46,vs勇者。
「あいにく、冒険者と取引などするつもりはない」
勇者の少女は溜息をついた。
「そう。なら、少しだけやらせてもらうわ」
いまさら気づいたが、勇者は武器装備なし。
これでどうやって、アーグを切り刻んだ?
と考えていたら、全身にダメージをくらった。
見えない刃の攻撃か?
しかも、すべての斬撃には耐性を弱体化させる効果が付与されている。
こちらも弱体への耐性を持っているが、それを上回る速度。
というか、回避も防御もできない『見えない刃』の連続攻撃はどうにかならないのか。
勇者と距離を詰めようにも、こちらの動きが遅く、向こうは速い。
斬撃には、遅鈍化のデバフ効果まであったのか。
一方的にやられるわけにはいかん。
その場で《魔滅弾》を叩きつける。衝撃波ならば、一瞬で勇者に到達する。
ところが『攻撃反射』の類のバフがかかっていたようで、衝撃波がまるごと襲ってきた。
さらに『見えない刃』の斬撃に、混沌化のデバフがかかる。混沌耐性はすっかり弱体化されていたので、あっさりとかかった。
「頭が、こんがらがってきた」
デバフ解除スキルを持っていて良かった。
しかし、あえて混沌化のフリをしておこう。
勇者が油断したところで、〈時間跳躍ディレイ攻撃〉。
単純な攻撃だけではなく、おれ自身に時間跳躍ディレイ効果をかける。
時を飛ばして、勇者と肉薄。
さすがの勇者も、この展開は予想外だったようだ。
〈魔滅の大槌〉と〈双蛾の斧〉の二刀流での、超連続打撃。
パリィをかませられないよう、すべてにディレイ効果を付与だ。
「うぉぉぉぉぉ!」
ふぅ。
久しぶりに本気を出した。
さて、勇者は跡形もなく消滅しているか。
と、思いきや、右腕一本でガードしきっていた。
物理攻撃力だけは幹部一だと思っていたのだが。
勇者が何か言おうとしたが、瞬間、その右腕が粉みじんになる。
さすがに、おれの連続攻撃をガードしきった代償は大きかったか。
おれはバトルフォルムを解除して、一息ついた。
「レベル15で、その強さは異常だな。こっちは〈時間跳躍〉しているというのに」
「だから、わたしはバグだと言ったでしょう。ところで、ここまで幹部13体を撃破してきたけれど、あなたが一番強いわ。そこは自信をもっていいわよ」
「そりゃ、どうも……幹部13体を撃破したというが、期間は?」
「一体目の【消滅卿】を殺してから、ここまで来るのに、5日」
5日……。おれとケイティが新米冒険者を始めてからの期間より短いじゃないか。
なんなんだ、この冒険者は。
あ、腰が痛い。
「で、取引というのはなんなんだ? 話だけは聞いてやろう」
「〈サリアの大樹〉よ」
「なんだ、ほかの冒険者と同じか。魔人がもう復活できないよう、サリア様の分身である〈サリアの大樹〉を破壊したい、ということだろ? それを許すわけがないだろ」
しかし勇者は首を横に振って。
「その逆よ。〈サリアの大樹〉の効果を拡張してほしいの」
「拡張? すると、どうなる?」
「冒険者も復活できるようになるわ」
「そんなことを、魔人側のおれが許すとでも? だいたい数的には、冒険者が圧倒しているんだ。冒険者がばかすか復活するようになったら、魔人と冒険者のバランスが崩れる。魔族と人類の調和が、な」
「何も全員を復活させる必要はないのよ。一部の冒険者でいいの。分かる? それを、あなたとわたしが決めればいい。勇者と魔王で」
おれは『魔王』ではない、と訂正したいところだ、が。
まぁ魔人側のラスボスは、冒険者としては魔王なのかもしれんが。
ひとつ分かったことがある。
おそらくこの勇者は、冒険者のうちの誰かを復活させたいのだろう。そのため、こんな取引を持ちかけてきた。
むろん、おれが応えるはずもない。
「そんな取引は受け付けない。とっとと帰るがいい」
この勇者を放置しても、〈サリアの大樹〉を破壊はしないだろう。
ならば、こちらから姿を消してしまえば、諦めるだろう。
「あ、待ちなさい」
待たない。空間転移で、ケイティの待っている崖まで戻る。
ところがケイティの姿がない。
怪訝に思って周囲を見回すと、谷底でヤマタノオロチが、どこかの愚かな冒険者の死体を貪っていた。
……いや、その冒険者……、うちのケイティじゃないか。
ケイティが言っていた『試してみたいこと』とは、ヤマタノオロチと戦うことだったのか。
崖上から谷底のヤマタノオロチを毒矢攻撃するのではなく、自分も谷底に降りて、正々堂々。
レベルを上げて、どこまで強くなったか、試したかった。
で、敗北して、いまはヤマタノオロチの餌になっている……。
「…………マジかぁ、」
空間転移して、〈紫ガ城〉に戻る。
諦めて帰ろうとしていた勇者が振り返った。
「あら、【破壊卿】?」
「取引について、ちょっと考え直してみた。で、どう拡張するんだ?」




