ジャチャ 奴隷特区にて
ジャチャはカルチアの一部で、教会のある場所である広場からは北東方向にあるらしい。神父のじいさんがそう言っていた。
教会の仕事はほったらかしてジャチャへ向かうために教会を出たが、城壁の中が騒がしいことに気づいた。
城門の警備兵に栄誉紋章を見せて中に入る。中に入れるのは貴族と通門許可証を持つものだけだ。
警備兵たちはまだ俺のことを良く思っていないらしく、苦々しい顔で敬礼していた。
まあ無理もない。彼らの仕事を一瞬で否定したようなものなんだから。
城壁の中に入ると、そこはカルチア城地区と呼ばれる地区に入る。芝居ジジイのクルジ殿がこの地区の長だ。
喧騒がする方へと向かうと、かなり多くの人だかりが出来ていた。百人はいるだろうか。
何か面白いことでもやってるのか確認したくなった俺は、人だかりのある方に歩を進めた。
「早くやれ!」
「無能に罰を!」
とみんな思い思いに叫んでいる。吐いている言葉はどれもこれも汚い。
彼らの見つめる先を見ると、一人の兵士らしき男が高台にいた。
首には縄がかけられていて、その縄は彼の真上にある棒の上を経由して高台の横にある鉄製の装置に繋げられていた。
遠くて男の表情まではわからない。しかし何をやっているのかはなんとなく分かる。おそらく死刑ショーなのだろう。村にこんなゲスいショーはなかったが、簡単に察しはつく。
「おや、オリバじゃないか」
シンシアだった。相変わらずビシッとした恰好である。外を歩いているシンシアは誰がどう見ても片付けられない女には見えない。
「シンシア。ちょっと騒がしかったから見にきてみたんだ」
「死刑ショーに興味があるとはな。君も意外に庶民派なんだな」
庶民は死刑ショーが好きなのか?
「好きなんじゃなくて、騒がしいから見にきたらたまたまやってただけだ。あいつは何かやったのか?」
「……いいや。何もやっていない」
シンシアは含みがあるような言い方をした。
俺は首を傾げる。
「うん? 何もやってないのになんであんなことになってるんだ?」
「あの男はカルチアの外で警備を行う城外警備隊の隊長だ。今回、ゴレムを撃退することができずに地区内に侵入させてしまった。つまり何もやっていないから、死刑になった」
なるほど。責任を取らされた形か。異常なほど重い責任だな。
それにしても観衆の罵倒がうるさい。「死ね」だの「痛めつけろ」だの叫び続けている。しかもほとんどが笑っている。
「こうやって市民で最大限罵倒を送ってから刑に処すのが慣習なんだ」
「あまりいい気分じゃないな。俺は退散するよ。ジャチャというところにギムがいるらしいんだが、その場所について何か知ってたら教えて欲しいんだが」
訊くと、シンシアは俺から目を逸らして死刑台の方を向いた。
「……知らないな」
知ってるな。
とは思ったが、特に問い詰めるようなことはせずに、俺はその場を後にした。どうせそれ以上訊いてもまともな返答はないだろう。
「こほっこほっ……。なんだここ」
土埃がひどい。
管理されている特区、というからには何か囲いのようなものがあって、その中に居住区があるのかと思っていたが、それは俺の思い違いだった。
一帯は舗装もされていない単なる地面。
城壁のそばにぽつんぽつんと手作り感が溢れる家のようなものがある。
家のようなもの、は廃材やでかい布で作られている。しかしどれも汚く、それにいびつだった。
俺が育った村でもこれほど汚い家はない。村からカルチアにくる途中でも見たことはなかった。
周囲を見る限り、人は歩いていない。俺一人だ。どう見ても管理されているようには見えなかった。
近くの家の中から一人の小さな女の子が出てきた。六、七才くらいか。褐色肌のように見えるが、服も肌も見るからに汚れていて同化してしまっている。
女の子は俺を見て、一瞬びくっとなったが、その後うつむき加減でタタタッと走っていった。
その女の子はまた別の家へと入っていった。家といっても廃材を布で覆っているだけだから、誰でも出入りできる。
それからものの数秒でまたさっきの女の子が出てきた。今度は手にパンを持っている。女の子は俺と全く目を合わせようとせず、また元の家に戻っていった。
すると、女の子が出てきた家から、また別の女が出てきた。
