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3 心療内科と大学

電話を切った後、彼に煙たがられていることはわかった。でもどうして? 色々その理由を考えた。頭の中のシナプスがどんどん繋がっていく動きがわかるくらい。旅行で彼や一緒に参加した人達、父母、紫根伯父さん、友達の言葉、行動をできる限り思い出して結論を出そうとした。諦めの気持ちを抱きながら・・・

私は彼との生活が続くと思っていた。蜜が彼に何かを話したのだろうか? それともやはり紫根伯父さんと知り合いでを伯父さんを通して彼は初めから私のことを知っていた。そして紫根伯父さんは私に彼の嘘の情報を伝えたように彼にも何か良くない私の家庭の情報を伝えた可能性もある。それで機内で私に兄のことを訊いたのだろうか?

いや、そうではなくて、信さんはやはり、半年ほど前、家に怒鳴り込んできたヤクザなのか? だったら、私は、とんでもない人達と3週間もいたことになる。コウモリやホライモリの住む洞窟に中みたいに・・・そして今、彼との繋がりは途切れ復讐は中止されたのか? それともこれから始まるのか? 

どんなに考えても私一人では結論は出そうにない。信さん、本人しか知らないことなのだから。でも、もう掛けないでくれると言った彼に訊くことはできない。兄のことを誰にも言いたくない私は誰にも相談できない。信さんは私が話した兄の事をだれかに話したのだろうか? 私は、困った。深く分厚い壁の空井戸の底にいるように感じた。上を見上げると空がとても遠い。一緒に旅行をしたみんなとの、身分の隔たりのようなものを感じた。

玄関が開く音が聞こえた。ビックと身が震える。母だ。母が帰ってきた。私は母に考えていることを泣きながら思いっきり話した。信さんとの関係をどうにかして楽にしてくれると思った。でも違っていた。母は私の言うことを信じることも信さんやニック肉桂先生や友達に事実を確かめることもしてくれなかった。ただあの人達とはもう関係がないと繰り返して言うばかりだった。

私には彼女は人間以外の別の生き物にみえた。やはりどんなに自分が大変な思いをしていても、親に相談すべきではなかった。家族の重みに押しつぶされないためには、きっぱりと逃げ出すしかなかったのにそれもできなかった。

母がしたことは、こうだった。

大学病院に勤務している知り合いの医師に電話で連絡をとり見立ての良い精神科の病院を紹介して欲しいと頼んでいた。医師の彼女が紹介してくれた病院は精神科ではなく心療内科だった。

次の日の試験は行くことができなかった。もう何もかも私は忘れていた。その次の日も外に出ることが、どうしてもできなかった。私は何もできなかった。とにかく色んなことにがっかりしたかな。    

父が平日休みを取り母と私の三人で心療内科へ車で行った。父は病院に入らず何処かで時間を潰して1時間後、迎えに来ると言い母と私は病院の前で降ろされた。

細長い四階建てのビルの二階にある小さな個人病院。こぢんまりとした待合室のグレーのソファに母と並んで座った。

私達の他に五人待っていた。どんよりした人達が四隅に陣取っていた。名前が呼ばれ診察室に母と入った。医師の先生は中学の音楽室の壁に飾ってあったモーツァルトの肖像画によく似た大人しそうな多分50代の男の人だった。

母が私の状況を話した。大学1年生で夏休みに様子がおかしくなったと話した。私は隣で二人の会話を聞いていた。私は何も話さなかった。そして訊かれなかった。先生が私にテストをするといい硝子扉の向こうの隣の部屋へ連れて行った。母には待合室に戻るように言っていた。テストは二つ。一つ目は実のなる木を描くこと。私はA4の画用紙の中央に大きくモクモク雲のように葉の付いた木を

描き林檎をバランス良く三個描いた。次はロールシャッハテスト。それは、紙の上にインクを落し、それを二つ折りにして広げることにより作成された左右対称の図版を患者に見せて何を想像するかを述べてもらい、その言語表現を分析することによって患者の思考過程やその障害を推定するテスト。

意味のわからない絵だったけれど、なんとなく答えて終わった。母は受付で1週間後、病院に来るように言われ予約を入れ毎食後に服用する薬をもらい病院を出た。

父はもう駐車場で待っていた。途中、誰もいない広場に車を停めて、母が握り持参したおにぎりを食べた。私が大声を出したり突然笑ったり泣いたりするので、レストランに入れないから、外で食べると言った。私はそんな行動をとったことを、その時知った。その行動を全く覚えていない。心がもう失われて体だけが訳の分からない行動をしているみたいだ。体はあるのに中身は空っぽになってしまった気がした。

