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8 時間は経つ

それから私は結婚を機に仕事を辞めた。警察官の夫と海の見える官舎5年に住んだ。次に山に囲まれた駐在所に3年。

その後、駐在所勤務が終わり同じ市の官舎に2年、そして、その市が気に入って土地を買い家を建てた。その間に子供を三人もうけていた。息子二人と娘一人。夫の希望で私は専業主婦をしていた。私には仕事と家庭の両立は無理だと判断したのかもしれない。

おかげで、のんびり子育てができた。働いてはいないけれど、社会との関わりが欲しいと考え、市主催のサークルに入ったり、学校のボランティア活動をしたりした。それが結婚をしてから約18年間してきた主なことで特別なことは何もしていない。私にとって、生活とは、そう言うものだった。毎日無事過ぎればいい。

 しかし毎日、無事過ごせたわけではない。最初の出産時のできごと。私は無事、子供を産んだ。

でも何もかも初めての経験で出産後、病院で軽い出産うつになっていたと思う。その時、付き添っていた母の行動をみて確信したことがある。病院のベッドの上で寝ていながら母の動きを見ていた。母は動きすぎるのだ。母は私に病室で、「信実が若い頃、精神病院に通っていたことを医師に話しておいてあげたから、薬をもらえるからね」と言う。そして同室の人、その付き添いの人にも私の状態を話にまわって何やら謝っている。ほとんど動かない私が何をしたというのか? 私に代わって母親に謝ってもらわなくてはならない様なことを私がしているのか? 悪いのはいつも私になっている。

私は、次もその次の出産も母には上の子の面倒みてと頼み付き添いはやめてもらい、一人で産んだ。もちろん、看護師さんも助産師さんもいた。付き添いがいない患者には、とても親切で私は快適だった。病室にお見舞いにきた菰野屋の伯母さんは、

「信実、一人で分娩したのだって。おばさんが、きてあげたのに」と二回とも言ってくれた。私は二回とも、「一人だと病院の人がとても親切なのよ」と答えている。本当だ。母が近くにいると心が安まらない。私の病気の大部分は母に依るものだと確信した。それを告げるのは母にとって酷だと思った。それに一緒に住んでいるわけではない。年に数回会っているだけ。上手く付き合えると考えていた。

 時は流れ、上の子が保育園の年長の頃、子供達と市主催の子供向け英会話サークルに参加した。私は6歳、4歳、2歳の子供を連れ公民館の英会話サークルに月に一度通っていた。子供達も私も1時間のサークルを楽しんだ。久しぶりに英語が聞けて耳に心地よかった。聞いていると次第に耳が英語に慣れ、アメリカで英語が聞き取れた感覚が蘇ってくる。難しい単語を覚え英検一級を試しに受けてみると合格。

英会話サークルの講師のアメリカ人夫婦ダンさんジーンさんと仲良くなった。夫妻は同じ市内にあるバブテスト教会の宣教師夫妻。何度かサークルに通った後のある日、彼らに、「教会にきませんか?」と誘われた。

彼らの教会は同じ市内の少し外れにある。そこで毎週日曜日の朝に集会モーニングサービスが日本語で夕方は英語であると言った。私は改めて聖書に触れた。

その集会では子供と大人と分れて話を聴いた。子供の集まりは奥さんのジーンさんが、大人の方はパスターのダン先生が担当した。あまり熱心ではなかったけれど、私の目の届かない所で子供達に聖書を教えられると考えると、親の責任として私も読んで内容を掴まなくてはいけないのではと思うようになり聖書を初めから家でも読むようにした。

私が手にした聖書はバイリンガル聖書で英語と日本語で書かれていた。辞書で調べ英語と日本語で読んだ。読んだこととダン先生の集会で知ったことは父である神とその息子のイエスと精霊は同一、三位一体の神で全てを創造した。神は神に似せて人を創造したが、ある時、人は神に反してしまった。その瞬間、罪が存在する。それから全ての人間は罪をもって生まれてくるようになった。しかし神の慈悲により救い主イエスが人々の生活の中に送られてくる。罪のない彼は人の罪を取り除くため、代わりに十字架の上で殺され埋められたが3日後、蘇る。人は誰からも教えられないのに嘘をつく。

