ちゃん、小学2年生の長男、保育園の年長の娘、2歳の次男連くんがいた。平日の昼、上の二人が小学校、保育園へ行っている間、私と息子と連くんと遊んでいると電話が鳴った。亜美ちゃんが会話している。ずっと、話している。1時間ほど経過して終わった。私は「誰からの電話?」と訊いた。

「あじさいと言う健康食品から」と答えた。健康食品の勧誘かなと思った。そして次の日も同じ時間に電話が掛かってきた。今度は1時間以上話している。亜美ちゃんが娘の名前を言っているのが聞こえてくる。何度も聞こえる。

電話が終わり、また私は「誰から?」と訊いた。亜美ちゃんは、「昨日のあじさいからで今、その団体が始める小学校に娘を入学させないかと誘われている」と言った。「えっ。怪しくない」と反応した。亜美ちゃんの生活ぶりは散らかった部屋で暮らし食事は不思議なことにみな同じ物を食べていない。一人はマルシンハンバーグ2コのみ、他の二人はあじさいの健康カップラーメン、亜美ちゃんは魚を焼いて食べていた。そんな調子なのに亜美ちゃんは当時、流行りのトールペイント教室に通い家でもテーブルに道具を広げて何個もコースターに絵を描いていた

。家庭として機能していないと感じた。その旅行の直後、実家の父にあじさい健康食品からの電話の事を話した。私が亜美ちゃんに忠告するより父がした方がいいと考えたからだ。でも父は私に怒り、

「亜美は三人も子供を育てているんだ。一人だけ見ていればいいお前とは違う。偉そうに言うな」と言った。その父の態度に異常さを感じた。いつも父は亜美ちゃんの世話を焼き味方をする。

その後、貢さんが仙台に転勤になり単身赴任することになった。亜美ちゃんと子供達は紫根家に住むことになったので、あじさいの小学校に娘を入学させる話はなくなっていた。

その年の冬、紫根家で暮らしていた99歳の祖母が老衰で亡くなった。私の二人目の子がお腹にいる身重の時、息子一人連れ、お葬式に出席した。お葬式は自宅である紫根家で行われ、その後お寺へ行くと聞いた。私もお寺へ行った。祐仙寺ではなかった。てっきり紫根家と仙人家の関係は檀家と寺の関係と思っていたのに違った。

時は流れ私の子供三人が全員小学生の頃、子供達を連れ、久しぶりに紫根家を訪れた。子供部屋で祐仙寺保育園の卒園証書を見つけた。連くんの卒園証書。二つ折りの卒園証書を開くと園長 仙人信と書かれていた。園長先生なんだと思った。そして園長からのメッセージの紙が卒園証書に挟まっていた。金子みすゞ言葉、みんなちがってみんないいと書かれていた。違うよ。みんなと大きく違うと消されるよ。金子みすゞも自決してるよ。

その時、連くんは中学生。連くんが保育園の頃はもっと頻繁に私たちは行き来していた。でも私は全く連くんが祐仙寺保育園に通っていることを知らなかった。考えもしなかった。連くんを通じて私は信さんと繋がっていた。父も母も紫根伯父さん亜美ちゃんも誰も私には教えてくれていない。

その頃から亜美ちゃんとの交流は減っていった。でも何年か経ち子供達がみんな学校に行っている平日の昼間に、私は紫根家を訪れたことがある。東京に住んでいる親戚が紫根家に久しぶりに訪れるというので私も誘ってくれたのだ。

私は、その親戚と仲が良い。その中の従兄弟は同い年で貢さんと亜美ちゃんの結婚式で同席した人。

紫根伯父さん、伯母さん、貢さん、亜美ちゃん、東京の親戚の人達と私で話をしていた。話題は貢さんと亜美ちゃんの結婚式。私の母の友達の村神さんの紹介で私の家でお見合いしたことから話が続いた。

その時、私は仲人だった土器昇さんのことを思い出してしまう。そして「どうして紹介した村神さんではなくて失踪してしまうような人に仲人を頼んだの?」と言った瞬間、貢さんと紫根伯父さんが私を見た。彼らは、それは言ってはならないことだ。君はこれでゲームオーバーと言っているような目で私を睨んだ。