9月5日、大学の試験の最後の日、私は母と大学へ行った。試験を受けるためではなく今後どうするか担当の教授、学務係と相談するため。初めに担当の教授の部室に行き相談した。この部屋を訪れたのは二度目。夏休みが始まる少し前、担当教授が同じ友達と二人で懇談にこの部屋を訪ねていた。その時、教授は夏休みに研究室に遊びに来ないかと誘ってくれた。懇談室からの研究室で先輩学生数人が、白衣を着て何やら実験をしているのが見えた。楽しそうだなと興味を持ったことを思い出し

た。たった2ヶ月ほど前のことなのに遙か昔に思えた。あの時は彼らの研究を間近で見たいとさえ思ったのに今は早くここから去りたいと考えている。そして私は、

「勉強に自信がなく、動物実験もやりたくない」と伝えている。

教授は「動物実験は大げさな物ではないから大丈夫。薬学部をでればキチンと整頓のできるいい妻になれる」と言い出した。母も嬉しそうに頷いていた。いい妻になるために? こんな不可解な勉強をしなくてはいけないのなら、やりたくないと思った。

 次に学務係へ行った。学務係の男の人はまずこう言った。

「一斤染さんは入試も上位で合格しているし、前期の出席率も100%ですよ。どうして試験を受けられないかわからない」

私は私ではない違う人のことの話を聞いているように感じた。

私が「やめたい」と言うと、

「それは勿体ない。僕も中学生の娘がいるのだけれど薬学部に入れたいと思っている」と言った。そして留年して4月から1年生をやり直すよう勧められ母は嬉しそうに、「そうします。お願いします」と言った。

もう誰の話をしているのか、わからなくなっている。自分のことを自分でない人達が決めてドンドン進めていく。全て自信をなくした私は自分のことなのに意見を言うのが恐い。 それから私は家の中で大半を過した。何もすることがなく退屈。

そして予約した1週間後、今度は電車で心療内科へ母と行った。公務員の父は休みが平日ではないからだ。病院は津駅から歩いて行ける距離にあることに、その日に知った。前回と同じように少し待って診察室に私一人呼ばれ入った。医師は私に数問質問をした。私は大学やアメリカ旅行での楽しい話だけして終えた。次に母だけが診察室に呼ばれた。10分ほどして又私も診察室に入るようにクリーム色の制服を着た看護師に言われた。医師が「この子は気が弱すぎる」と言った。その後も何か私と母に話したが自分のことを言われていると理解できなくて何も頭に入ってこない。心療内科医に気が弱いと言われると益々そうなっていく気がした。また同じ薬をもらい診察料を払い病院を出た。

駅近くの手芸店の前を通ったとき、母が「編み物でもする?」と訊いた。私は高校生の時よくセーターを編んでいたから訊いたんだと思う。「いいよ」と言った。

店に入りレース編み用の細い白い糸を買った。昔見たインテリア雑誌でピンクの布のクロスの上に白いレース編みのテーブルクロスが掛けてある丸テーブルが素敵だったことを思い出したからだ。

そして電車の中で食べるために手芸店の直ぐ前の店でたこ焼きを買って電車乗り帰った。

 家での生活になった。目が覚めたときに起きて特段することもなくテレビを観たり編み物をしたりして過した。今の時刻が昼間なのか夕方なのかも、よくわからない。ただ毎日、兄と父が仕事から帰ってくると夜が始まると理解した。

 ほんの2週間前までは忙しく勉強したり友達と会ったり旅行したり充実した生活をしていたのに、今のままの生活でいいのだろうか? と考え始めていた。私は何がしたかったのだろう? 留年してまで行きたい大学ではない。浪人したと思って違う大学を受けることは可能だろうか? と考えた。そして母に「やっぱり今の大学は難しすぎるから辞めて、違う大学を受け直したい」と言った。

すると母は「病院の先生は4月から同じ勉強するのだから大丈夫と言っていた」と聞き入れて貰えない。本当にしたいことは何かこの時しっかり考えるべきだったのだろうと今は思う。でも私は諦めてしまった。

 その頃、後期の授業が始まっても私が大学に現れないので友達が心配して毎日、順番で電話を掛けてくれていた。それで大学に行って彼女たちに相談したいと思った。私は母に「大学に行きたい」と言うと、

母は「病院の先生が4月までは行かない方いいと言っていたよ」と言った。その頃、母は自分の考えではなく何でも病院の先生が言っていたからと私の行動を制限した。

 自分に自信がない私は、病院の先生がそう話すならそれが正しいことだと思うことにした。

9月の終わり頃、私には思い出したことがあった。それはアメリカ旅行中ニック先生に、ボールペンを借りて返すのを忘れていたこと。何の変哲もない普通のボールペン。父に返しに行きたいと頼んで彼の都合を電話で聞いてもらった。父の休みの日曜日に車でわすれな草薬局へ連れていってもらった。私が彼に会いペンを返すと彼は、「ありがとう。早く病気を治しなさい」と言った。

