74,死のそば。
暗闇。
どこまでも真っ暗とはこのこと。
昔、完全に視界を奪ったダンジョンを設計した魔人がいた。
つまり、光属性魔法を使っても、周囲を照らせない闇黒の領域。
冒険者たちの視界を防ぎつつも、こちらは視力を必要としない魔物──闇属性の魔物はたいていが当てはまる──を解き放っておけばいいと。
これは激しい議論となった。幹部たちの間で。
ようは、有りか無しか。
結局、このときはまだご健在だったサリア様によって、『無し』として却下されたものだが。
そんなことを思い出したのも、いまおれがいるのは、まったくそんなダンジョンだからだ。
魔人として、いつまでも視力に頼っているわけにもいかない。
感知スキルによって、周囲の状況をMAP化する。
なんだ、単純なただっ広いだけの構造か。
MAPの先に、赤い輝点があるのは、敵味方不明の者がいることを示している。
そういえば、もうひとつ思い出したことがあるな。
【消滅卿】を脆弱化したのは、ケイティの目撃情報によると、黒い人型の影だったとか。こんな闇黒ダンジョンから湧き出た存在ならば、当てはまりそうだ。
おれは歩を運んだ。
赤い輝点に《時間跳躍ディレイ攻撃》を決めてやろうと思ったが、向こうから言葉を発した。
「我は、アリサなり」
「えーと、お前はどこの誰だって?」
「我は、サリアと相反する存在だ」
まーてーよ。だから『サリア』→『アリサ』? 安直がすぎる。
とはいえ、おれをこの訳の分からない場所に空間転移させることができるのだ。侮れない。
いや、まてよ。
本当に、空間転移なのか? おれはケイティに撃破されたあと、ちゃんと復活したか?
さすがに寒気がするな。
「気づいたか、サリアの子よ」
「何を、だ?」
「貴様はいま、まだ復活はしておらん」
「だと思った」
『黒い人の影』は、ケイティと行動を共にしているのか?
いや、ケイティに自覚はないだろう。ケイティに寄生している感じか。
とにかく魔人幹部に弱体化アプデをできるほどの相手だ。
おれの復活を取り消すこともできるだろう。
少なくとも一時的には。
一時的であってほしいが。
「すると、ここは生と死の狭間、ということか?」
「貴様は、頭が悪いのう。狭間ではない。死そのもの。何もない空間じゃ。死ねば消滅するのみじゃからな」
「夢も希望もない話だ。つまり〈滅却絡繰り〉を使われたような状況か。だが真に消滅していたら、あんたとこうしてお喋りもできないはず。となると、辻褄があわないわけだ、が」
「何もない空間じゃからといって、貴様が消滅したとは言っておらん」
にしても、視界ゼロで声だけ聞いていると、確かに不気味だ。
ところでこの声だが、若い女の声音。だからといって、相手が若い女かは知らんが。
ただサリア様の声音に似ているのは認めよう。
サリア様と関係のある者、か。
「まてよ。勇者少女がサリア様の転生者だ。それを、いまは信じている。となると、お前はなんなんだ、アリサ? サリア様の偽造品のようなものか」
「失敬な。われは、サリアが創られたときに残った魂の欠片じゃ。ゆえにサリアと同等の力を持っておる。【破壊卿】。今日は警告で終わらせよう。じゃが、もうじきだ。もうじき、その時がくるぞ」
「そのとき?」
「滅びのときじゃ」
「お前が滅ぼすのか?」
「バカめ。われは警告をしているのじゃ。サリアが転生した以上、奴と相反する者である我が、この仕事をするハメになった」
という声には、かなりの嫌々さが感じられる。
「それはご苦労さん。で、お前じゃないのなら、誰が滅ぼすんだって──というか、何を?」
「この世界じゃ。世界を滅ぼすことを目的とする者が、いま生まれようとしておる」
「……」
魔人だって、そんな誇大妄想に駆られるバカは、いないのにな。
いや、いないはず。
「それは、誰だ?」
「自分で考えろ、バカめ。我は仕事を果たした。この破滅を阻止する任務、お主に託すぞ。手を取って、事に挑むのじゃ」
「手を取る? 魔人たちで? うーん、難しそうだ」
「冒険者たちとに、決まっておろう」
それだけ言うと、アリサの存在が消えた。MAPから消える赤い輝点。
「………いや、おれ、冒険者けっこう殺しているから、恨まれているんだけど? ちょっと?」