今度は見知った顔だ。金髪、青と白を基調にしたワンピース型の服装。ギムだった。大きなリュックを背負っている。
彼女は俺を見て目を丸くした。
「オリバ、どうしてここに?」
「神父から聞いて、ちょっと来てみた。ギムはなんでここにいるんだ?」
「食料、配ってた。ここに住んでる人みんな、お腹すかせてる」
恵んでいたってことか。おそらく俺の時と違って無料の奉仕だろう。教祖らしい善行だ。
実は、少し違和感を覚えていたことがあった。ギムは人を助けたいと言っていたのに、ゴレムに壊された場所の復興などは手伝おうともしていなかった。それについてかなり疑問だったのだが、今目の前で行われていることを見ると、その疑問は解消された。破壊された建物よりももっと酷い目に遭っている人たちがいるのだ。
俺はギムに近づいた。
「なにか手伝おうか」
「ギム様、帰る。時間ない」
忙しいのか知らないが、ギムはそれだけ言って、俺が来た方向へと走っていった。信者らしく教祖様の手伝いでもやろうかと思っていたのに。
そんなギムの背中をぼーっと見ていると、目の前の布が開いた。
「わっ。あなたは?」
痩せ細ったおばさんだった。先ほどパンを持って走った女の子と同様に、褐色肌の上に汚れた服を纏っている。サイズが合っていないのか、片方の肩からずり落ちている。
おばさんが開いている布の隙間から家の中が少しだけ見えた。
小さなテーブルと、おそらくベッド代わりのシーツ。シーツの下に何が入っているのか分からないが、少しだけこんもりしている。
さらに数人の女の子が身を寄せ合ってパンを食べていた。誰も何も喋っていない。ひたすら小さな手でパンを掴んで頬張っている。
「俺は……ギムの友達というか、信者というか」
「信者? ここで何を? もうすぐ見回りが来ますから、早く帰ったほうがいいですよ。じゃあ私はこれで」
おばさんは俺の横を通り抜けて去っていった。また別の家へと入っていく。
「見回りか……。それでギムは時間がないって言ってたんだな」
どうやら見つかったらまずいらしい。見回りの時間を把握して、その間にこっそりと食料を分け与えているのだろう。
周囲を見渡してみたが、まだ見回りは来ていないらしく、人っ子一人見当たらなかった。
「俺も帰るか」
食料を持っていない俺がここにいても仕方がないので、教会に戻ることにした。
歩きながら、少し考えた。
都会っていっても、いいことばかりじゃないな、と。村には食料に困っている人はいなかったし、そもそも奴隷なんて言葉とは無縁だった。
そうして村について思い出しながら、ジャチャを出ようとした時だった。
「早く出て来い」
と男の野太い声が背後から聞こえてきた。
振り返ると、さっきギムが出てきた家の前に一人の男がいた。身長も腕回りも腹もでかい。
左手にでかい曲刀を持っている。
家の中から幼い女の子が一人出てきた。
裸足。いや、下半身は下着しか身につけていない。
彼女は家から出てくるや否や、太ももの前に拳を置いて、下を向いて男の前に立った。
「言うこと聞けねえのか! そろそろ学習しろよ、ぶち殺すぞ!」
男が右手で女の子の頬を殴った。
衝撃で女の子がふき飛んで地面に倒れた。
その様子を見て、俺の足は勝手に動き出していた。
もちろんその二人の方へだ。
俺ってこんなに正義感強かったっけな。
近づいていくと、男が俺に気づいた。
「なんだ、おめえは」
俺に向かって言っているのは分かっていたが、無視して倒れている女の子のそばにしゃがんだ。
女の子は静かに泣いている。かなり強く殴られたようで、鼻血が出ていて、頬も赤く腫れていた。
ーーひでえな。
それだけじゃなかった。顔や肩には青アザもある。
なんとなく状況は察せられた。
「なんだって聞いてんだよ! 殺されてえのか!」
よく喚く男だ。生まれた時はさぞうるさかったろうな。
「はぁ……」
俺は小さくため息をついて、男の方を見た。
「そうだな。殺されてみたいね」
さすがに煽りすぎかな、とは思ったが、効果はかなりあったようだ。
男の顔がみるみるうちに紅潮していく。曲刀を持っている手が怒りでぷるぷる震えている。
「て、てめえ……」
男が曲刀を振り上げた。
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