18,盗賊。
〈ガリア城塞〉の最寄りには、ガードンという城塞都市があった。
出入りには市民証が必要だというので、これは回れ右かなと思ったら、セーラがおれの偽造市民証を寄越す。もちろん、人間フォルムでの。
「こんなのいつのまに用意したんだ?」
「〈ガリア城塞〉で暮らすなら、必須でしょ。ガードン都市はいいわよ。美味しい食べ物、お菓子、可愛い洋服、清潔なトイレ」
セーラは冒険者を殺すのが好きだが、人間の文化も好きらしい。
もともと魔人も人型は、人間と思考経路が似ている、というからな。
人々で賑わうガードン城塞の、セーラの行きつけというレストランで夕食を取る。
魔人というのは、別に食事をせんでも生きていけるが、美味いものを食べるのが嫌いというわけではない。
そんなこんなで、まずまず満足して、おれたちは都市を後にした。
夜もすっかり更けて、暗い街道を進む。
バトルフォルムになれば、駆け抜けであっというまに帰ることもできるが、たまにはこういうのもいいだろう。
「ところで兄貴、聞いたわよ。凄いビジョンがあるそうね?」
「ビジョンが? そうなのか?」
いまのところ、将来設計は、明日も頑張って徘徊しよう、しかないんだが?
「魔人の玉座を狙っているそうじゃない」
「そうなのか?」
知らなかった。
いや、まて。これはまさか、メアリーの誤解が波及されているのではないか。
「それってメアリーから聞いたのか?」
「そうよ。兄貴が、そんな将来設計を抱いていたと知って、妹のあたしも安心したわ」
安心したということは心配されていたのか。
兄として、なんだか心苦しい。
しかしこの誤解を解かないと、とんでもないことになりそうだ、と考えこんでいると。
街道の行先で、倒れている若い女がいた。生きているようで、
「誰か、助けてください」
と、かすかな声を出していた。
こういうとき、無視して通り過ぎると、心が痛むのはなぜなのか。
冒険者が相手だと、命乞いされてもたいてい殺すんだがなぁ。
おれは早歩きになって、倒れている女のもとまで行った。
衣服が破れているので、襲われでもしたらしい。
「大丈夫ですか?」
と、声をかけたところ、なぜか短剣を突きつけられた。
それが合図だったようで、まわりの茂みなどから、複数の武装した男たちが飛び出してくる。
やたらテンションが高い。近所迷惑だな。近くに民家とかないけど。
「はっはー! 騙されやがったな、バカな旅人が」
と、スキンヘッドの男がやってきて、女とキスしだした。
何を見せらせているんだ、おれは。
まぁ倒れていた女が、演技していた囮だったのは、分かったが。
セーラがやってきて、腕組みしている。
「妹よ。このハイテンションな人間たちは、なんなんだ?」
「盗賊たちでしょう」
「あぁ、盗賊か。宝箱の鍵開けが得意な」
「違うわよ。それは冒険者のジョブでしょ。シーフ。こっちは、本当の、ただの、なんの役にもたたない盗賊」
「盗賊……。すると、おれたち、魔人なのに盗賊ごときに脅されているのか」
「まぁ、あたしたちのこと、人間だと思い込んでいるのなら仕方ないのでは?」
「仕方ない?」
よく分からんが、これは何かが崩れている象徴に思えてきた。
魔人の人類のバランスというものが……
サリア様の予言では、たしかバランスが崩れたとき、何が起こるんだったか?
ハルマゲドンとかじゃなかったか?
「おれの将来設計が……そんなものないけど」
盗賊たちがぐっと迫ってくる。スキンヘッド──こいつがリーダーらしい──が、おれの腰から巾着を取った。
これ、実はセーラから渡されていた財布。この国の金貨が入っている。
「おっ、こいつみすぼらしい恰好のわりに、けっこうな額が入っていやがるな」
とスキンヘッド。
その恋人──さっきの囮役の女が、セーラの顔をじっくり見分する。
「こっちのガキは、奴隷商人に高く売れそうだねぇ」
奴隷商人だと?
人間を売買する、あの悪しき存在か。
魔人より悪い奴って、いるもんだね
セーラが何かするかと思ったが、とくに抵抗することなく、連れさらわれていった。
おれは頭をかきながら、ダンジョンの外で人間を殺していいんだっけか?と自問している。
と、後ろから別の盗賊の男に、ハンマーで頭を殴られる。
さすがに、こんなヘボな攻撃ではダメージは受けない。
が、一応いまは人間のフリをしているので、倒れたフリをしておく。
で、数分ほど倒れてから、起き上がる。
ヒャッハーな盗賊たちは、立ち去っていた。
セーラを連れて。
………………不憫すぎる、あいつら。