97,妹のビジネスプラン。
軽やかにステージから降りてきて、セーラがおれの前に立つ。
いや、いまは人間版のササラか。
妹が成長すると、こんなふうなのか。
美人に育ったものだなぁ。
「で、兄貴。こんなところで何をしているの?」
勇者少女とミシェルが、それぞれ異なる表情を浮かべたまま、後退していく。それを横目で確認しながら、おれは妹に向かって言った。
「それはこっちのセリフだ。間違いなく」
「ふーん」
ここにきて、おかしなことが心配になってきた。誘拐し、拷問(する予定はなかった)、ギルマスの身が。
「あのさ、ギルマスに何をした?」
「なにも?」
この場にいる賓客たちと握手していたギルマスの頸筋に、うっすらと縦の線があることに気付いた。
まるで切開したあとのような。
「まて。お前、洗脳系のスキルはなかったよな?」
「魔人の歴史は長いのよ。いろいろな手はあるわ」
そういえば魔蟲という、なかなかどうしてグロい生物型のアイテムがあったような。
脊髄に寄生させることで、思考を操るという。
「ギルマスを乗っ取って、お前は何がしたいんだ、セーラ?」
セーラは艶然と微笑んで──妹なんだけども、この成人版の姿になれてないもので。
「兄貴。考えてもみてよ。向こうから来るまで、あたしたちは『別の宇宙』なんて知らなかった。だけど、いまは違うわけ。これが何を意味していると思う?」
「はた迷惑な話だ」
「違うわよ。これはチャンスよ。あたしたちのお客を増やすための」
「客?」
妹の言うことが分からん。
と、思ったことは、まぁ今にはじまったことでもないが。
「客って、なんだ?」
「冒険者たち」
客。確かに、ダンジョン運営を生業とする魔人からすると、冒険者とは客かもしれない。
サリア様が冒険者とのバランスを尊んだのも、冒険者なくしては魔人は成り立たないからだ。
「で? 続きを聞こうか」
「いま、この世界の冒険者は衰退している。見てよ。ギルマスさえも、あの体たらく。〈帝〉とかだって、話にならないわ。あたしの敵じゃない」
「まぁ、お前はチートだから。自分の基準で考えてもらっても困る」
「いいえ、そうじゃないわ。あたしにそれを確信させたのは、兄貴よ」
「おれ?」
セーラに何か影響を与えていたらしい。
お兄ちゃんとして嬉しい。などとのんきなことを考えている場合ではない。
「兄貴の《時間跳躍ディレイ》」
「あれがどうした?」
「十分なチートでしょう?」
「まぁな」
「じゃ、どうして《時間跳躍ディレイ》が目覚めたのかしら? まず冒険者たちにパリィスキルの時代がきた。それで兄貴の単調な攻撃は、パリィの格好の餌食になった。それで兄貴は、ディレイに辿り着き、さらに進化して《時間跳躍ディレイ》となったわけ」
「魔人と冒険者たちで進化しあっている。お互いに。いいことだ」
「そうかしらね。この世界の冒険者たちは、兄貴の《時間跳躍ディレイ》にはついてこられない。兄貴の進化には。それに、もとからあたしには」
「ふーむ」
「そこで考えたわけ。『別の宇宙』に魔人がいるのならば、冒険者たちだっているでしょ。だから、あたしたちがそっちの宇宙に侵略する側となれば、そっちの世界の冒険者たちも立ち上がることになる」
「つまり、『別の宇宙』の魔人を滅ぼし、そこが相手していた冒険者たちを、おれたちが引き受けると? 商売敵を潰して、お客をぶんどろうと?」
「そうそう」
なんて暴力的に発想だろうか。
妹らしい。
いや、魔人らしい。
悪くないかも。
「しかし、敵の親玉はただものではないぞ」
「アリサとかいう、サリアの残りかすのこと?」
「……そういう言い方だと、なんともアレだが。あと『様』をつけろ。サリア様と」




