92,成りすます。
手近なところで、〈アグー城〉というダンジョンがある。
まあダンジョンといっても城だが。
しかも、もとは人間の城。いまは滅んだとある小国の城を奪い取り、ダンジョン改装したのだとか。
〈アグー城〉のボスは、幹部が一人【豪腕卿】。
おれと似たような能力値で、何かと競争心むきだしだったのを、妙に覚えている。
勇者少女とともに〈アグー城〉に入り、ボス部屋を目指す。
魔物たちも、さすがに仲間であるおれと、その同行者には手を出さない。ちゃんと魔人アピールしておかないとならないが。
ボス部屋に入り、声をかけた。
「【豪腕卿】。ソルトだが。ちょっと、聞きたいことがあって来たんだ。ここのところ、あんたを撃破し、〈魂の欠片〉を回収した冒険者はいたか、という話なんだが」
ボス部屋の中央には、全身に闇黒の炎をまとった巨人が、その大きさにみあった玉座に腰かけていた。
あの黒炎は、火炎属性と闇属性を融合しているのか。いや、そんなことよりも、
勇者少女が腕組みして、小首をかしげる。
「うん? まえにわたしが撃破したのって、あんな形だったかしら? まぁ、なにも考えずに《不の刃》で八つ裂きにしたんだけど。速攻で」
速攻。こいつの速攻は、切れ味抜群すぎる。
別に『速攻すると攻撃力爆上げ』とかいうバフがあるわけでもないのに。
「あのさ、勇者少女……前口上は聞いてやったんだよな?」
「どうして? そんなのを聞く義理でもある?」
「……いや、ないけど」
いや、そんなことよりも、だ。
「誰だ、お前?」
と、おれは玉座に腰かけている巨人に問いかける。
勇者少女がホッとした様子で言った。
「あ。やっぱり、別個体? 良かった。それくらい、ちゃんと記憶していたわけよ」
いや、お前、『【豪腕卿】ではない』とまでは、断言できなかっただろう。
「【豪腕卿】はどこだ? そこの、燃えている巨人」
黒炎をまとった巨人が、血の底から響くように言う。まぁこの巨体で、小声とかでも困るしな。
「わが名は、【豪腕卿】」
まったくもって、お前は違うだろ。
と、いちいち反論する気もおきない。
「……【豪腕卿】の本名、知っているか? それ、通り名だぞ。成りすますなら、せめてそれくらいは知っておけよ」
「死ぬがいい」
偽【豪腕卿】が、塔のような剣を振り上げ、音速を突破して振り下ろしてきた。
勇者少女が顔をしかめる。
「え、なに? 戦闘入るわけ?」
なんとなくだが、いま何が起きているのか分かってきたな。
まずは、この偽【豪腕卿】を仕留めるか。
おれは、振り下ろされた巨大なる剣にパリィをかます。
これまで何度となく、冒険者にかまされてきたパリィ。
これほどの巨人相手にも、パリィは万能なり。
それに、いくら超音速でも、タイミングは取りやすいというものだ。
「ディレイをしないことには、な」
体勢を崩した偽【豪腕卿】の頭上に、高く跳躍した勇者少女の影。
身軽に身体を回転させる。
不可視にして、『切断』制約のある刃、《不の刃》が、偽【豪腕卿】の首を切り落とした。
「このコンビ、なかなかいいんじゃないか」




