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56話 決闘を応援します -1-

「リーゼリット、僕はどうしたらいい。どうしたらいいんだ……」


 ──月日はもう、12月初旬。

 学園祭も無事に終わり、もうすぐ学期末テストの時期だ。


 私はテスト勉強をおこたらないようにしながらも、昼休みは学園祭前のときと同様に美術室で漫画を描き続けていた。

 もともと、ラドゥス王子との合作で描き始めた前人未踏(みとう)の漫画だったが、思いのほか大反響で続編の希望が多かったのだ。

 そんなわけで、テスト勉強の息抜きにも適しているとして、今日も私はラドゥス王子と続編に向けて伝記漫画を描いていた。


 だが、今日のラドゥス王子はどこかおかしい。

 消え入りそうな声で呟いていて、ペンは1ミリも動かさずにそのまま置いてしまった。


「僕はとんでもないことをしてしまった。いったい、どうしたらいいんだ……」


 私がさらに近くに椅子を寄せて、声をかけようとすると手で制される。

 声は遮られてしまったものの、なぜか私の片手を握られる。


「わからないんだ。なんでこんなことになってしまったのか……」


 私も何のことかわからないままなので、できれば単刀直入に教えて欲しい。

 その間にも、ラドゥス王子の独り言は続いていく。


「僕は僕自身がわからない。そなたにこうして慰めてもらいたがっている、愚かな王子になってしまった……」


 片手を握る力が少しばかり強くなる。

 これが本当に慰めになっているのかさえ、私には全くわからない。


「もうどうしようもないのか。こうなれば、潔く負けて終わりというのもありか……」

「負ける……ですか?」


 気になる単語が出てきたので、私は思わず口を挟んでしまった。

 そうすると、観念したかのようにラドゥス王子は話し出す。


「……そうだ。僕はサトゥール兄上に決闘を申し込んでしまったのだ──」


(決闘って、あの決闘よね。そう、あの決闘──)


「ええぇぇぇぇぇえええ~~!?」


 私は美術室で、思わず声にならない声で絶叫してしまった。



 *****



 話はリーゼリット誘拐事件から少し経過した後の、11月中旬に遡る。

 それは今日と同じように、シュジュアとターナルが手伝いに来ていない日のことだった。


 私はラドゥス王子から、こっそりと相談を受けていた。


「実は最近、ダリアン兄上とサトゥール兄上の論争が日に日に激しくなっているのだ。皆、止めようにも止められず常に緊迫した状態だ」

「ダリアン様とサトゥール様の論争ですか?」

「ああ。これでは、いつどちらかが剣を抜くかわからない状態だ」

「……それほどまでに、激しい論争になっているのですね」


 ラドゥス王子は、いかにも苦しそうに話す。


「僕は兄上たちの弟だ。どちらも大事な兄で、どちらも欠けてほしくはない。こんなときに、カドゥール兄上がいれば──」

「カドゥール様でも、どうにもならないときだってあるでしょう。あの、ラドゥス様?」

「なんだ? リーゼリット」

「絶対にお一人で、解決しようとなさらないでくださいね。私も、シュジュア様も、ターナル様もいます。そんなときこそ頼ってくださいな」

「……ありがとう」



 そうだ。

 ラドゥス第4王子は、ダリアン第1王子とサトゥール第3王子の私闘により命を落としてしまうのだった。


 ダリアン王子は、外祖父のロイズ公爵の失墜により権威が落ちてしまう。

 そこを狙ったサトゥール王子が、次期王太子の地位を狙って論争を起こしてくる。

 その論争が火種となって私闘がおこなわれるようになり、いざダリアン王子の命が危ないというときにラドゥス王子がかばうのだ。


 その後、ラドゥス王子は命からがらダリアン王子に国の未来を託し、サトゥール王子は唯一無二の同じ母の血を引く弟を亡くしたことで意気消沈する。

 この一件によって、次期王太子はダリアン王子にと決まるのだ。


 私はこの私闘を絶対に起こさせてはならない。

 愛しの推しが命を落とすなんて、まっぴらごめんだ。

 そう思って、相談を受けてからはラドゥス王子に事あるごとに伝えてきた。


【ダリアン様とサトゥール様の御二方に、絶対に剣を抜かせてはなりません】


【ラドゥス様が、絶対に命を投げ捨てるような行動などはしないでください】


【ラドゥス様からの説得によって、サトゥール様に王位を諦めさせて(・・・・・・・・)ください】


 我ながら踏み込んだ進言だと思うが、原作のような悲しい事故を防ぐためなのだ。

 これだけラドゥス王子と親交を重ねておきながら、いまさら不憫キャラがどうのこうのだなんて言っていられない。


 まるで、未来を見たことがあるかのような言葉にラドゥス王子は驚いていたが、建国記念祭で踊ったときに"天啓"について話していたせいか、私を疑ったりはしなかった。

 ラドゥス王子は、私の言葉を受け止めてくれて「わかった。僕のできる限り、そなたの言葉通りに努めよう」と言ってくれた。



 *****



 それがまさか、サトゥール王子とラドゥス王子の決闘ということになるなんて。


「なぜ、そのようなことになってしまわれたのですか?」


 私は口に出すのがやっとの声で聞く。


「ダリアン兄上とサトゥール兄上が、再び論争になったときのことだ。口論だけで済めばよかったのだが、そのときはいつもよりも白熱化して、サトゥール兄上が近くにいた者に剣を持ってこさせて抜こうとしたのだ」


 私はただ頷いて、話の続きを聞く姿勢を保っている。


「さすがに私闘は危ないと割って入ったのだが、サトゥール兄上は『ラドゥスは退いておけ』と言って、僕が説得しようにも聞いてくれやしない。そんな兄上にれた僕は、その場をいさめる手段を早まったばかりに決闘を申し込んでしまったのだ」


 これは流れゆえに、仕方のなかったことなのだろうか。

 大幅な原作改変を目指してしまったばかりに、このような形で歪みが生じてしまったのかもしれない。

 よりによって、王子同士の決闘だなんて。


 だがこれは、ラドゥス王子の死を防ぐチャンスかもしれない。

 この小説バイブルの中での決闘は、あくまで名誉のためのものであり、死闘とは結びついていない。

 私闘よりははるかに、死傷率は低いかもしれない。


 そうと決まれば、まず準備だ──。


「ラドゥス様、決闘のお日にちはいつでしょうか?」

「今から、約一ヶ月後の1月8日だ」


 一ヶ月の余裕があるのなら、少しは勝利する余地があるかもしれない。

 サトゥール王子は王子たちの中でも武芸の才能に秀でているが、可愛がっている末っ子のラドゥス王子に殺気までは放てないだろう。


 それにサトゥール王子が憎んでいるのは、今は亡き兄のカドゥール第2王子を始末したロイズ公爵家の血筋だ。

 ラドゥス王子に決闘を申し込まれて、さぞかし動揺しているに違いない。


「それでは、ラドゥス様。申し込んでしまったものは仕方ありません。決闘に向けて準備をいたしますわよ!」


 私はラドゥス王子に握られていた、片手を強く握り返して天に伸ばした。


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