86,『イラっとしていない』説。
ミシェルの説明では、ササラというのはセーラのことらしい。
おれを真似て、人間の冒険者をやっていたのだとか。
おれが言うのもなんだが、なんという自由人だ、わが妹よ。
「え、まてよ。ここにいるのか。大人版の妹と会う心の準備をしておこう」
「その妹が早々に逃げた、という話をしている」
妹が逃げる? セーラが逃走することはないので、単純に『ミシェルを置き去りにして、慌てふためくさまを眺めてやろう』というサド思考によるものだろうが。
そのことを指摘してやろうかと思ったが、どうも気になることがある。ミシェルが駆けてきた方角から、なにやら妙に地響き的なものが聞こえてくる。
「……なんか、たくさん引き連れてきたのか?」
「ゲートから大量の『別の宇宙の蟲』たちが」
「うーむ」
〈魔滅の大槌〉と〈双蛾の斧〉を両手持ちして、闇から飛び出してきた巨大蟲たちに叩き込む。こいつら、まったく冒険者と違って繊細さに欠けるので、ディレイを入れるまでもなかった。
とたん巨大蟲が粉々に砕け散る。
「防御が甘いな」
というか、こいつら、実際の力は中ボス格。それも中盤ダンジョンの。
〈魔滅の大槌〉と〈双蛾の斧〉を両手持ちの旋風アタックで、ミシェルを追いかけてきた群れを殲滅しておく。
ミシェルが嬉しそうというより、不満そうに言う。
「なぜだ? 『特異点魔物』を破壊できるはずがないのに」
「つまり、すでにゲートは破壊された、ということだろうな」
〈風の帝〉が巨大な風刃で、巨大蟲を真っ二つにするのを横目で見やる。
先ほどまでは、まったくダメージを与えられなかったというのに。
やはり、セーラが一度消えたのは、ミシェルを囮にしている間に、肝心のゲートを破壊するためだったか。
しかし、何か引っかかることがある。
セーラのパッシブスキル〈天上天下、唯我独尊〉のことを思い出した。『セーラがイラっとした相手は、10秒以内に消滅する。防ぐことはできない』という。
機能しなかったのは、やはり『別の宇宙の魔物』には、このチートというか、ずるすぎなスキルも通用しなかったのか。
いや、実はセーラのパッシブスキル〈天上天下、唯我独尊〉には、致命的な弱点がある。
つまるところ、セーラが『イラッ』としないと使えないという。なんとも、アホらしい欠点が。
ということは、可能性としては、発動していたが使えなかった。
または、セーラはイラっとしていなかった。
勇者少女が、こちらはこちらで不満そうにやって来る。こちらは、イラっとしているな。
「せっかく歯ごたえのある敵との戦いだったのに」
「ダメージを与えられなかっただろ」
「『別の宇宙の魔物』だからでしょ? だけどこちらはサリアの転生体よ。もう少しで、その異なる宇宙と接続し、『別の宇宙の魔物だからダメージを与えられない』という条件を書き換えるところだったのよ」
こいつのチートさに比べれば、おれの『時間跳躍ディレイ』なんて可愛いものだよな。
甲夜がやってくる。
「はじめて会う顔だな。おれは甲夜だ。協力に感謝する」
「おれは、通りすがりの冒険者だ」
そういや、もう一体の『特異点魔物』にされていたんだったな、おれは。
正直、あの気持ち悪い巨大蟲と同じにされるのは、心外なんだが。
甲夜はうなずいた。
「名乗らなくても構わない。とにかく『特異点魔物』が複数体あらわれたが──」
おれが始末した巨大蟲たちの残骸へと視線を投げる。
それから、おれの装備〈魔滅の大槌〉と〈双蛾の斧〉をちらりと見てから。
「このことを、俺は冒険者ギルド本部に報告せねばならない。しかしこの共闘の件は、黙っておくぞ、【破壊卿】」
「あ、やはり正体はバレていたか。了解だ、〈風の帝〉」
〈風の帝〉とグラディエーターに、同じパーティのミシェルもついていく。
ただ去り間際に。
「のちほど、会議を開く。君の妹のことでも、ひとこと言いたいものだ」
「妹の苦情を? なんで?」
「兄だろう?」
「なるほど」




