奴隷地区のアジトに侵入せよ
見回り男が曲刀を振り上げた。
俺に向かって勢いよく振り下ろしてくる。そのタイミングで俺は立ち上がり、曲刀を右腕で受け止める。
もちろん『異次元緩和』能力を使っているから、怪我をすることはない。
「はあ!?」
見回り男が驚く。そりゃそうだろう。普通の人間はそんなことできやしない。
受け止めた曲刀の刃を左手で掴む。
すると男は曲刀を持っていない左手で、俺の顔を殴ってきた。
ーー両利きなのかあ。便利そうだなあ。
などと呑気なことを考えながら、男の拳を『異次元緩和』を使って顔に当たる直前で止める。
「な、なにがどうなってんだ……」
おそらく手応えがなかったのだろう、男の顔には明らかに困惑したような表情が張り付いていた。
「まだ殺さないのか? もったいぶらなくていいんだぞ」
我ながら、クサいセリフだと思う。
あまりにもクサすぎて、自分でも笑ってしまいそうだった。
左手で掴んでいる曲刀を離してやると、男の腕が勢いよく後ろに退いた。どうやらさっきから思いっきり引っ張っていたようだ。
『異次元緩和』を使っていると、どのくらいの力で引っ張られているのか分からない。こっちはまったく力を入れずとも、相手の力を無効化してしまうことができるからだ。
「ぎっ……、ぐっ……」
見回り男は言葉が出てこないようで、なにやら呻いている。
まだ混乱は続いているだろうが、俺を攻撃することをやめる気はないようで、また曲刀を振り上げた。
「ぐおお!」
俺の頭めがけて振り下ろしてくる。
今度は庇わなかった。
俺の頭に達する寸前で、曲刀の刃がぴたりと止まる。
「くそっ、なんなんだよお前! 笑ってんじゃねえ!」
見回り男が叫んだ。俺自身は気づいていなかったが、俺は今笑っているらしい。
俺は右手の人差し指を立てて見せた。
「指一本」
「あ?」
「俺は殺すつもりはないから、これで耐えられなくなったら逃げてくれ」
人差し指を見回りデブの腹に当てる。そしてズズズ、と押し込んでいった。指の周りに『異次元緩和』を使っているから、腹と接触はしていない。
見回り男の顔と、腹が歪んでいく。人差し指に押し込まれた部分を中心に、闇が広がっていく。
見回り男の顔から汗がダラダラ垂れていた。
俺の頭から曲刀が離れる。と同時に、地面へと落ちていった。男の両腕が力を失ってだらりと垂れた。
「ぐぼぼ……」
男は白目をむいて、口から泡が吹き出ていた。
「逃げろって言ったのに」
人差し指を引き抜く。男の体がどさっと倒れ、代わりに土が舞い上がった。
俺はこの見回りデブを殺すつもりもなければ、気絶をさせる気もない。
「大丈夫か?」
返事はない。しかし気絶は免れたようで、男は息を荒くして、俺を見た。まるで人間ではない化け物を見た時のような、困惑と恐怖が入り混じった目に見えた。
「んはぁ……、はぁ……。ぎ、づ……」
何を喋りたいのか分からないが、とにかく何か言いながら、両足を交互に地面に擦り付けて動かしていた。
俺から遠ざかろうと必死になっている。
ようやく逃げる気になったようだ。
俺はじっとその様子を見守った。
やがて男はおぼつかない足で立ち上がり、何度も倒れそうになりながら走ろうとしていた。
俺は殴られて倒れていた女の子の方を見る。今は座っていた。
「家に戻ってな」
俺が言うと、こくんと頷いた。俺も頷き返して、見回り男の後を追った。
見回り男を気絶させたくなかったのには理由がある。俺は男に、どうしても逃げて欲しかったのだ。
なぜなら、見回り男が逃げる場所として考えられるのは、自分の家かアジトだからだ。だが自分の家に逃げるのは愚行だ。
普通は仲間がいるアジトの方へと逃げる。すぐに報告できるし、追いかけられた時に助けてもらえる。
歩いて見回り男の後をつける。男は城壁に沿って進んでいく。
城壁は空から見ると円形になっていて、今は教会から見ると北側あたりにいると思われる。
その城壁のとある部分。壁の少し手前の下側に洞穴のようなものがあり、見回り男はそこに入っていった。
そこがアジトなんだろうか。判断が難しい。
中にどれくらい人がいるか分からないが、入ってみる価値はある。
穴の中はまず階段があり、両側の壁には数メートルおきにランプが設置されていた。しかしそう明るくはない。
男の姿は見えなくなっていて、靴音もしない。
俺もなるべく音をたてないようにして階段を進んでいった。
階段を降り切ると、直線が続く。
少し遠くの方にかなり明るい場所が見えた。話し声もする。聞いた感じでは三、四人といったところか。
三、四人なら問題ないか、と思って明かりに飛び込んでみる。
「多いな」
十人はいた。みんなガタイがいい男だ。
部屋のような空間の真ん中にでかいテーブルがあり、その側に二人の男が座っている。
そのうちの一人の男の前に、さっきの見回り男が、腹を手で押さえてうずくまっていた。
あとはみんな立っている。
「なんだお前はコラ。ここがどこだか分かってんのかコラ。おぉコラ」
一番手前に立っている男が顔を近づけながら凄んできた。
何か言い返そうか、それとも無視するか考えようとしていた時に、見回り男が俺を指差した。
「こいつ、こいつでっさあ! 剣もなんも効かん奴!」
すると見回り男のそばで椅子に座っていた男が俺を睨んできた。
見たところ、こいつがボスのようだ。
コラコラうるさい男を手で押しのけて、部屋の中を進む。ボスっぽい男とテーブルを挟む形で立つ。
テーブルの上には酒と硬貨が乱雑に置いてあり、真ん中にランプが据えられていた。
部屋の中はいくつか小テーブルがあり、その上にもランプやコップ、皿、チラシのような紙などなどいろいろな物が置いてある。
「なんや兄ちゃん。ここはワシらの寝床みたいなもんやでな。兄ちゃんが来るような場所やないで」
ボスっぽい男が言った。
変な訛りがあるが、理解できないことはない。
「少し話が聞きたい。あんたがボスか?」
「ボスってほどやないけど、仕切ってるのはワシやな」
じゃあボスだな。
ボスは隣に座っている男に「水出したれ」と指示する。隣の男は素直にそれに従った。
「ほんで、話ってなんや」
「ジャチャのことなんだがーー」
話をしながら、コップに水を入れる男の行動を注視した。水を入れた後、茶色いビンから液体を注いでいる。ビンにはガイコツマークが描かれている。
「ジャチャっていうのはどういう場所なんだ?」
言い終わると同時、テーブルにコップが置かれた。中身は透明な液体。
しかし明らかに水ではない何かを入れられている。毒か、あるいは別の何かか。まあ毒と思っていいだろう。
「どういう場所って言われてもなあ。まあその前に水でも飲んでくれや」
ボスが水を勧めてくる。ボス以外の男たちは俺の行動を見守っていた。
「タダか? 金は持ってないんだが」
訊くと、ボスが笑った。無料だと思っていたら有料スープだったという惨たらしい事件が最近あったから、少し警戒するようになっているのだ。
「当たり前や。水なんかで金取らんがな」
「それならありがたい」
俺はコップに手を伸ばした。
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