本当の気持ちを隠すために嘘をつく。それが、生まれながらに罪を持って生まれてきた証拠の一つだそうだ。キリスト教は自分の内の罪を認め改めイエスを信じれば、天国に行くことができる教え。私が大切にしていること、悪いことをしたら認め内省すると一致する。そして私に地獄の生活は到底耐えられそうにない。端っこでもいいから天国に行こうと思った。そして、神が全てを創造したというのは全て。物体だけでなく時間、過去も現在も未来も。未来のすべては過去の内に存在している。そして罪と言う英単語はsinと知った。シンと読む。関係のないことだけれど信さんのシン。家がお寺でご自身も僧の資格がある仏教徒の信さんは罪=シンをどう考えるのだろうと思った。漢字でシンは信、新、心、真、進、神、清、伸と肯定的な意味が多いのに英語では罪になってしまう。善と悪は背中合わせ。ある時、私はジーンさんに、こんな話をしたことがある。保育園について会話していた時のこと。

「私はお寺の保育園に通っていたんですよ。園長先生がお坊さんでした」と英語で言うと彼女は手を口に当て震えたように、 「terrible」”おそろしい”と言った。それは私には、とても意外な言動だった。純粋無垢な子供達に間違った教えを説くことは恐ろしいと言うのが彼女の考え。保育園の園長先生もジーンさんも心から自分の考えを正しいと信じていると思う。これもある人には疑いのない善なのに別の人には全くの悪なんだと思った。

夏になると私は人生の全てが変わってしまったアメリカ旅行のことを考える。アレは何だったのだろうかと? 山吹市にあったニック先生の英語教室は知らないうちになくなっていた。仙人さんの保育園の英語教室のことはわからない。関わらない方がいい。

それでも仙人信さんを二度、偶然見かけたことがある。

一度目は山吹市の花火大会。その花火大会の開催前に同じ広場で祐仙寺保育園の園児達の踊りの披露が毎年あることは知っていた。

でもその時間に行くことはなかった。その後の花火は子供達を連れ毎年観に行っていた。私は花火大会が好きなのだ。

ある年の花火大会。夫と子供三人と私で観に行った。最後の花火が終わる頃、私と娘は人混みの中、夫と息子達とはぐれてしまった。探すのを諦め娘を乗せたベビーカーを押し帰ろうと車渋滞のように全く動かない帰途の列にいると、すぐ目の前の男性が信さんと気付いた。二歳くらいの男の子と手を繋いでいた。二人は耳の形が同じで顔も何となく似ていたので男の子は彼の子供だろう。私は彼が後ろを振り返って私に気付きませんようにと願っていた。そして願いは叶った。

でも本当は気付いて欲しかったのかもしれない。10年ぶりに見た彼はあの頃も充分大人だったためそれほど変化なく優しい顔をしていた。きっと私は中身の外見も変わってしまったと人からは見られるだろうと思った。

二度目は娘の保育園の親子バス遠足で岡崎のこども美術館へ行った日。帰りの時間になり駐車場に停めてあったバスの中で出発時間を待っていると、すぐ隣に小型バスが駐車した。白と青の小型バスの側面にグリーンで祐仙寺保育園の文字、真っ白な鳩がたくさん描かれたバスが止まった。

驚いてバスの中から運転手を見ると信さんだった。私が37歳と言うことは44歳の信さん。少し白髪がある以外はあの頃と、また変わりがないように見えた。変わらない人。彼と10人程の子供は、これから美術館に入っていく。そして私を乗せたバスは出発した。

高校で同じクラスの蜜とみどりさんには学年の同窓会で会った時少し話をした。蜜は世良くんとの結婚をルイから聞いたようで知っていた。みどりさんに告げると驚いていた。

それ以外はアメリカ旅行の人達との関わりは私の方ではない。私が偶然、信さんを見かけたように彼らも何処かで、私を見かけたかも知れない。もし、そうならば私は彼らの目に、どう映った、映るだろうか? 幸せそうに映るだろうか? そうであるようにしていたいと思った。

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