父か母が電話で私の病院通いを伝えたのだろう。彼はとても心配そうな優しい目をしていた。そして私は病気なんだと再確認した。

病院へは月二回いつも母と通った。同じように電車で行き、医師と数分、世間話のような話をし、帰りに少し買い物をした。そして決まって、たこ焼きを買い、電車の中で食べた。

外出は病院だけで家ばかりにいて引きこもり状態。勉強はする気にならなかった。会うのは時々尋ねてくる親戚の人達だけ。

そんなある日、父の姉、桜木伯母さんと桃木伯母さんが、一緒に一斤染家を訪ねてきた。

そして私が一人、居間で編み物をしているとこんなことを言った。

「信実ちゃんはいいねぇ。器用ですることがあって」と。

19歳の子が昼間に家で一人、編み物をしていることがいいことなのだろうか? 彼女らは本気でそう思っているのだろうか? と思った。やはり私がいる所はここではない。でも何処で何をしたらいいのか考えることがどうしてもできない。精神を病んでいると言われた私には正しい判断ができると思えない。

 時間は確実に過ぎ、次の年の3月になった。全く教科書を開いていなかったけれど、さすがに心配になり大学の勉強をしてみようと思い教科書で復習し始めた。得意な数学をやり始めたけれど、去年は確かに解けた問題ができない。他の教科の内容も忘れている。さらにカタカナで思い出せない文字がある。どうしても、そのカタカナの記号が頭に浮かばない。でも毎日、大学の教科書を開いて見ていた。

父と母が私抜きで相談して、大学に長時間かけて通学するより、近くで下宿する方がいいだろうと大学の近くのアパートを見つけてきた。そして冷蔵庫、電子レンジなど買って引っ越しの準備をして3月の中頃、引っ越した。

私を除いて私のことがドンドン決められ母は大学教授やアパートの大家さんに挨拶に行き、とても張り切って楽しそうだ。

私は家から出られることは嬉しいと思えたけれど、大学の勉強はもうわからず不安でしかなかった。一人暮らしをして大学に通うことは私の望んでいたことなのに、その時は自分にできるとはとても思えなかった。それに私立の薬大はとてつもなく高額。私にそのお金を使う価値はない。もう勉強はすっかり忘れているのだ。

 4月になった。入学式には参加しないで次の日のオリエンテーションから出席した。留年したのは私だけでなく、他にクラスでは八人いたことを知った。中には見たことのある子もいたけれど話したことのない子らだった。一人はカンニングをして留年したと噂で聞いた。狭いキャンパスを一人で歩いていると去年同じクラスの男の子が近づいてきて、

「一斤染さん? 大丈夫? 顔色悪いよ。なんか倒れそう」とホットココアを近くにあった自販機で買って渡してくれた。一目見て私の様子が変だと気付くのに、母や父はどうして、私はもうダメだと気付かないのだろうと悲しく思った。

そして5日後、大学を辞めようと思い電車に乗った。平日の昼間の電車はとても空いている。電車の窓側を背にして通路側に足を向けて座るロングシートに座った。目をつぶって次に開けたら、私は消えていないかなぁと考えて寝ようとした。

聖書の創世記に出てくるエノクと列王記のエリヤは死ぬことなしで天国にいけたと羨ましく読んだことを思い出した。でも現実にそんなことは起こらない。目を開けると私はまだガランとした電車の中にいた。正面の長いすには誰もいなかった。

私の街の駅で降りて家に向った。自宅は徒歩10分ほど。でもその日は心もとない足取りで少し歩いて座って、また歩いて、しゃがみ込んでを繰り返し1時間かけて家に着いた。

私は母には大学を辞めたいことを話さず、父が帰ってくるのを待った。そして父に話し辞めることになった。

 これから何をするのか全く決めないで取り合えず辞めた。それは私らしくない。私は何をするにも計画を立てる癖があった。試験勉強も旅行も部屋の模様替えも、次の日に着る服でさえも前もって決めていた。それは非常事態に対応する能力がないからで予期しないことが起こると不安で狼狽えてしまうことが分かっているからだ。それなのに今回はその準備ができなかった。これからの生活が不安で嫌で嫌でたまらなかった。この現実は自分にそぐわない。

それから数日間、高熱がでて意識は不確かになった。

 その後、私の生活でもう一つ変化があった。それは、もう心療内科に通わなくなったこと。医師の指示通りにしたのに私がうまく大学生活に適応できなくて辞めたことにより心療内科の医師の見立てが悪かったと母が判断したのだった。これで、もう私には、少しでも事情を話せる外部の人との繋がりは、なくなった。

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