87,モブ敵の特権だ。
さて。ひとまずやることがなくなったので、〈トール塚〉に戻るか。
こちら、『特異点魔物』ということで、人気ぶりは健在らしい。
狂戦士バンザイの配置場所に戻り、次の冒険者パーティがくるまで、勇者少女に嘆く。
「こうして待っているのも、楽じゃないんだよな。『ボスより強いモブ敵』作戦が、こんなことになると思っていたか?」
「まさか。あなたが『特異点魔物』にされるとは思ってもみなかったわよ。これ、何ものかの陰謀っぽい」
「陰謀ねぇ」
勇者少女は気に食わないという様子で言った。
「『ボスより強いモブ敵』プランは長期ものだったけど、どうやら計画を変更する必要が出てきたみたい。これまでの点と点をつなぐと、敵の正体が見えてくるわ」
「そうなのか? つまり、アリサが言っていた、『世界を滅ぼす者』って、やつか。誇大妄想もいいところだ」
「だけど、ゲートを開いたのがソイツなら、意外と現実味があるのかもしれないわよ。ゲートを破壊できない限り、〈風の帝〉さえ勝てなかったのだし。まぁ、わたしは別だけども」
「ふーむ」
なるほど。たしかに『別の宇宙の魔物』をひき連れてきたら、てこずりそうだな。アリサが忠告したかったのも、このことなのか?
明朗に、120字くらいで説明してほしいものだ。
「ねぇ、ところで疑問に思っていたんだけど」と勇者少女。
「なんだ?」
「どうして自分から向かわないの?」
「どこに?」
「冒険者たちのところへ。ここで待ってばかりじゃ、退屈でしょう? それに少しEASYすぎるのではない? 冒険者たちからしたら、あなたがここで待機しているものだから、直前で回復したり、バフをかけたり、いろいろと調整できてしまうのよ」
「……………」
ははぁ。言われてみると、ボスのようにボス部屋にいつづける必要はないわけだ。
徘徊モブ敵をやっていたころもあるのに、なぜ、ここで待機していなきゃならないと思い込んでいたのだろう。
「じゃ、今日のノルマ分を狩ってこよう。そうしたら、ミシェルと合流して、会議だ」
あとセーラと話さなきゃな。あいつが冒険者をしていたら、ろくなことにならない。
これは決めつけが過ぎるか? いや、お兄ちゃんの直感だな。
ところで。
こちらから攻撃に出る、というのが、冒険者パーティには想定外だったらしい。
確かにモブ敵の場合、ダンジョン内を徘徊するタイプ以外は、自分の縄張り──やたらと狭いものだ──にいるだけのがほとんど。
この狂戦士バンザイを、それと勘違いしてしまったのは分かる。
が、こっちはそんな制約に縛られていないのだし、『特異点魔物』だと思っているのなら、それくらい考慮してもらわなきゃならんね。
〈魔滅の大槌〉と〈双蛾の斧〉を引きずるようにして駆けながら、はじめのパーティと遭遇。
ジョブ構成は、アタッカーもタンクもいける重装戦士二人、回復役の魔法使いと、アタッカーとサポートもいける精霊使い。
とてもよい構成だと思うね。長い戦いも可能だし、火力も充分。
ただ、こんなところで輪になって相談していた。
この先に『特異点魔物がいるわけだが』的な相談を。
で、実際にその『特異点魔物』が駆けてきたわけだが。
なぜか連中、きょとんとした顔をしている。
おい、なんて危機管理能力の低い奴らだ。
やっと重装戦士の一人が気づいた。
「お、おい! あれは、『特異点魔物』だぞ!」
「バカな、この先にいるはずだろ!」
「とにかく防御しろ!」
《挑発》で防御に入った重装戦士に、〈魔滅の大槌〉を振り下ろした。パリィの気配はなかったので、ディレイもなし。
おれの一撃を、レベル400程度で防御しきれると思うな。
「ぐぁぁぁ!!」
というわけで、そいつの右肩を潰してから、回し蹴りで吹き飛ばす。殺しはせんよ。冒険者の戦力を、これ以上、減らすわけにはいかない。
とにかく、この失敗をよい経験としてもらいたいね。
「いいか。冒険者たるもの、どんなときも緊張感を解いちゃならない」
まるで初心者に訓戒を垂れていたころのようだな。




