7 7月24日(金) 6日目
今日は、大学のカフェテリアで朝食を食べた後Wanda先生の授業を受ける。私は余り食に興味がないのかもしれない。
みんながカラフルな食物を嬉しそうに沢山とっているのを見ていると私は食欲不振になる。山積みされてある食物はカラフル過ぎる。食品添加物だらけにみえる。もともと食欲旺盛ではなく特に夏は食が細くなる。そのせいで秋から冬にかけて夏の食欲不振の反動で食べ過ぎてしまい夏と冬では最近は毎年体重が8kgも違っていた。今夏も段々痩せて行くのがわかる。ジーンズが緩くなっている。ベルトを持ってきて良かったと思った。
食事をすませmary morse hall内のロビーのソファに座っていると若々しい淡いピンクポロシャツを着た信さんがきた。
「信実ちゃん、これ美味しいよ」
と櫛切りのグレープフルーツをくれた。食べてみた。初めて食べるフルーツのようだった。美味しくて目を丸くしていると信さんが、「美味しいね」と言った。
日本で食べるグレープフルーツも同じカリフォルニア産のはずなのに、新鮮なのか味がまるで違う。日本で売られているグレープフルーツは船で運ばれてくる間に眠りについて自分がグレープフルーツだったことを忘れてしまったようだ。
あの頃のグレープフルーツは今よりも酸っぱくて半分に切って砂糖を掛けて専用スプーンで食べていた。これは、そのままで食べる以外考えつかない美味しさ。
そして信さんはタイミングがいい。一緒にいて気持ちのよい人だなぁと感じた。
Wanda先生の授業では相変わらず辞書を持っていない私は信さんと一緒に使わせてもらい肩身が狭い思いをしている。
英語を勉強するのに辞書をもってきていないなんて、なんて生意気なのだろうと思われている気がした。そして信さんが、とても近くて昨日の青と白のシャツを着ていた信さんを思い出してドキドキする。今日のピンクのポロシャツもよく似合っている。
授業後、カフェテリアでランチを食べ午後はカリフォルニア大学バークレー校へ行く予定。
ニック先生の車に乗ると参加しない人もいることを知った。信さん、藍さん、涼さんの姿がなかった。
暫くしてバークレー大学に着いた。
カリフォルニアの心地よい風にあたりながら歩いていると掌くんが近づいてきて、突然、
「信さんはアメリカで運転ができるように申請にいっているよ」と話す。そうなのだと思った。藍さんも、涼さんも一緒かなと思った。まだ運転免許をもっていない私は自分がすごく子供に感じた。
掌くんは、この頃から私にイタズラをするようになる。笑ってしまうような、とても可愛いいイタズラ。若しくはその行為は、彼にとってはイタズラと呼べる行為ではなく普通のことなのかもしれない。近づいてきて彼は自分の指を立て私の肩において、
「ねぇ」と言う。私が振り向く、そして掌くんの指が私の頬にあたるという感じだ。私は何回も同じイタズラに引っかかってしまう。そのたびに掌くんは大笑いしていた。小学生のような子だ。掌くんが、希望の大学に入れますようにと、カリフォルニア大学のキャンパスで彼の抜き打ち写真を撮った。いい顔をしている。
カリフォルニア大学バークレー校はとても広い。建物と建物の間にちゃんと空間がある。私の通っているM大学は6棟あるが狭い敷地にギュッと詰まっていて空間がなく全部の建物は一つの塊のよう。息が詰まる。私が行きたかったのは広くて静かなこんな所だったのにと思いながら歩いていた。
帰りの車内では、掌くんが一人で一番後ろの席に座り日本から持ってきたのだろうか大きな赤色のラジカセで英語のカセットを聴いている。受験勉強だそうだ。私は、「どうして受験生なのにアメリカにきたの?」と訊いた。掌くんは「英文科を受けるし、ニック先生が3週間、旅行したくらいで落ちるんだったらどんなに勉強したところで落ちると言っ
たから」と答えた。そんなものかなと思った。そして受かるといいなと思った。掌くんの赤いラジカセはカセット入れが二つ付い
ていて持ち運びに重くて大変そうだから、
「このウォークマン貸してあげる」とサンフランシスコで買ったウォークマンを渡した。
大学のドームに着いた。涼さんが迎えてくれた。気分がすぐれずドームで休んでいたそうだ。でもだいぶ良くなったと言った。
夕食後、みんなの多くは信さんの部屋に、また集まっていた。
私は、今日少し仲良くなった向かいの掌くんの部屋のドアを二回ノックして開けた。
同じ部屋の造りのはずなのに私の部屋とはまるで違って見えた。
