53,妹の機嫌こそが。
勇者少女を裏口から送り出してから、おれは妹のセーラのもとへと急いだ。
「セーラ。どうした? 何事だ?」
勇者少女の噂を聞きつけ、追跡してきた可能性もある。
だが杞憂だった。
「兄貴。顔を見せにきてあげたわよ」
と、満面の笑みで言う。
さて、こちらも状況が違えば大歓迎したのだが。
「それだけか?」
とたん、セーラの顔が曇る。
「それだけって何よ。妹が兄に顔を見せにきただけじゃ足りないというの?」
まずい。妹の機嫌を損ねた。これは世界中のすべての兄にとっての悪夢。
うちの場合、真剣に悪夢。
「いや、そういうわけではなくて。嬉しくはあるんだぞ、セーラ。ただタイミングが悪かったというか、なんというか」
不愉快そうに腕組みして、セーラは踵をかえした。
「もういいわ。兄貴、あたし、帰る」
このとき、最悪のタイミングで、首無し騎士のアーグが駆けつけてきた。
先ほど勇者少女に切り刻まれ、ようやく復活したらしい。
「師匠! ただいま戻りました! あっ」
セーラがちらりとアーグを見てから、
「あんた、邪魔よ」
それから、アーグをメチャクチャに千切りだす。
気の毒なアーグ。
おれは知らん。
一度不機嫌モードに入ったセーラは、そっとしておくに限る。
ここは無理に引き止めず、ひとまず帰るのを見届けた。
賢く避難していたメアリーがやってきて、アーグの残骸を見やる。
「セーラ、怒ってしまいましたよ?」
「見れば分かる」
セーラがいる限り、たとえ幹部が全滅しても、魔人が衰退することはなさそうだな。
冒険者側にも、そういう柱がいれば、衰退を免れることができるのかもしれない。
勇者少女はサリア様の転生ということなので、当てはまらない。
〈帝〉も、〈炎の帝〉と戦ってみたが、そこまでの器ではない。
となると、いまのところ冒険者に、そんな柱はないのか。
では、誰かなる可能性はあるだろうか。
たとえば──
「あ、ケイティのことを忘れていた」
メアリーが感心しないという様子で言う。
「ソルトさん。外に女を囲っていること、セーラに知られたら、地獄の雨が降りますよ。この大陸に」
囲っているとは、またとんでもない誤解。
しかしその誤解を解くためには、ケイティの身分を明かす必要になる。
それはそれで面倒なことになりそうだ。
「……余計なことを考えるな。しかし、ケイティのことを間違っても、セーラには言うなよ」
にっこり笑うメアリー。
「はい、承知です」
【堕落した聖女】メアリー。
セーラの友達。
意外と口は軽そう。なんか心配。
次元の裂け目を使った空間転移で、ケイティのいる宿まで移動。
部屋の扉をノックしても返事がない。
本当に蘇ったのか?
心配になったのでドアを開けて中に入った。
この村、クラフトスキルの恩恵を受けているようで、上下水道の発展ぶりは王都級。
部屋には浴室まであり、そこでケイティはシャワーを浴びていた。どうりでノックが聞こえなかったわけだ。
鼻歌をうたいながら、浴室から出てくるケイティ。
火照った裸体のままで。
おれと目があうなり、悲鳴をあげてタオルを手にとって、身体に纏う。
「ソ、ソルトさん! 一体、どうして──!?」
「あぁ、気にするな。君の裸に、おれは何も感じない」
「あの、まったく何も感じられないというのも、それはそれで傷つくのですが」
「いや、だっておれは魔人──じゃなくて、まった、やり直す。すっごく気になった。じっくりと見たい」
ジト目で見返された。
「変態ですか?」
難しいなぁ、人間として生きるのは。
「……とにかく、生き返っていて良かった」
「はぁ。あまり記憶がないのですが……生き返ったとは、どういうことです?」
「記憶にないなら、思い出さなくてもいいよ。じゃ、あとでな」
〈サリアの大樹〉の拡張は本物だったか。




