第2話 頼むぞ後輩達!
どうやって女子力を上げるか。
この命題に立ち向かう為、紗央莉と話し合いを重ね、一つの結論に達した。
『後輩達の力を借りよう』
これしか無い。
親に言ったところで馬鹿にされるだろうし、かと言ってプロの手を借りる程のお金も、時間もない。
見栄えの良い同級生は頼れない。
奴等と来たら男に目が無いのだ。
万が一、奴等が充様を見たらならば奪われかねない。
そうなったら私は奴等を半殺しにするだろう。
紗央莉も山口君を取られたら間違いなくすると言っていた。
実は私より紗央莉の方が怖い、みんなアイツの本性を知らないんだ。
そういう訳で私達はバスケット部の部室に一人づつ後輩を呼び出した。
三年の私達は既に引退しているが、一応はインターハイ優勝選手、なにかと顔が利く。
緊張していた後輩達だが、事情を話すと(ただ女子力を上げたいとだけ、充様達の存在は伏せた)、幸いにも皆快く協力をしてくれるとの事だった。
そして迎えた日曜日の昼下がり。
私は紗央莉と二人、スタンドミラーの前で化粧の練習をしている。
「タメだ...」
出来上がった自分の顔に項垂れる。
一体どうしてだ?
ちゃんと指示通りにした筈なのに...
「紗央莉そっちはどう...ってなにそれ?」
無言で化粧をしていた紗央莉。
その出来映えは...
「...上手く行かないわね」
紗央莉の手からファンデーションシーラーを塗っていたスポンジが落ちる。
なんと言っていいのか...
「二人とも、お化けみたいですね」
「...グっ」
「あぁ...」
容姿ない女の言葉が胸を抉る。
呆れ顔で私達を見ているコイツは
弥山科史佳、バスケ部の一年後輩だ。
いつも史佳は制服を軽く着こなし、時折化粧までしていた。
周りは全員女なのに無駄な事をと思っていたが、今回の事で私達は史佳を頼ったのだ。
「史佳、そんな事言わないで、ちゃんと言われた通りにしたんだから」
紗央莉が勇敢に言い返す、しかし止めた方が良いぞ。
「山井先輩、どこが私の指示通りなんですか?
Tゾーンにって言ったけど、塗りすぎです。
鼻筋の色が際立ってモアイ像みたいになってるじゃないですか」
「そ...それは...」
確かに史佳の言う通りだ。
さっき史佳がやった手本とまるで違うな。
「郷田先輩もです。
アイラインを描きすぎで、それじゃエジプトの壁画ですよ」
「げ...」
それは分かっているんだ、でも加減が分からんから仕方ないだろ。
「全く、リップ縫ったら口紅を唇全体に塗るし、どこのお化けかと思いましたよ」
「...ぐあ」
「ちょっと言い過ぎだぞ」
いくらなんでも、それは無いだろう。
こちとら化粧はどころか、お洒落その物が初めてなのに。
「いやなら止めましょう。
化粧品の試供品もタタじゃないので」
「そ...それは」
「織江、謝ろう」
「わ...分かりました、ごめんなさい史佳」
「分かれば良いのよ」
屈辱だ...いくら史佳の家が化粧品の代理店だからと言って。
「6年も男っ気が無いと、女はこうなっちゃうのか」
「五年と半年よ」
「小学校までは共学だったんだ」
「似たようなものでしょ?」
違うと言いたいが、そんな物かもしれない。
史佳は高校からこっちの世界だからな。
「二人共素材は良いんだから、スッピンで勝負したらどうです?」
「それはダメ」
「ああ、化粧は女子力の証だからな」
そこは譲る事が出来ない。
地顔で勝負出来る位なら、ずっと昔に彼氏の一人は居た筈だ。
『女は化ける』そう親父も言っていた、もっとも母に蹴り上げられていたが。
「二人とも二重瞼だし、鼻筋も通ってるからな...悪くないと思うんだけど」
史佳はしげしげと私達の顔を見る。
紗央莉は私より、ずっと綺麗だからな。
浅黒い私と違い、肌の色も透き通るような白さで、切れ長な瞳は女の私でさえドキッとする位だ。
まあ、それでも男と間違われたが。
「とにかく簡単なメイクにしましょう。
小学生でも出来る、お猿さんメイクです」
「ありがとう」
「すまん助かる」
なんだかんだ言っても見捨てない、可愛い後輩...って誰が猿だ?