どうしてだろう? 大きなスーツケースが開いたまま置いてあったのと掌くんが部屋の真ん中で世界史の問題集を見ながら仰向けで膝を立て腹筋をしている。それに、彼の顔全面に白いものがベッタリ塗られていたせいだ。
「何してるの?」と驚いて思わず訊いた。
「部活の友達と毎日筋力トレーニングするって約束してるんだ」と言った。「顔は?」
「クレアラシルを塗ってる」と答えた。
クレアラシルと言うのは当時のニキビの塗り薬。私は、それほどニキビに悩むことはなかったが使ったことはある。それにしても処方を彼は間違えていると思った。きっと一回にチューブ1本全部使い切ったに違いない。一体、何本持ってきたのだろう? と考え始めたが・・・それは置いといて
「部活は何?」と訊いた。
「バスケット」同じ時期に同じ中学にいたと言うことは同じ体育館で練習していたのかと卓球部だった私は思った。比較的、大きな中学なのでお互い全く覚えていないけれど・・・「ふうん。じゃ受験生くんに世界史の問題だしてあげようか?」と言い彼の持っていた世界史の問題集を奪った。
私の得意だった中国の春秋時代から戦国時代の問題を出した。掌くんは殆どの答えを正解した。お利口さんだ。
誰かがドアノックして入ってきた。信さんだ。大きな入れ物の牛乳の差し入れだった。4Lあるという。掌くんは、「背が高くなりたいから、牛乳を飲むんだ」と言ってコップに注いでゴクゴク飲み始めた。信さんが、
「信実ちゃんも飲む?」と訊いた。
「はい。ありがとう」と自分の部屋にコップを取りに行った。とても美味しい牛乳だった。それから信さんは、みんなが集まっている自分の部屋に戻ったようだった。
私は、また問題をだした。私も半年前は世界史を先輩に借りたノートで勉強していたことを思い出していた。もう遙か大昔で現実にあったこととは思えないほどだ。
その後、英語の勉強を二人でした。私が日本語で話し掌くんが英語で話すルールを私が勝手に決めて会話した。掌くんが好きなアニメ北斗の拳の科白(お前はもう死んでいる」を英語で「you are already dead」と変顔しながら言うので可笑しくて大笑いした。
そして第一希望の大学を訊いた。愛知のクリスチャン大学の英文科と答えた。お寺の息子さんなのにキリスト教? そして、その大学は私が通っているM大学と、とても近い。掌くんと日本でも会えたら楽しいだろうなと思った。もうすぐ一時間も経つので長居しては受験生の邪魔になると思い自分の部屋に戻った。自分の部屋にいるとアメリカにいることを忘れてしまいそうなので、散歩しようと思った。少し歩いてロビーにきた。
誰もいないソファに座った。座る面が長くて脚が伸び自然に脚が長くなる設計のように感じた。間もなく、ニック先生がきて私の向かいに座った。彼との会話はテニスで例えるなら、彼がこちらのコートのど真ん中にボールを送り込み、返すとまた良いところに打ち返してくる。そしてそのボールは打ち返さなくてはならないルール。私は打ち返す。ラリーが何時間も滞りなく続く感じて心地よいと思っていた。しかし今夜、彼は突然こう訊いた。「信さんは好きか?」「はい」と答えた。次に、「龍馬さんは好きか?」と訊いた。「はい」と答えた。
会ってから1週間も経たない人を好きかと訊かれても困るし、一緒に旅行をしているのだから嫌いとは言えない。もちろん二人とも親切で好きだ。ニック先生の質問の意味が解らなかった。次は(掌くんは好きか?)と尋ねるかと思った。訊いてくれたら(一番好きです)と答えようとしていたのに訊かれなかった。「信くんは本当の弟のように何でも僕に相談してくれる」と彼は言った。そんな彼はとても嬉しそうだった。
次に彼は、「信実ちゃんは、性体験があるか?」と訊いた。「ありません」と即答した。おかしなことに巻き込まれていく。私の好きは確かにlike なのだけれど、ニック先生の好きはloveなのだろうか? 彼ら二人を好きと発した言葉を取り返したい気持ちになった。多分、私が困った顔をしていたのだろう。その後は、話題を変えて明日行くレイク、タホ、リノについての楽しい話をしてくれた。暫く話をして明日は朝早いから、もう休もうと言いお互い部屋に戻った。
ニック先生はアメリカ暮らしが長いから、さっきの質問は彼にとっては常識の範疇で深い意味などないと思うことにしようとした。
でも自分の部屋に戻り寝ようと試みても寝付けない。私は何処に連れて行かれるのだろうと恐怖を感じた。そしてその恐怖を一瞬で隅にやり、アメリカにいることが嬉しくてたまらない自分もいた。その頃、私の心は、まっふたつに分裂していた。




