83,逃げるときは、逃げる。
『特異点魔物』を撃破するためには、守護状態を解除しなければならない。
この守護状態の間は、敵は無敵に等しい。
その理由は、この『特異点魔物』が『異なる宇宙』より来たため、この世界の理の攻撃が通用しない。
この状況打破のためには、『特異点魔物』が通ってきただろうゲートを見つけ出し、これを破壊する。
そうすることで、『特異点魔物』の守護状態が解かれた、いわば靭性撃破状態となる。
あとは猛攻あるのみ。
という説明を、アガと甲夜にどうしたものか。
と、ミシェルは数秒だけ頭を悩ました。
どう考えても、『なぜそんなに詳しいんだ?』という質問が来るのは確か。
その質問に、『このササラの正体が、〈ガリア城塞〉のボスであり、【破壊卿】の妹であるセーラだから。そのセーラが情報源』という正直な答え以外に、適当な誤魔化しが思いつかない。
「……二人に説明するのは諦めよう。時間がもったいない。ササラ。ゲートの在処は分かるのか?」
「あたしがさっきから、この似非ドラゴンに乗っているだけだとでも? 探知領域を、このダンジョン全域に広げているところよ。あら、しかし変ね。ボス部屋に、誰かいる」
〈蟻塚〉のボスだった【無庫卿】は、ソルトが〈滅却絡繰り〉で完全に消滅させたのだった。
そのことは、ミシェルとササラの共有知識なので、『変ね』で通じる。
確かに変だが、いまはそれどころでもない。
アガの防御が限界に達しそうだし、ここで死なれても寝覚めが悪い。
「【無庫卿】の後釜ではないのか? とにかく、いまはそれどころでは、」
「ない、と言いたいのでしょう? 後釜? そんな情報は入ってきてないけれど」
「幹部ではないのだから、すべての情報は入ってこないのでは?」
「腹立つことを思い出させるわね、おバカさん♪ 殺しちゃうわよ、おバカさん♪」
後ろから放たれた殺気を受けただけで、ミシェルは頭がくらくらした。
これはデバフ攻撃──いや、やはりただの『殺気』か。
このときササラがミシェルを実際には殺さなかったのは、ただの気まぐれだろう。
または、このマナのドラゴンの乗り心地が悪くなかったから、かもしれない。
「ボス部屋にいるのが誰かは、すぐに答えが分かるわ。ゲートがあるのも、そのボス部屋だもの」
「つまり、ここのボスが守っている?」
「自分のダンジョンで『特異点魔物』が暴れているのに放置しているのは、自分も一枚かんでいるからかもしれないわね」
というわけで、ササラは戦線離脱し、ドラゴンの鼻先を最深部へと向けた。
道中のモブ敵を撃破しつつ、ボス部屋に突入する。
「ボスは?」
ドラゴンの火炎属性攻撃で最強は《竜の息吹》だろう。
この《竜の息吹》は放つまでにチャージ時間を要する。ゆえにミシェルは、マナエネルギーのドラゴンに準備させていた。
だが答えはササラの舌打ちだった。
「一足遅かったわね。逃げたあとだわ──あたしのステルス探知に気付いていたとは。癪な奴」
「ゲートが破壊できれば、上層で戦っている〈風の帝〉とアガが、『特異点魔物』を撃破できる。それで充分だ」
殺風景なボス部屋の中央には、まさしくゲートが佇立していた。
せっかくなので、《竜の息吹》をゲートに向かって放たせる。
しかしゲートは、焦げることもない。ドラゴンに攻撃させるが、びくともしないのは、『特異点魔物』と同じだ。
そもそも、このゲート自体が、別の宇宙の理のもとに存在していたならば、破壊はできないのでは?
ミシェルはぞっとしない予想をたてながら、ドラゴンから飛び降りた。
ササラも続く。
ゲートを近くから観察するが、見たところどこにでもある『ゲート』。
ただしどこに繋がっているのか。ミルクのような空間が、ゲートの先には続いている。
ササラが小首をかしげ、何かに耳をすましている様子。
それから愉快そうに言った。
「こら人間。ゲートというのは、どういうものを言うか分かる?」
ミシェルは苛々した。
「なぞなぞか? そんなものに答えている暇はない。このゲートを破壊するための方策を、考えて欲しいものだ」
「ゲートというのは、通るためにあるのよ。結局のところは」
ミシェルはササラを睨んでから、ハッとした。
足音が聞こえてくる。それも複数の。ゲートの向こう側からだ。
「何かが来る?」
そのとき視線を転じて、唖然とした。先ほどまでいたササラが消えている。
どうやら、さっさと逃げたらしい。




