13,聖騎士(後編)。
二年ちょい前。
──アーグの視点──
パリィ縛りで倒そうと、舐めた真似をした。
しかし【破壊卿】の一撃は重く、まともにガードできない。ローリング回避だけでは間に合わず、ついに半致命の直撃を受けてしまう。
ここまでか──
アーグは、自らの人生が尽きることを覚悟した。
パリィ縛りさえしなければ──会得スキルから、わざわざパリィを『忘却呪文』までかけたのはやりすぎだった。
だが死はまだ訪れなかった。
見ると、バトルフォルムを解いた【破壊卿】が、困った様子で立っている。
「お前さぁ~、もうレベル三桁なんだし、いまさら〈暴力墓〉に用はないだろ。ましてパリィ縛りなんかして、何がしたいんだ?」
アーグは唖然とした。魔人とこのように会話した者が、これまでいただろうか。というより、この魔人ども、まともに話せたのか。
「……ど、どういうつもりだ? なぜ僕を殺さない?」
「殺すには惜しいからな。しかもパリィ縛りなんぞしたせいで。もう帰れ、お前は。そこのダンジョン出る用の転移ゲートを開いてやるから」
「バカにしているのか? 魔人が、冒険者を見逃すだと? 貴様らは、人類を殲滅しようとしているんだろう?」
「バカなことを言うなよ。そういうアホな野望を抱いている幹部仲間がいることは認めよう。しかし偉大なるサリア様のお考えは違ったのだ。
おれはサリア様の遺志を重んじる。お前のような冒険者は、立派な聖騎士となって、まぁ上位の幹部ボスどもを蹴散らしてくれ。そういう冒険者が現れないと、バランスが崩れるからな」
「バランスだと?」
「調和のことだ。お前もいつか分かるときがくるだろう。人類と魔人の調和のことだ」
そのとき以来、アーグはこの調和について、考え続けていた。
あとは『ラストダンジョンに挑むだけ』という状態でありながら、なぜ挑まないのか?
理由ばかりつけて、挑むのを遅らせてきた。
今回も、〈聖の水〉集めだとか言って、〈聖なる呪われた墓地〉に来た。〈聖の水〉など、すでに蔵には500個はあるというのに。
その理由が、こうして【破壊卿】と再会して、ふいに理解できた。
調和のためだ。
ここでラスダンに挑み、〈サリアの大樹〉を破壊したらどうなるか。自分ならばできるだろう。聖騎士レベル420の自分ならば。
だがそれを成せば、魔人たちは復活しなくなる。
そうすれば冒険者たちは、魔人を駆逐するだろう。魔人を全滅させたあと、冒険者に、人類に何が残るのか? 何も残らない。
調和が崩れてしまう。
調和を守るためには、〈サリアの大樹〉を破壊してはならない。
しかし自分を止める者は、もう誰もいない。聖騎士として、自分は才能がありすぎたのだ。
では、どうすればいいのか?
【破壊卿】、アーグに調和のなんたるかを教えてくれた魔人に再会したことで、それが見えてきた。
「【破壊卿】、師匠! どうか、この僕を弟子にしてください! 魔に堕ちた騎士、闇黒騎士としてのジョブチェンジを、どうかお認めください!」
【破壊卿】は、感動のあまり、絶句している。
と、アーグからは見えたわけだ、が。
──【破壊卿】ことソルト──
意味がわからないことに。
聖騎士が『弟子にしろ』だの『闇黒騎士になりたい』だの、言っている。
なんだこいつ、頭をどこかに打ったのか?
後ろにいる冒険者グループたちにも、困惑が広まっている。
まぁ、無理もないよな。
聖騎士が、頭おかしくなっているんだし。
ふいにグループの冒険者の一人が叫んだ。
「【破壊卿】が、聖騎士に、幻惑、または混沌のデバフをかけたのよ!!」
なるほど。その解釈は、悪くない。
というか、それが事実のほうがすっきりしたな。
あいにく、おれはそんなデバフをかける力はないが。
これに反応したのが、当の聖騎士。はた迷惑な聖騎士である。
エクスカリバーを引き抜く。
お、ついにおれを殺す気になったか?
と、思いきや、なんかおれのとなりに立って、冒険者グループと向き合った。対峙するがのごとく。
いや……マジか。
「師匠。まずは、あの元同僚たちを血祭にあげてきます。闇黒騎士への闇堕ちの第一歩として、申し分ないかと思いますゆえ」
「……」
考え直せという説得の言葉を選んでいたら、なんか同意と誤解された。
「では行って参ります!」
「…………」