96,目があってしまった。
しかし相手は、ギルドの長。
常に身を警戒し、どこにいるかつかむのは難しいのではないか。
と思ったら、そんなことはないらしい。
「これがギルマスのスケジュールだ」
とミシェルから渡された紙には、どこそこの王侯貴族のパーティに出席、などが書かれている。
「へぇ。ギルマスともなると、貴族などとの関係を維持するため、こういうものに出る必要があるのだな」
まぁ人脈作りは大事だろうし。
単に好きなだけかもしれないが。
ミシェルが、おれの反応に妙な反感を抱いたらしい。
「しかし冒険者たちを束ねる者だ。実力は相当なものときく」
「別に舐めてかかるつもはないが。で、ギルマスの人相風体は?」
「安心しろ。私も同行し、指さしてやる。ただ先に言っておくと、40代の男で、これという特徴はない。武器は大剣だが、パーティ会場にまでは装備していないだろう」
異空間収納系のスキルがあるそうで、別に装備していないから、無防備というわけではないらしいが。
「じゃ、いってみよう」
あくびしている勇者少女を連れて、ミシェルとともに、目標の都市へ空間転移。
転移したところ、ミシェルが転げまわり、げぇげぇと吐き出した。空間転移酔いらしい。あれ。ミシェルははじめての空間転移だったか?
「酷い体験だった」
「人間はあわないのかもしれない。勇者少女は平気だが──」
「わたし、サリアの転生者だし」
パーティ会場は、もとは神殿を使ったものだった。
神殿まわりに騎士団員の警備がついていた。おれを恨んでいる系統の騎士団ではないらしい。手早く殴り倒して無力化。音もなく、周囲には気づかれずに。
会場内に裏手から侵入。こういうときは溶け込むのが大事と、見かけたスタッフには気を失ってもらって、衣装を調達。
おれとミシェルのスタッフ衣装はゲットできたが、子供体型の勇者少女にあいそうなものはない。
「わたし、高貴さもあるからさ。迷子になったパーティ客の貴族の娘、ということで通すわ」
「お前、平民の服着ているの、理解してる?」
勇者少女がむっとして姿を消す。
ミシェルと打ち合わせてしていると、戻ってきた。貴族令嬢のドレス姿で。
「……どこで調達した?」
「生意気そうな貴族の娘から、丁寧に頼んで貸してもらったのよ」
「いや、マジでお前」
「気絶させただけよ。あのね。わたしは勇者。おたくの妹のような鬼畜ではないので、無用な血は流さないわよ」
「だよな」
セーラを連れてきてなくて良かった。
スタッフになりすまし、会場内に入る。
ミシェルがギルマスを指し示す。が、そのギルマスはいま、衆人の目を引きながら、ステージ上にいた。
なんというか、眼がうつろなような。
「皆さん。この場を借りて、発表させてください。わがギルドの、新たな副ギルドマスターを。実力と知性を兼ね備え、さらに美しい。わたしが信頼のできる、新たな右腕を」
副ギルマス。つまり、冒険者ギルドの二番手か。この場にいるとは思わなかった。実力的にはどんなもんだろう。ギルマスの誘拐の障害になるか否か。
で、ステージには妹が登壇。
ふむ。まぁ、人間に成りすましている大人の姿で。
ギルマスが紹介した。
「ご紹介しましょう、ササラです!」
盛大な拍手が場に満ちる。
ミシェルが、おれの耳もとで言った。
「貴様の妹、何がしたいのだ?」
「おれが聞きたい」
いや、本当か?
セーラの企みを聞きたいのか?
うーん、聞きたくないなぁ。
勇者少女が実に現実主義的なことを言った。
「つまり、ギルマスを誘拐するの、しないの? あなたの妹は障害になるの? ならないの? というか、敵なの味方なの?」
「敵か味方か? おれの可愛い妹だぞ……とりあえず撤退しよう。あ、」
「なに?」
「ステージの妹と、いま目があってしまった」
これで撤退したら、あとで何を言われることか。




