76,陰謀はどこにでもある。
アガが意外そうな顔をしている。
「なんだか楽しそうだな、ミシェル。そんなに『特異点魔物』の討伐が楽しみなのか?」
楽しそう、に見えたらしい。
実際のところは苦笑していたのだが。
《時間跳躍ディレイ》というチートスキルに目覚めた【破壊卿】が正体を隠してモブ敵をしていれば、『特異点魔物』とやらに指定されても意外ではないだろう、と。
これが勇者少女の企みなのだろうか?
どうも想定外の展開な気がする。
勇者少女に確認が取りたいが、人間であるミシェルは、【破壊卿】のような空間転移などはできないので、ぱっと尋ねに自宅へ戻ることもできない。
「いや……狂戦士の部分はいいとして、バンザイとは、またふざけた名前だと思っただけだ」
「ああ。だがバンザイの噂なら、オレも聞いている。先日、〈水の帝〉が殺されたそうだ」
「まさか? 本当に?」
「無残な死体が発見されたそうだぜ」
「……」
「どうしたんだ、深刻そうな顔をして?」
「いや……本当に、狂戦士バンザイの仕業なのか?」
「ああ。そう聞いているぜ。なぜ疑うんだ、ミシェル?」
アガは、見た目に反して、頭の回転は速そうだ。あまりおかしな反応をしていると、怪しまれかねない。
「……〈帝〉の一人が、モブ敵に殺されるとは信じられなかったものでね。どこかの上位ボスに、というのならば、分かるんだが」
「ああ、まったくだな」
実際のところ、ミシェルの動揺は別にある。
【破壊卿】ならば、〈水の帝〉も殺せるだろう。
だがそれは、プランに反する。
【破壊卿】がモブ敵をしているのも、すべては衰退をはじめた冒険者全体の立て直しのため。
よって、『将来性のある冒険者、または若手を引っ張っていくことのできる熟練の冒険者は生かす』という基準をもうけたはず。
そして〈水の帝〉は、五人の〈帝〉の中でも、最も後輩の面倒見のよい、『若手を引っ張っていける』熟練冒険者だったはず。
問題としては。
【破壊卿】──つまり、狂戦士バンザイが〈水の帝〉を殺したのならば、これは致命的なミス。
さらに、狂戦士バンザイが殺していないのに、狂戦士バンザイが犯人にされているのならば──。
それならば、なんだろうか? 陰謀か?
「陰謀か」
「なんだってミシェル?」
「なに? 何か言ったか?」
つい口に出ていたようだ。
誤魔化す前に、ギルド本部役員がさらに話を進めたので、アガの注意がそちらに向かった。
「討伐対象は『特異点魔物』。ソロでの討伐は困難を極めるだろう。そこで今回のクエストには、こちらが指定した者たちとパーティを組んでもらう。そしてパーティごとに挑んでもらうつもりだ」
とギルド本部役員。
さっそく冒険者たちから抗議の声が上がった。
ソロがやりやすい、と思っている者がほとんど。
仮に、一時的にパーティに入ってもよいとしても、ギルドの指示で初対面の者と組まされてはたまったものではない。
だがこの点、ギルド側も折れる気はないようだ。
「この条件が受け入れられなければ、クエストを受けることはできない。ところでまだクエスト成功報酬を明かしていなかったな。諸君、悲しいことに、〈帝〉が一人欠けてしまったことは知っているだろう。そこでクエスト成功パーティの中から、最も活躍した者に、新たな〈帝〉の一人となってもらいたい」
〈帝〉に興味のないミシェルはともかく、この場にいたほとんどの冒険者は、この報酬に食いついた。
〈帝〉の一人になるとは、それだけの誉れのなのだ。
アガが苦々しそうに言う。
「だがよ、〈風の帝〉どのはどうなんだ? すでに〈帝〉についている。〈水の帝〉の後釜になりようがないぜ」
「つまり?」
「〈風の帝〉だけは、すでに別報酬が約束されている、ということだろうさ」
「まぁ〈帝〉が優遇されるのは今に始まったことではない。だからこそみな、〈帝〉の座を勝ち取りたく、いまもこうして興奮しているのだろう……しかしギルド本部は、水属性縛りはどうするつもりだ」
その後、この場にいる冒険者たちが4人パーティへと分けられた。
ミシェルはアガと〈風の帝〉、そしてもう一人、見たことのない女の冒険者とのパーティに入れられた。
「ところでアガ。〈水の帝〉は、どのようなに死体として発見されたんだ? 無残だったというが」
〈帝〉嫌いのアガが、〈風の帝〉を睨みながら、ミシェルの質問に答える。
「八つ裂きにされていたようだぜ」
「そうか」
では、それはやはり【破壊卿】の仕業ではない。
【破壊卿】の得物は大槌なので、死体はミンチになっているはず。
(まぁ、グロいことに変わりはないけども)
「……やはり陰謀か」




