20話 お茶会に参加します -2-
"劇画調"──。
ラドゥス王子の絵は本当に独特だった。
だが、それをそのまま言葉にして申し出るのは恐ろしく、私は命を大事にしたかった。
「……ラドゥス様の絵は個性が溢れ出していますわ。素敵でしてよ」
(思わず、上から目線な言葉になってしまったわ! ラドゥス様に叱られるのは苦手なのよね。また嫌われてしまうかしら)
猪突猛進モードになりやすい私が、これだけラドゥス王子にビクビクしているのは甚だ疑問である。
「個性、個性か……」
ラドゥス王子は、顎に手を当て考えている素振りをする。
「僕は悩んでいるんだ。このまま己の画風を貫くべきか。……画風を変えるべきか。そなたを呼んだのは、その為だ」
「画風を変える……ですか。そのような決定権を私に委ねてもよろしいのでしょうか?」
「別に構わない。率直な意見を聞きたい」
『何故私にそれを聞きたいと思ったのでしょうか?』と言いたかったが、ラドゥス王子が既に意見を聞く姿勢に入っているので、心の中に留めておくことにした。
「画風は……簡単には変えられません。画家の中には器用な方もいらっしゃいますが、自分にとってしっくりくる画風というものがあります。でしたら……」
「……だったら?」
「画風がしっくりくるような描き方を選ぶのです。ラドゥス様は伝記などを描くのに向いているのではないでしょうか?」
ラドゥス王子は驚いたように目を見張る。
「伝記だと? どのようにだ?」
「挿絵や漫画を描いてみるのはいかがでしょうか?」
「挿絵はわかるが……漫画とはなんだ?」
(まさか、小説に漫画が実装されていないなんて!? どうしましょう? どう説明すれば……?)
私は、内心おろおろする。
漫画が実装されていないのならば、こうなったら──。
「私とラドゥス様で合作しましょう!」
「合作? リーゼリット、そなたとか?」
「はい、やってみましょう! その際に、漫画とはどのようなものかをお教えしますね!!」
こうして、ラドゥス王子と私──リーゼリットは、昼休みの時間に伝記漫画を描くことが決定した──。
意外にも、ラドゥス王子と一緒に漫画を描く関係は長く続いていた。
ラドゥス王子は、私からの教えを嫌ったりはしなかった。
私の教えを素直に受け止め、ラドゥス王子の漫画の描き方はメキメキと上達していった。
尊敬に値する人物を様々な場面で描き出すことが楽しくなってきたのか、ラドゥス王子は夢中になって描いていた。
現在も漫画の続きを描いているラドゥス王子に、以前湧いた疑問を尋ねる。
「そういえば、何故画風につきましてラドゥス様は、私に判断を一任したいと思ったのでしょうか?」
「うん? ……そうだな。そなたは非常に絵が上手いだろう」
「お褒めいただきありがとうございます。……他にも、何かございますでしょうか?」
「そなたなら……そなたなら、助言をくれる気がしたのだ。シュジュアやターナルにも、物怖じしないところを見てな」
(私の助言なんて。むしろ画家としてのスタイルを変化させてしまったのに……)
単純に褒められて嬉しい気持ちと同時に、ラドゥス王子の画家としてのスタイルを変化させてしまった罪悪感が入り混ざる。
私のその表情を見て取ったのか、ラドゥス王子が慰めてくれる。
「そんな顔をしないでくれ。元々わかっていたんだ、僕の画風が独特なことには。その独特さを長所にできる方法をずっと知りたかったんだ」
そんな会話をしながらも、二人して漫画を描き続けていた矢先に美術室に人が現れる。
「やはりこちらにいらっしゃいましたか、ラドゥス殿下。近頃はなかなか会いに来てくれませんので、寂しゅうございましたよ」
一瞬女性か!?
