38話 交流会に参加します -1-
馬車の中でいきなり"魔法使い"の始祖、聖ワドルディと邂逅するとは思わなかった私は、また私室のベッドの中でうんうん唸っていた。
まず──。
聖ワドルディは、私が転生者であることを知っていて、前世の"わたし"の存在を理解している──!?
この時点で既に異例だ。
小説の中の存在が、転生者の存在を知っているなんて。
それに、"大魔法使い"聖ワドルディが引きこもっている理由が、なんだか小説と違うな~と思っていたら。
そのうえ──。
聖ワドルディは、前世の姉である由香里(ユカリ)と、仲の良かった関係──!?
そもそも小説で、"愛しい人"を思って偲ぶ姿なんて書かれてはいなかった。
それに小説では、とある事件とリーゼリットのポンコツ行動のせいで更に魔力が弱っていたので、"大魔法使い"たる威厳がないに等しかったのだ。
──あきらかに、小説の世界観とは違ってきている。
そして、私はこの小説は姉が執筆したものであり、挿絵を"わたし"が描いたものであることを思い出した──。
どうりでリーゼリットではなくて、"私"が絵を描けるわけだ。
顔や表情に詳しいのも、"わたし"であったころの名残に近しいのだろう。
つまり、原作者は前世の姉で、この世界を創造した神様は前世の姉といって等しい存在かもしれないということだ──。
今まで原作を愛している気持ちが強すぎて、原作改変に罪悪感を感じていたところも少しばかりあったが。
──この世界の神様が姉だとしたら、いまさら原作改変に怖気付いていても仕方ない。
聖ワドルディは、私の"魔法使い"の力を引き上げる能力を"聖なる乙女"と言っていた。
私の類稀なる異能は、既にこの世界で存在していたのだ。
ならば、その"聖なる乙女"とやらの力を使ってでも、推しを不憫な運命から救ってみせようではないか──。
幸い聖ワドルディが去っていく前に、私は紛失したとされている、とある"ホープ"の場所を知ることができた。
小説では簡略化されて書かれていて、実際の場所は知りえなかったが今は違う。
──これで推しの一人の………シュジュアの運命を変えられるかもしれない。
次にやることも決まったわけだし、原作改変もやるからにはやり遂げてみせるわ。
原作を愛しているからこその、私が思うハッピーエンドをお姉ちゃんに見せつけてやるわよ。
小説のマリウス様ルートでは『まさか親類が、犯人であったとは』としか書かれていなかったから、次にどう動くべきか困っていたのよ。
キュール公爵家が見失っていた"ホープ"の場所も判明したことだし、現地調査をして内部潜入するわ!
私──リーゼリットは、次の目標に向けて行動を開始した。
*****
私は学園での空き時間に、いつものようにシュジュアに勉強を見てもらっていた。
その際にシュジュアに、私が発案した潜入方法をこっそり尋ねてみることにした。
「シュジュア様。私、元・キュール公爵令嬢のモジュール伯爵夫人に刺繍を習いたいのですが」
「今度はいったいなんだ!? リーゼリット嬢、君は最近忙しすぎないか?」
情報収集で忙しいはずのシュジュアに、私の多忙についてを追及されてしまった。
その表情には、心配の色が窺える。
「確かに最近忙しいですね。でも、やりたいことがたくさんあるので」
「俺が知っているだけでも、君は勉学・漫画・歌唱に励んでいる。そのうえ次は、刺繍!? なんでもかんでも、やりたいことを詰め込めばいいというものでないんだ」
確かに過労で倒れてしまうシュジュア並に、最近はいろいろと手を出しすぎているかもしれない。
いつもなら忠言を聞きたいところだが、今回ばかりは譲れない。
「でも、こればかりは譲れないんです。モジュール伯爵夫人に刺繍を習った方がいいという"お告げ"があったんです」
「どんな"お告げ"だ!? 最近、"天啓"に関する言動が、どんどん雑になってきてはいないか? ラドゥスではないが、反論が止まらなくなってくる」
このままでは許可してくれそうにないので、埒が明かない。
仕方なく、本当のことを少しだけ言うことにする。
「実はさらに"天啓"がありまして、シュジュア様がずっとお探しになっているものが見つかりました。その手がかりが、モジュール伯爵家にあるんです」
「──!! 俺のずっと探していたものが、モジュール伯爵家にあるだと!? リーゼリット嬢、いったい君はどこでそれを──」
シュジュアは、今までにないくらいに驚いた表情をしている。
ならばここで、もう一押ししなければ。
「急がなければ、とんでもない事態に発展するかもしれません。その前にシュジュア様が、探し物を取り戻すべきです」
「……………」
シュジュアは、あきらかに動揺している。
ずっと隠れてひたすらに情報収集してきた案件の糸口が、まさかただの侯爵令嬢から見つかるなんて思いもしていなかったのだろう。
あまりの驚きに、すぐには返答できないでいるようだ。
「別に今すぐ、返答してほしいとは言いません。シュジュア様もお忙しいでしょうし。ただ、急いだほうがいいのは確かです」
私はそれだけ言って、先程の勉強の続きを再び開始しだした。
*****
「──で。結局、俺も来てしまったわけか。刺繍交流会……」
「僕も参加してよかったのでしょうか? 正直、刺繍は初めてなんですけど……」
「私だって、決して刺繍は上手い方ではないわ。だから、こうして堂々と学びに来たのよ」
シュジュアは流石に男性での一人参加は心苦しかったようで、助手のジオも連れてきていた。
私もその気持ちはわかるので、ジオの同伴については何も言わないでいた。
ちなみに、私の監視員である侍女のジェリーは、今日は一緒には来てくれなかった。
モジュール伯爵家で、定期的に開催されている刺繍交流会。
その名の通り、刺繍を通して人同士の関係を深める会だ。
女性を中心に少人数で開催されているこじんまりとした会だが、モジュール伯爵夫人の人柄もあってか少なからず人気を誇る。
刺繍界隈では知る人ぞ知る、参加者希望が毎回絶えない交流会だ。
私が侍女を通して独自に調査を行った上で、これが一番無難な潜入方法であると考案した。
刺繍にそれほど自信はないが、手っ取り早く屋敷に入ることができるならそれに越したことはない。
モジュール伯爵夫人は、現キュール公爵の妹にあたる人だ。
シュジュアにとっては叔母にあたり、今でも少なからずの交流はあるらしい。
そんな方を疑わなければいけないのは心苦しくはあるが、聖ワドルディが指し示した方角にあった屋敷がここである以上探らないわけにはいかない。
それに、小説に書かれていた記述によって、身内が犯人であることは確定しているのだ。
シュジュアは忙しい中、モジュール伯爵夫人との連絡を取ってくれて、私は無事に刺繍交流会への参加が許可された。
そして、シュジュア自身も、この刺繍交流会への参加を決意してくれたようだ。
これにより私、シュジュア、ジオは、モジュール伯爵夫人の刺繍交流会を通して、モジュール伯爵家に潜入することになったのであった。