ため息の史佳が再び私達に向き直る。
こうして三時間、みっちり練習を重ねるのだった。
「さて次は...」
練習用のメイク道具を借り、史佳の家を出る。
次なる女子力アップの為に頼んだ後輩は、
「飯野だ、バスケ部マネージャーの飯野美愛」
「そうだった、美愛は料理が得意なのよね」
「ああ、いつもクラブ合宿は炊き出し担当だからな」
家が食堂を営んでいる美愛は小さい頃から店を手伝っていたそうだ。
それで自然と料理の腕が身に付いたらしい。
やはり環境は大事だ、私なんか台所に立った記憶すらない。
いや、昔あったな。
インスタントラーメンに入れるネギを切ってて指をザックリ行ったんだ。
それ以来、母親は私に包丁を持つ事を禁じた。
もっとも最近は、少しくらい料理を手伝いなさい、とか言ってるが。
それより美愛は毎日自分で弁当を作っている。
少し分けて貰った事があるが、実に旨かった。
「ここね」
「なるほど、食堂だ」
到着したのは飯野の自宅、1階が店になっており、看板に飯野食堂と書かれていた。
飯野に指定された時間は店が休憩になる午後2時、それから夕方の営業が始まる午後5時までが私達に許された時間となる。
「先ず二人の実力を聞きますね、山井先輩料理は?」
食堂の厨房でエプロン姿の飯野から質問が来た。
紗央莉の料理か、聞いた事ないな。
「ご飯を炊く位ね」
紗央莉はご飯を炊けるんだ、やるな。
「それは料理と言いません」
飯野は呆れているが、ご飯は主食だから炊けるのは料理じゃないのか?
「郷田先輩は?」
次は私か、嘘や誤魔化しは無しで行くぞ。
「袋のインスタントラーメンが作れるのと、後はサラダのドレッシングを掛ける位だな」
「それも料理と言いません」
「やはりか...」
アッサリ否定されてしまった。
「まずは包丁の持ち方から行きます」
「...はい」
当たり前だが、いきなり料理の実践とは行かない。
しかし地味な練習は嫌いじゃない、それが上達への早みちなのだからな。
こうして1時間、みっちり野菜を使って包丁の練習を重ねた。
「...包丁って難しいわね」
紗央莉がポツリと呟いた。
そういえば、紗央莉は包丁の切れ味に驚いていたな。
「山井先輩の家では包丁は使わないんですか?」
「家は包丁その物が無いからね」
「「え?」」
初めて明かされる紗央莉の秘密、それじゃご飯は一体どうしてるんだ?
「家は両親が共働きだから、殆ど外食か出来合いの惣菜よ、当然弟もね」
「なんだと?」
「それじゃ先輩の家って家庭の味が...」
「無いわね」
...そうだったのか、だから紗央莉は毎日学食を。
「だから、手作りの料理って憧れなの」
紗央莉は目を輝かせる。
なんて素晴らしいんだ!
私なんか胃袋を掴めば充様をゲット出来るんじゃないか、それしか考えて無かったのに。
「...分かりました」
飯野、なんで泣いてるんだ?
「私がみっちり指導します、山井先輩が自分の家庭の味を見つけるまで」
飯野はガッシリと紗央莉の手を掴む。
そういや彼女は私達に憧れて高校から河雪学園に入ったんだっけ。
「あ、ありがとう。
でも簡単な料理で良いからね」
少し紗央莉は引いてるな、そんな事ではダメだぞ。
「紗央莉、目標は高くだ」
「織江...」
「思い出せ、インターハイを」
「...そうだった」
二年前、インターハイどころか地区予選
の突破すらままならなかった河雪学園バスケ部。
中等部から高等部に上がった私達は予選突破を目標に掲げたんだ。
「必死に練習し、そして掴んだ栄光。
夢は叶う物なんだ!」
「郷田先輩、素晴らしいです!」
「ありがとう」
「気遣いが出来て、やっぱり郷田先輩も凄い...」
「そ、そうか?」
なんだか照れ臭いな。
「ええ、きっと素晴らしい伴侶に恵まれますよ」
「は...伴侶」
恋人を飛び越え、いきなり人妻?
「飯野、あまり織江を煽らないの」
紗央莉、何を言うんだ?
「気遣いは大丈夫だ、みつ...好きな人の為なら右を向けと言われたら生涯右しか見ないぞ」
「郷田先輩、それは気遣いじゃなくて、言いなりです」
「...あ」
違うのか?
充様なら、なんでもしてあげるのに、抱っこでも、おんぶでも。
そう、あんな事や、そんな事も、なんでも...
「ゴリエ、しっかりしなさい!」
「ブっ!!」
頬の激しい衝撃に我を取り戻す。
ありがとう紗央莉、でも少し力を加減してくれ。
「はあ...憧れの二人...こんなポンコツな所も素敵」
「失礼な、誰がポンコツだ!」
「ただ恋に一途なだけよ」
こうして女子力アップへの道を進む、タイムリミットは、後20日...