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78/107

78,妹は兄の背中を見て育つ。

 


 つまり、〈トール塚〉には行かない、ということか。

【破壊卿】に警告したかったのに。


 ミシェルは眉間を揉んだ。

 どうも、今日は想定外のことが起きすぎる。こういう日は、さらにロクなことが起きない、と相場は決まっている。


「ひとついいか、〈風の帝〉。では狂戦士バンザイは、どうするんだ?」


〈風の帝〉は興味がなさそうに言う。


「ほかの精鋭パーティが仕留めるか、または失敗するだろう。いずれにせよ、我々の関知することではない。──いや訂正しよう。もう一体の『特異点魔物』を撃破したとき、まだ狂戦士バンザイが生きていたならば、我々の次なる討伐対象となるかもしれないが」


 ミシェルはうなずいた。

【破壊卿】が狂戦士バンザイの死を偽装して、モブ敵を降りてくれるとありがたい。

 そうすれば、ひとつ厄介ごとが解決しそうだ。


 ササラが鈴を転がすように言う。


「もう一体の『特異点魔物』というのは、もしや〈ガリア城塞〉のボスである、【虐殺娘】では、ありませんか?」


〈風の帝〉はササラを見やると、首を横に振った。


「いいや、そうではない。確かに〈ガリア城塞〉は、俺も注目しているが、今回は違う。そもそもボスでは、『特異点魔物』にはならないはずだ。細かい定義は知らんがな」


「ふーーーーーーーーーん」


 なぜか、残念そうだ。

 そんなササラの横顔を、ミシェルは眺めた。


 脳内で、いくつかのフレーズが駆けまわる。

〈ガリア城塞〉……【虐殺娘】……。

 なぜ、ササラとは以前にも会ったことがあるように思えたのか。


 すべての謎──といえるほどのものかはともかく──が一つにつながった。


「……………!!!」


「お、おい、どうしたんだ、ミシェル! 攻撃を受けたのか?!」


 あまりの驚愕に全身を硬直させ、いまにも失神そうになった。

 それをアガが、敵からの遠距離攻撃、と誤解したのも無理はない。


「……いや、大丈夫だ。私は、心配、ない」


 ササラと目があう。

 はじめ不可解そうだったその瞳に、奇妙な理解の色があった。


 ササラが歩みよってきて、ミシェルの手を取った。


「ミシェルさん。分かります。いまのは、女性的な悩みですね。あちらで、二人だけで話しましょう」


 アガと〈風の帝〉が顔を見合わす。

 それから〈風の帝〉が、微妙に言いにくそうにして。


「どうやら、男の俺たちでは分からないことらしい。では、いったん解散しようか」


 一体、この場合の『女性的な悩み』とはなんだろうか。

 と、女のミシェルも疑問に思う。


 もちろんササラが、二人きりになるため適当な口実を述べたに過ぎないが。


 ササラに連れられて、ミシェルはギルド本部を出た。


 これまでは柔和な口調を保っていたササラだが、二人だけになるとすっかり態度を変える。


「そういえば、あんたとは前に会ったことがあったわね。兄貴に会いにきた女冒険者。こんなところで、また会うなんてね」


 ミシェルは奇妙な思いにかられた。

 蛇に睨まれた蛙とは、こういうものをいうのか。


「やはり……【虐殺娘】」


「セーラと呼びなさい、人間。あたし、その二つ名、あまり気にいっていないのよね」


「しかし……なぜ?」


 ササラことセーラはくすくすと笑い。


「実際より成長した姿かって? それは簡単。あたしは兄貴と違って、冒険者と戦うときも人間フォルムのままだから。まぁ、基本は皆殺しにしているので、別に普段の女児の姿でもいいとは思うけど。ただ念のため、五歳ほど成長した姿にしたの。まぁ、気づく者には気づくようだけれど」


「いや……そうではなく、なぜ、なぜ冒険者をしている?」


「兄貴が人間のフリして冒険者をしていたからよ。兄思いの妹は、兄の真似をして育つわけ。お分かり?」


 ミシェルはうなずくしかなかった。

 ただただ思うに。


(……『兄思いの妹』というのは、初耳だ)


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