……と思ったが、よくよく見ると男性のようである。
中性的な顔の持ち主のようだ。
「!? ……なんだカルムか。学園までよく来たな」
「今日は臨時講師の一環として、学園に来たのですよ。……おや? そちらの女性はどなた?」
カルムはこちらを覗き込んでくる。
「リーゼリット。ノーマン侯爵家の令嬢だ」
「リーゼリットと申しますわ。どうぞよろしくお願いします」
「ああ、ノーマン侯爵家の? ……ご令嬢!?」
カルムは合点がいったようである。
しかし、なぜだかじろじろ見られて怖い。
「リーゼリット、此奴はカルム。宮廷音楽師だ。カルム、あまり令嬢をじろじろ見るな」
「ですが、ラドゥス殿下。殿下がおっしゃっていたじゃありませんか。『ダリアン兄上に寄るな。近付くな。馬鹿が移る』って。……そのご令嬢でしょう?」
ラドゥス王子にそんな事を言われていたのか、当時のリーゼリットは。
確かに、金魚のフンのようにくっつき回っていた、あの時期を思い返すとその言葉もわかるような気がする。
「ややこしくなるから、その話はするな。昔のことだろう。リーゼリット、気にするな」
「いいえ、つい最近まで……。わかりました、これ以上は黙っておきますね」
ラドゥス王子が睨みつけると、カルムは言葉通り黙った。
「リーゼリット、カルムが悪いな。いつもは口が堅いはずなのだが、……何故今日はこんなに口が滑ったんだ?」
「ここは宮殿ではないので、つい羽目を外してしまって……。あとはラドゥス殿下がご令嬢と二人きりなんて、大変珍しくて。つい」
どうりで何やら楽しそうに、ラドゥス王子と私とを交互に見ていたわけだ。
ラドゥス王子の目はつり上がったままだが、カルムはそれすら楽しんでいるように見える。
「リーゼリットからは、絵画に関する教えを乞うているだけだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「へぇ~~、そうなんですかぁ」
「信じていないだろう。その声音は、絶対信じていないな?」
ラドゥス王子は怒ってはいるようだが、それ以上の反応は見せない。
ラドゥス王子とカルムは相当仲が良さそうだ。
「ラドゥス様とカルムさんは、随分仲がよろしいのですね」
「仲良くなどない。ただ……いつも、何かと気にかけてくれたのは此奴だな」
「ふふふ。ラドゥス殿下が小さな子どもの頃から、私の子守唄で殿下を寝かせていたんですよ。『カルム~。昨日は眠れなかったよ~~』と私の控え室まで来ては、子守唄を歌わされたこともありましたね」
「カルム!!」
どうやら、本当に仲がよろしいようだ。
傍目から見ていると、痴話喧嘩に思えて仕方がない。
「ついうっかり、2度も口を滑らせてしまいました。そのお詫びに、殿下とリーゼリット様に歌を歌って差し上げましょう」
「いえいえ、そんな……」
「歌ってもらえ。此奴のまたとない特技だ」
ラドゥス王子が言葉を言い終わると同時に、カルムは歌い出す。
─────。
なんだろう、この心が晴れやかになる感じは。
なんだろう、この気持ちが晴れ晴れとしてくる感じは。
この歌は、ただの歌ではない。
カルムが宮廷音楽師と紹介された通り、非常に歌が上手いけれどそれだけではない。
心そのものが、揺れ動く感じがしてならない。
もしや……いや、カルムは恐らく───"魔法使い"だ。
「"魔法使い"──」
カルムが歌い終わると同時に、私はそう呟く。
「よく気付いたな。そうだ、カルムは"魔法使い"。声音を聴いた者の感情を揺さぶる能力を持つ」
「私の魔法をそんな物騒な言い方でおっしゃらないでください。私は私の歌を聴いてくれた方の幸せを願っているだけですよ」
「それで、話は変わりますが……」と、カルムはリーゼリットに向けて話しかける。
「リーゼリット様は、ゲネヴィア第1王太子妃殿下のお茶会には参加されますよね──?」
………第1王太子妃のお茶会??




