106,これが本当のディレイ。
アリサの潜んでいるのは、こちらの世界と、『別の宇宙』。
その狭間だろう。
セーラがあえてこれまで姿を隠していたのは、追い詰められたアリサが、こちらに干渉してくるのを待つため。
どこに潜んでいるのか、確実に見出すためだろう。
アリサとしては、行動を起こさずにはおけなかった。
こっちの冒険者ギルドのギルマスと結託していたのに、その手駒は消された。
ついには精鋭の魔人パーティを送り込むも、苦戦を強いられていた。
親玉のアリサが動き、魔物を供給するほかなかった。
が、それによって、妹に見つかったのだ。
では、おれも妹を追って行くか。
世界と、世界の隙間に。
我が身を滑り込ませる。
空間転移の応用だな。案外と上手くいく。
そこは無限の空間ともいえたし、意外と手狭な場所でもあった。床がないので、宇宙空間のようでもある。ただし目の痛くなる紫赤色であり、かつ重力方向はあるが。
どうも、落ち続けているようだ。
その状態の中、セーラとアリサが向き合っていた。
アリサの姿は、第一印象は、『ばったもん』。
つまるところサリア様の残滓に過ぎない。その姿もまた、サリア様を真似てはいるが、美しさ、高貴さで、足元にも及ばない。
セーラが先に、おれに気付いた。
「あら、兄貴。来たのね。いま決着がつくところよ」
アリサも、こちらに気付いて視線を向けてくる。
「……貴様らにはガッカリだ。我がなんなのか分かっているのか。我こそが、サリアの遺志を継ぐものぞ。貴様ら、我に跪くのだ。おい、ソルトよ。さぁ、我に従え。貴様はこの小娘と違い、サリアに忠誠を誓っていたな。では、我こそが貴様が仕える主と分かるはずだ」
おれは呆れた。
「バカが。サリア様の遺志は、おれが引き継いでいる。それは冒険者と魔人のバランス、正しきダンジョン攻略難易度と、ダンジョンボスと冒険者との互いのリスペクトにある。よその宇宙からきてかき乱したお前には、なんの権利もない」
「な、なんだと!」
セーラが苦笑した。
「あたしのパッシブスキル〈天上天下、唯我独尊〉で殺そうと思ったけれど。兄貴がぐさりと言ってくれたものだから、アリサに対するいら立ちもなくなったわ。あまりにこいつが憐れで」
「発動条件が満たされない? じゃ、おれが殺しておく」
〈魔滅の大槌〉を両手持ちし、アリサ目掛けて駆ける。
「我を侮るなよ!」
アリサが迎撃態勢に入ろうとするも、セーラの闇属性奥義《闇が降る》による飛ばされた闇黒羽が、動きを封じた。
「き、貴様!」
「あたし、黙ってみている、とは言ってないわよー」
さぁて。あたためていた新必殺技を使うか。あまりに破壊力がありすぎて、ダンジョン内で使い道がなかったが。
別宇宙との狭間なら、有りだろう。
「愚かなるサリア様の偽物、食らうが良い。この一撃必殺、《滅する破動》!!」
これは、ただのディレイでも時間跳躍でもない。
ディレイしながらも、エネルギーをチャージする。
しかもチャージ時間は、時間跳躍によって無限の時間とカウントされるのだ。
その威力たるや、絶対無比。
「こ、こんなものぉぉぉ!」
まさかのアリサ、パリィに入る。
あのな。《滅する破動》は無限ディレイなので、パリィなんて永久にできない。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………!!」
アリサが綺麗さっぱり消え去り──その破壊の渦によって、おれとセーラは、もとの世界に吹き飛ばされた。
〈紫ガ城〉の入口に弾きだされたおれの右手から、〈魔滅の大槌〉が飛び。
天井にめり込んでしまった。
「……天井、高いな。30メートルはあるか? あとでミシェルにとってきてもらおう。ん?」
新手の気配がする。
視線を転ずると、生意気そうな若造が歩いてくるところだった。
その姿は──
「【消滅卿】か? 本物の? まさか、てっきり、アリサ一派によって消されていたかと思った」
セーラがくすくすと笑って。
「あいつ、モブ敵のふりして、逃げのびていたのよ」
おれもモブ敵役をやったことはあったが、そんな卑怯なことはしていない。
というか、【消滅卿】の奴。おれと妹がアリサを滅ぼすのを、安全な場所から隠れて見ていたのか。
でなければ、このタイミングでは現れることはできないだろう。
で、【消滅卿】がほざいた。
「いいか! よく聞け! いまとなっては、僕こそが、正統なる魔王だ! なぜなら、ほかの幹部はみな死んだ! そして、お前たち兄妹は、幹部ではないからだ! 僕だけが生き残った幹部であり、そして──」
天井にめりこんでいた〈魔滅の大槌〉が、ずるっと落ちた。
そして喚いている【消滅卿】の頭頂部に着弾。
ぐちゃりと、その頭部が潰れた。
「……これが本当のディレイ(遅延攻撃)だな」
〈滅却絡繰り〉、使っておこー、と。