39,巧妙な罠。
〈暴力墓〉の挑戦推奨レベルが、冒険者レベル5とは。
それは初心者冒険者のほとんどが当てはまる。
ちなみに、かのパリィスキルを会得できるレベルが、なにを隠そう5だし。
「しかし、この推奨レベルというのは、どこが決めるんだ?」
ケイティは怪訝そうに言う。
「もちろん、冒険者ギルド本部ではありませんか?」
「確かに。呉服屋は決めんだろうしな。はっはっはっ」
「はい?」
「……冗談だよ」
「はぁ」
最近、アーグの追従笑いになれてしまったのか。
とにかく、これは情報操作の疑いが濃厚。
だとしたら、〈暴力墓〉のボス【消滅卿】は関与しているのだろうな。
で、冒険者ギルド本部が、【消滅卿】側の情報操作に騙されている、ということならまだいいわけだ。
問題は、冒険者ギルド本部の一部もまた、グルだとした場合。
それは闇が深い……いまだに闇堕ちしきれていないうちの首無しよりも。
「ソルトさん。〈暴力墓〉に行きましょう!」
ケイティは両手の拳を握りしめて(剣は盾に装着し、盾は背中に背負っている)、やる気満々。
ここで推奨レベルの間違いを指摘しても時間の無駄かもしれない。
ケイティのような新米は、どうせギルドへの盲信が酷かろう。
「まぁ、行くか」
というわけで、約一年ぶりに、古巣〈暴力墓〉に戻ってきた。
冒険者として。
出発前に、ケイティに剣を買ってもらった。全財産、旅費で使用してしまっていたので。
なんだろうか。新米冒険者に剣をおごってもらう魔人幹部というのは、情けないのだろうか。
細かいことは気にするな。
〈暴力墓〉の第一階層。
「ソルトさん! さっそく敵モンスターです! 挟撃しましょう!」
「あ、ああ」
スライム。はじめて見た。スライムの弱さは折り紙つきで、どこのダンジョンでも採用していないのに。
スライムに偽装した別の魔物か?
とも思ったが、おれが考えこんでいる間に、ケイティが手早く仕留めてしまう。
「やりました、撃破です!」
と、歓声をあげて喜ぶケイティ。
ふむ。魔水晶の微々たる量からしても、いまのは本物のスライムか。
なぜ【消滅卿】は、こんな雑魚を第一階層に配置しているのか。
「さすが、推奨レベル5のダンジョンですね、ソルトさん」
と、ケイティに笑顔で言われて気づいた。
ははぁ。これは巧妙な罠か。
推奨レベル5としていながら、入口に強いモブ敵を配置したら、新米冒険者はびびって逃げてしまう。
ところが第一階層にいるのが、誰でも倒せるスライム数体だけだったとしたら?
これは初心者用のダンジョンだ、と冒険者は安心しきって、さらに奥へと進むだろう。
そうしたら、もう逃げるのは絶望的だ。
「ケイティ。ここは慎重に行ったら、どうだろうか」
「ソルトさん。大丈夫です。いざとなったら、私がソルトさんを守りますから!」
「いや、べつに怯えているわけでは……まあ、とりあえず進むか」
しばらくは順調だったが、第四階層で、急に雰囲気が変わる。
そこには冒険者の死体が散乱していた。
ケイティも、これはおかしいと気づいた様子で、恐怖に顔が引きつる。
「ソルトさん。これは──」
どこからともなくマンティコアが現れ、ケイティにタックルをかます。
ケイティは一撃で気絶し、あとは頭を食いちぎられるだけ。
まぁ、そんなことはさせんが。
「おい、おれのパーティ仲間から離れろ」
しかし、いきなりマンティコアか。
ライオンの胴と人の顔をもつ魔物。物理攻撃耐性がバカ高いので、物理アタッカーでは撃破は困難。
推奨レベル三桁ごえのダンジョンならともかく、こんな『はじめの関門』で出すモブ敵じゃないぞ
マンティコアが、おれの正体も知らずに襲いかかってきた。
さてと。人間フォルムじゃきついし、ケイティは気絶しているし。
魔物を殺すのは忍びないが。
バトルフォルムになって、驚愕しているマンティコアの胴体を引き裂いた。
人間フォルムに戻り、ケイティを抱える。
「ひとまず帰るか。ダメなときには撤退が、冒険者の心得」




