3,もう、おっさんで辛い。
冒険者たちのなかで流行っていた追放が、いま遅れて、魔人たちにも──
というか、これはただの解雇宣告だろ。
ここのところ自信喪失していたから、ショックではあったが、抵抗する気にはなれなかった。
手下たち(ダンジョンのモブ敵たち)も、いまや何百という復活経験のせいで、記憶が曖昧になっている。ようはボケているようなもので、おれのことも覚えちゃいない。
つまり、おれが去っても、誰も気にもしないだろう。
いや、まてよ。
おれのことを、『初心者の経験値稼ぎの場』と見なしていた冒険者どもは、ちと影響が出るかもしれんが。
まったくどーでもいい。
去りぎわに、【消滅卿】がおれの肩をぽんと叩き、嘲笑のにじんだ声で言う。
「おじさん。もう引退のときだったんだよ」
「おじ……おれはな、まだ582歳だぞ」
と、自分で言ってから思ったね。魔人の年齢でみても、これはおっさんの域に入っている。だからといって、まだまだ働きざかりじゃないか。仕事はいまなくなったが。
ところで、魔人にとっての成人年齢は、まぁ150歳くらい。
おれが闇女神サリア様に認められ、幹部となって、この地下ダンジョン〈暴力墓〉を与えられたのが、180歳だったか。
400年間、ここで戦ってきたのだなぁ。
サリア様がご健在だったころは、おれもまだまだ恐れられていたものだ。パリィが発明されるより、ずっと前のことだが。
と、第一階層で思い出に浸っていたら、
「いつまでいるんだ、おじさん」
「〈消滅卿〉? お前、ついてきていたのか? 感慨にふけっているんだ、少しは放っておけ」
「悪いけどね。これからこのダンジョンは変革を迎えるんだ。あんたのような古いものには、とっとと去ってもらわないとね」
その言葉が合図だったかのように、空間転移ゲートが現れ、続々と新たな魔物たちがやってきた。
「なんだ、こいつらは?」
「僕の手下たちだ。この〈暴力墓〉の敵モブとして、これから冒険者たちを血祭にあげるわけさ」
うーむ。癪だが、生きのよさそうな魔物ばかりだ。どいつも冒険者たちを苦しませそう。とくにこの〈消滅卿〉、敵モブの配置も意地が悪そうだし。
「あんまり高レベルすぎると、冒険者たちがよりつかなくなるぞ?」
〈暴力墓〉には、『はじめの難所』という役割がある。
初級冒険者が挑む、最初の関門という。
「そんなんだから、冒険者たちに舐められるんだよ、おじさん」
と、憐れむように言われたが。
いつまでも長居しても仕方ないので、〈暴力墓〉を後にした。
が、行く当てがない。
仕方ない、わが妹に連絡を取るか。
妹は幹部ではないが、サリア様には贔屓にされていた。
そのため若くして、〈ガリア城塞〉という難所のボスの座をいただいている。サリア様がお隠れになってからは、幹部と軋轢があるそうだが。
とにかく、距離にして500キロはある。
こういうとき遠距離連絡スキルがあるのは便利だよな。
しかし、妹と話すのも百年ぶりくらいか。
きっと感動のあまり「お兄ちゃん!」を連呼してくれるに違いない。
そう、記憶の中では、よちよち歩きで、おれに抱き着いてくる、可愛い妹だった。
スキル発動。
通話先から、気怠い声。
『うーーーん。もしもし?』
「おう、セーラか。おれだよ、おれ」
『いまどき、オレオレ詐欺? 死ね』
おれの頭上で空間が裂け、レベル500の冒険者でも即死クラスの雷槍が降ってきた。
「うぉぉぉ!!」
ローリング回避!
くそ、冒険者みたいなことしちまったじゃないか。
「兄貴を殺す気かぁぁ!?」
通話先で舌打ち。
『なんだ、兄貴だったの? 紛らわしいことするからでしょ……というか、兄貴、まだ生きていたんだ? なんか用?』
可愛い妹の思い出が……
だから月日なんてたつもんじゃないんだよ。
「いまから、そっち行くからな、おい」
『うーん。勝手にすれば?』
「勝手にしてくれる!」