閑話 後輩は先輩の恋を語らう
紗央莉と織江の女子力アップ特訓が始まって二週間が過ぎた。
二人は毎日自宅でもメイクと料理の練習をして、どうやら様になって来た様だった。
「飯野、今日のは何?」
日曜日の河雪学園。
朝練の為集まったバスケ部員達、練習が始まる1時間以上前に部室に集まったのは訳があった。
「今日は野菜炒めですよ」
「旨そう!」
「本当に!」
美愛が持参して来たクーラーボックスから取り出すタッパーに群がる部員達。
その野菜炒めは昨日紗央莉と織江が美愛の家で作った物の余りであった。
美愛は毎回二人が練習した料理の残りをこうしてバスケ部のみんなに振る舞っている。
もちろん二人には内緒、バレたら般若の形相で怒られるのは必至。
しかし二人の料理を自分だけ食べるのは悪いと思った美愛の気持ちであった。
「さあ召し上がれ」
部員内に置かれているレンジで温められた野菜炒め。
我先に部員達は野菜炒めを口へ運んだ。
「...美味しい」
「最高だぜ...」
「先輩の味...」
うっとりとした顔で野菜炒めを味わう部員達、それを満足げな顔で美愛は見ていた。
バスケ部の部員達は皆、紗央莉と織江のファン、いや信者と言ってもいい。
無名だった河雪学園のバスケ部を中等部から強豪にし、更に高等部ではインターハイ優勝の快挙を成し遂げた偉人なのだから。
「これなら十分じゃない?」
「そうですね、後は色々なメニューをこなせば良いと思います」
史佳の言葉に頷く美愛。
最初は危なっかしかった包丁使いも最近では様になって来た二人。
調味料の使い方や調理法もだいたい理解した、その成長に美愛は確かな手応えを感じていた。
「凄い進歩だな」
「そうですね、弥山科さんの方はどうですか?」
「こっちも順調よ、二人の熱意が凄いから」
感心した様子の史佳が携帯を取り出す。
彼女自身二人のメイクに対する真摯さに驚いた。
自宅でも雑誌や動画で研究し、質問をしながら取り組む姿勢に、史佳は二人を改めて見直したのだった。
「因みに、これが昨日送られて来た写真よ」
「こ...これは!」
「はぁ...たまらない」
「スッピンも素敵だけど...これも堪んないわ」
史佳の携帯を食いつく様に見つめる部員達。
その画像は紗央莉達が自宅で行ったメイク。
二人は自分のメイク写真を史佳の携帯に送り、その出来映えと改善点のアドバイスを教えて貰っていた。
これも紗央莉達には内緒だった...
「来週か...」
「そうですね、後は結果を待つだけです」
史佳と美愛の言葉に部員達も頷く。
秘密にしていた紗央莉と織江の恋。
しかし、それは既に部員達全員が知る所であった。
何しろ二人は目立つ。
学園内の学食はもちろん、例え隣の市であっても紗央莉と織江を慕う部員達からすれば、張り巡らされた情報網から何があったのか直ぐに分かってしまうのだ。
「...にしても紗央莉先輩と織江先輩を男と間違うなんて」
一人の部員が吐き捨てる。
彼女からすれば、神の如く崇めている二人が受けた屈辱は到底赦せる物では無かった。
「まあ...でも私服だったからね」
「確かに」
女性にしては大柄な二人、そんな彼女達に、なかなか合う婦人服は無い。
その時も着ていた服は男物だった事も当然知っていた。
「当日はどんな服装で行くつもりなのかな?」
「制服を着ていくみたいです」
「そっか、それが無難だな」
史佳は先日、紗央莉達から聞かれたのだ。
どんな格好が私達に似合うのかと。
洋服の選定は難しい、下手にアドバイスをして、告白目的である事を史佳が知っているのがバレても大変。
史佳は当日に二人がするであろうメイクから想像し、制服を薦めた。
結局の所、学校の制服ならば女性としての魅力が一番映えると判断したのだ。
「先輩、あまり女性の服を持ってないのよね」
「まあ186センチの織江先輩と182センチの紗央莉先輩だから、着れる女性用の服が余り無いです、あっても高価だったり、デザインが微妙な物ばかりだから」
「あの体型も素敵なんですけどね」
部員達はウンウンと頷く。
数人の部員は似合いそうな服を買って、二人にプレゼントしようと企てたが、それは史佳に止められた。
「それじゃ最後は」
「彼等の情報ですね」
それは山口政志と稲垣充に関する情報。
彼女達が仕入れた目撃談から、山口達二人は海皇高校の生徒である事は判明していた。
「分かったか?」
「もちろん、兄貴から聞いたよ」
一人の部員が携帯を取り出す。
彼女の兄は海皇高校の三年、もしかして山口達を知っているのではないかと思い聞いてみたのだ。
「この人が山口政志君で、こっちが稲垣充さん」
携帯には笑顔で映る山口政志と稲垣充の姿があった。
偶然にも彼女の兄と山口達は同級生で友人だったのだ。
「ほう...」
「これはなかなか...」
「でしょ?二人共有名らしいわ」
全くタイプの違う山口政志と稲垣充。
しかし二人は中学の頃から親友で、友人も多く学校の人気者であった。
「で、この二人に彼女は居るの?」
「居ないそうよ」
「「「「「...良かった」」」」」
安堵の空気が部室に漂う。
いくら紗央莉達が女子力を発揮しようと、山口達に恋人が居ては先に進めないのだ。
「そこを聞かないなんて、先輩も一番肝心な所なのに」
「聞けなかったが正解だと思います、何しろ二人共男性に全く免疫がありませんから」
「そうだな」
「うん」
「私も」
男子と接点を持つ事なく来た紗央莉と織江。
彼女達の青春は全てバスケと共にあった。
そして引退した事で今回の運びとなったのは想像に難くない。
「...いよいよ決戦です」
美愛の目に力が宿る。
大好きな二人の先輩達が挑む決戦、幸せになって欲しいと考えるのは当然。
「今回は単に女子力を披露するだけでしょ?」
「それで済むかな?」
史佳が部員の言葉を否定する。
彼女も紗央莉達の強い決意に感化されていた。
「それって?」
「そのままの勢いで告白を...」
「「「「「いや無理無理!」」」」」
部員達は笑って否定する。
しかし美愛と史佳は勇気を振り絞り、立ち向かう紗央莉達の姿を想像していた。