79,〈蟻塚〉。
〈ガリア城塞〉のボスにして、【破壊卿】の妹のセーラ。
いまは姿を偽装して、ササラという名で、冒険者をやっている。
冒険者レベルは421。
しかしこれでも、実際のセーラの力からすれば、三割程度しか出してはいないのだろう。
ミシェルは眩暈がしてきた。
誰もかれもが、勝手気まますぎる。
ササラが強調するようにして言う。
「今回、興味本位で呼び出しに答えたけれども、『特異点魔物』というのは興味があるわね。あたしも初耳だし。だからあなた、ミシェルとか言ったわね。間違っても、あたしのことは密告しないこと。殺すわよ」
「……了解した。ところで、もう一体の『特異点魔物』のことだが」
「あぁ、〈トール塚〉に出ている、えーと、」
「狂戦士バンザイ」
「そうそう。そのふざけた名前の。それが、どうかしたの?」
「別に。ところで最近、【破壊卿】──ソルトがどこにいるかご存じか?」
「……兄貴なら、〈ガリア城塞〉にいるわよ。ほかにどこにいるというのよ?」
「いや、別に」
いまの話から察するに、ソルトは妹のセーラに、いまの居場所を伝えていないようだ。
考えてみると、ソルトは冒険者を育てるため、勇者少女の『ボスより強いモブ敵によってボスの概念がなくなる』説を実行している。
それは妹には明かしづらいだろう。そして、兄の居所が分からない、ということを、妹が認めるのは癪なのだろう。
(にしても、のちのち私が【破壊卿】の居場所を知っていた、と知られたら、まず殺されるだろう)
ただ今のところ、今回のクエスト中に、セーラの気まぐれで殺されるリスクのほうが高い。
先のことを心配するのは、そのときで充分だろう。
とにかくササラの正体が明らかになっただけで良しとして、冒険者ギルド本部に戻る。
〈風の帝〉が、今回のクエスト内容について話す。
「あらためて、われわれの討伐対象は、ダンジョン〈蟻塚〉に現れるという。名称は不明。ただこれが『特異点魔物』であることは、遭遇すれば分かるということだ」
〈蟻塚〉のダンジョンボスは【無庫卿】。
【無庫卿】とは戦ったことがない。
ミシェルが一考していると、ササラが左の指先をこちらにむけてくいっと曲げて、呼んでいる。
できるだけ距離を取っていたかったのだが。
ミシェルが近づくと、ササラが囁き声で楽しそうに言った。
「【無庫卿】がどうなったか、兄貴から聞いた? 聞いていないでしょうね」
変なところでマウントを取られても困る。
「聞いていない」
「消滅したわよ。兄貴が〈滅却絡繰り〉で消滅させてしまったわけ」
「……」
この話は、聞いていたが。
妹も知っていたのか。セーラは、少なくとも兄であるソルトが、魔人幹部を消滅させることには反対していないらしい。
「驚いた?」
セーラの期待にこたえよう。今日が命日にならないためにも。
ミシェルはうなずいた。ただここで前々から疑問に思っていたことを尋ねる。
「……しかし、ボスが不在では、噂になっているはず。私は、〈蟻塚〉のボス部屋に誰もいなかった、という話を聞いていない」
「それはいい質問ね。きっと兄貴がうまいことやっているのでしょう」
それはソルトへの過大な期待に思える。
妹は、兄を高く評価するもの。たとえ【虐殺娘】であっも。
微笑ましく思っていると、ササラに睨まれた。
「なに、腹立つ表情ね」
「……」
しかし、なぜ【無庫卿】が消滅したこと、いまだに冒険者たちの間で噂になっていないのだろうか。
その後。ミシェルは、セーラ、〈風の帝〉、アガとともに〈蟻塚〉に移動した。