それから亜美ちゃんが「どういうこと? 失踪って何?」と不思議なことを言う。私は睨まれたので躊躇しながらも、

「土器さんがまだ県議員の時、秘書の若い女の人と失踪したと新聞に載ったよ」と話すと、

「知らない」と亜美ちゃんは言う。「忘れただけじゃないの?」と私は言った。

でも本当に知らないようだ。亜美ちゃんが知らないとは驚いた。たとえ頼まれ仲人でも知り合いのはず、自分の大学も就職もお世話になっているではないかと思ったが言えなかった。

紫根伯父さんと貢さんは、私が口にしたとき制止しようと睨んだ。つまり亜美ちゃんには知られたくなかった。土器昇さんの失踪はやはり、亜美ちゃんの裏口入学にも関係しているんだろうと推測。ここでも自分たちの都合の悪いことは身内にでも隠してしまうんだなと思った。寂しい人達。

そして、もう一つ不可解な出来事が起きている。紫根家を訪れた2年後くらいに、母から私にこんな電話があった。

「桜木の伯母さんが、亡くなった。信実はお葬式に来なくてもいいからね。香典はお母さんが用意して持って行ってあげるからね」と言う。桜木伯母さんは父の姉で紫根伯父さんの妹。桜木伯母さんは自殺だった。晴れた眩しいくらい明るいある日の午後、彼女は自分で車を運転して、彼女の自宅から3km程離れた彼女の土地にある井戸に身を投げたそうだ。

家族宛の遺書により発見できたそうだ。遺書の内容は知ることはできない。ただ、私の推測だと彼女の息子、つまり私の従兄弟は10歳ほど年上で公立の中学校の教師をしている。ずいぶん昔、私が中学の頃だが偶然にも彼が私の親しい他校の友人の中学担任だった。とても先生には思えないくらい漢字が書けないんだよと会った時、話していたのを思い出した。彼も土器昇さんの力を使ったのかもしれない。

桜木伯母さんは、私が幼い三人の子育て中に会った時、

「信実ちゃん、人には言えない苦労もあるだろうに、よく頑張っているね」と言ったことがある。その言葉は伯母さん自身に言っているように私には聞こえた。きっとその頃から伯母さんは悩んでいたと思う。

因みに私の実家には40年近く使われていない井戸が敷地内にある。そしてその年の年度末に従兄弟の早期退職を新聞で知った。

次は母方の親戚、菰野屋の伯父さんの話。

伯父は宝石店をしていた。あの頃は市に宝石店は菰野屋一軒だったので、かなり繁盛していたと思う。伯父には娘と、息子がいる。この話でBと書かれているのが彼の息子。Bは不良+成績不振+家が金持ちなので中学を卒業すると自宅を離れ私立高校へ入学したが馴染めず一ヶ月も経たないうちに退学し、当時は高校卒業資格の要らない美容師を目指していたが

断念し父親と同じ商売を始めた。娘は地方の私立の大学を卒業し大手メガネショップで2年働き私の母の紹介でフォニクス電機のエリートと見合い結婚をして神戸に住んでいた。

私は新聞記事で二つの事件を知る。最初はフォニックス電機、兵庫県の生産部の20代の新入男性が教育主任のパワハラ発言が原因で自殺という記事。日本有数の大手企業でのパワハラによる自殺なので大きな話題になった。そして兵庫県のフォニックス電機は従兄弟の旦那さんの勤め先。もちろん、彼は教育主任ではない。そして僅か2ヶ月後、フォニックス電機の品質不正問題の文字の見出しを新聞一面で見つけた。記事の内容は30年前から日本海外を含む90%の工場で不正が行われ隠蔽。新聞には「閉鎖的な組織」「事なかれ主義」「言ったもん負けの文化」と書かれ低レベルのモラル状態が

露呈されていた。会社ぐるみ。しかしフォニックス電機は円安も影響してその年の純利益は日本で上位に入っていた。従兄弟は結婚している間ずっと不正を黙認、またはしてきた人と暮らしていたことになる。悲しい話。

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