30,〈炎の帝〉かぁ。
セーラが次元の裂け目を開く。
すると隠していたミシェルが、優雅に飛び出してきた。
セーラがジト目で見てくる。
「兄貴。やはり、大きいほうがいいというわけね」
と、ミシェルの胸元を指さした。
あー、たしかに豊かだが。
「冒険者のおっぱいをじろじろ見ているはずがないだろ」
セーラの対応だけで面倒なのに、ミシェルはミシェルで、謎の納得感をかもしだしつつ。
「なるほど、この女児のようなものが、〈ガリア城塞〉のボスか。丁度よい。【破壊卿】に伝えることは伝えた。あとはダンジョン攻略がてら、貴様を倒すとしよう」
おれは慌てて、ミシェルの腕を取って引っ張る。
「せっかく、かつて見どころありと助けた命だ。セーラのことは忘れて、このままラスダン行ったらどうだ? えーと。レベル452? 凄いな、おい」
改めてステータス確認をしたところ、ミシェルはかなり高位冒険者だということが判明。〈帝〉に空席があれば、候補者になったかもしれない。
だからとって、セーラには敵わないだろうが。
いや、そうだった。そんなことよりも、〈炎の帝〉が来るんだった。
「まてよ。アーグ。お前の姉貴が〈炎の帝〉ならば、ここにきたらショックを受けるんじゃないか」
ミシェルが不可解そうに言う。
「このモブ敵の姉が、〈炎の帝〉どの? 【破壊卿】どの、バカも休み休み言いたまえ」
「貴様! この、貴様!」
首なし騎士アーグが、軽く煽られただけで、雄叫びをあげている。
セーラがうんざりした様子で言った。
「あたしは忙しいのよ。兄貴、その人間の女を、とっととあたしのダンジョンから追い出しておきなさい。それと、そこの首のない、えー、名前なんだっけ?」
いまだに名前を憶えてもらっていなかった首なし騎士が、いくぶん落ち込んだ様子で名乗る。
「……アーグです、妹君」
「あんたの姉が〈炎の帝〉だというのなら、このダンジョンには入れないことね。生きては帰さないわよ。じゃ、あたしは今度こそ行くわ」
セーラが去り、戦いそびれてガッカリした様子のミシェルを横目に見てから、おれはアーグに指示する。
「追い払えなくても、いつ来たかくらいは報告できるだろ。お前は〈ガリア城塞〉の表に行って、〈炎の帝〉の到着を見張っていろ」
「あの、師匠。この姿で姉上に会うのは、さすがに躊躇われるのですが?」
と、首なし騎士が、自分の生首をかかげて言う。
「確かに弟が闇堕ちしていたら、ショックかもな。精神的ダメージを与えて、事前にデバフをかけられるか。よし、やはり行ってこい」
「そうではなくて、師匠。僕は──いえ、分かりました。向かいます!」
使えん弟子を見送ってから、おれはミシェルに向き直った。
「君の伝えたいことは分かった。しかし、〈暴力墓〉の件は、冒険者ギルドの総意なのか? それとも、君が独断での考えなのか?」
「いまのところ、ギルドは〈暴力墓〉での死亡率増加のことを、気にも留めていないようだ。ギルドは、冒険者の志望者が増加傾向にあることを嘆いていた。才能のない者までギルドに属したがる、と。もしかすると、よい新人減らしくらいに思っているのかもしれない」
しかし、新人のときに才能があるかどうかなど、分かるものか?
確かに天才はいるだろうが、ほとんどは凡庸なるものだ。
凡人の冒険者が、切磋琢磨し、いつしかSランクに到達していた。そんな場面を、長い魔人の人生で、おれは何度も見てきたものだが。
何か手を打つ必要がある。
「〈暴力墓〉の件は、なんとかする。とにかく、君は自分の冒険者人生を続けろ。ただし──セーラには手を出すな」
「妹さんという話だからな」
と、ミシェルが誤解して納得したが、まぁなんでもいいや。
メアリーに、ミシェルを裏口まで案内してもらう。
ミシェルとは、ちかぢかまた会いそうな気がする。
さて、問題は【消滅卿】か。または。
アーグの、情けない悲鳴が聞こえてきた。
裂け目のショートカットで、〈ガリア城塞〉の入口付近まで向かう。
と、そこでは戦士系の女冒険者に、アーグが半殺しの目にあっていた。
「ぎゃぁぁ、姉上、助けてぇぇ! 命だけはぁぁ!!」
と叫んでいることから、あれがアーグの姉、SSSランク冒険者、〈炎の帝〉か。
……アーグが嫌がっていたのは、姉にショックを与えるからではなく、闇堕ちしていると知られたら、問答無用でボコられる、と分かっていたからか。
あいつ、聖騎士のままでいたほうが幸せだったよなぁ。




