02話 小説を拾いました -1-
前世は小説の愛読者。
転生した今世では、ノーマン侯爵家のご令嬢である、悪役令嬢リーゼリットであることを知ってしまったのはあの日のこと。
それは、今から約1年前のお話。
私は16歳になりたての6月半ば頃であり、王立学園の1年生で、"私"が悪役令嬢たる"わたくし"であった頃の話だった。
男女共学の王立学園が存在するなんて、いかにも乙女向け小説らしいけれど、実際の学園生活は前世の高校生のようなものだ。
貴族(諸侯)は皆、ここを卒業した後に就職や結婚をするようになっている。
あの悪役令嬢の頃の性格を思い出すのは今では恥ずかしいが、いささか勘弁してほしい──。
*****
いつものようにわたくしは、シェイメェイ王国第1王子であらせられる(通称ダーリンこと)ダリアン様を追いかけておりましたわ。
だってわたくしは、この先あの方のお嫁さんになって将来はこの国の王妃になるのですもの。
由緒正しき筆頭侯爵家のノーマン侯爵家の令嬢であるわたくしは、将来王太子として君臨なされる方の妃になって当然の女性ですわ。
それにダリアン様は、わたくしが幼い頃のときに、ダリアン様の名前を噛んでダーリン様と呼んでしまったわたくしを笑って許して下さったわ。
それからダリアン様を目の前にして、"ダーリン様"と呼んでいいのは、幼い頃からのわたくしの特権になりましたのよ。
現在御年18歳でいらっしゃるダリアン様は、学園3年生であらせられて、私とは学年違いではありましたが、見かけた際には必ずご挨拶に伺っておりましたの。
なのに最近はいくら学園でお見掛けしようにも、全くもって取り合ってくれないようになってしまいましたわ。
それもこれもあのわたくしと同学年である、田舎者の子爵令嬢ユリカのせいに決まってますわ。
だってあの田舎者の子爵令嬢が現れるようになってから、そこにいてもいないように扱われたりすることが途端に増えましたもの。
今日だってせっかくダリアン様をお見掛けして、精一杯お話しようとしたのに、あの田舎者が常に横にいて本当に鬱陶しいのよ。
それにあの子はわたくしに傅いてみせようともしないし、いくら身分を罵ってその隣の座を諦めるように訴えても、ダリアン様から離れてくれない(ダーリン様も離してくれない)忌々しい子ですわ。
その戒め目的の為に、制裁を加えようと以前彼女に教科書に落書きしようとしたら、既に落書きまみれで落書きするところが全然なくて諦めざるを得なかったのよ。
それ以前にも、学園の屋上に近い階段に呼びよせて階段からこっそり突き落とそうとしたら、わたくしが非力すぎてただ彼女の胸を揉んで触っただけになってしまいましたわ。
うぅ〜〜〜、今度こそ、こ・ん・ど・こ・そ、あの田舎者の子爵令嬢ユリカを撒いて差し上げますわ!
──今日こそとそう意気込んだ今回は、校舎の裏側にこっそり呼んでその身分を高々に嘲笑ってやるわ!
「リーゼリットよ。貴殿はここで今、何をしようとしている?」
と思っていたら、校舎の裏側の隠れた場所が、まさかのダリアン様のご休憩スポットなんて知る訳ないじゃない!!
「リーゼリット。ユリカを校舎裏に呼び出すということは、どういうことかわかってやっているのであろうな? まったく貴殿というものは……─────」
もう今日は(まぁ今日もではありますけれど)、ちっとも授業を受ける気になんてなれませんわ。
ダリアン様に懇々と諭されては、そのままわたくしだけ追いやられましたもの。
とぼとぼと独り虚しく教室に鞄を取りに戻ろうとした先で、ふと1冊の本がぼとりと落ちてきましたの。
いったい何の本でしょうと、なぜかふと手に取りたくなってしまって。
わたくしはその本に吸い寄せられていくように歩いていって、つい手に取ってしまったのよ。
──その瞬間に頭がズシンと思い切り揺さぶられて、立っていられなくなるような衝撃が全身に走る。
まるで今までの"わたくし"が、少しずつ、少しずつ、"わたし"という異なる人間の存在に塗り替えられていく──。
……あれ?
わたしは何をしていたんだっけ?
ここはどこ?
わたしはえーと誰だったっけ?
頭の中がこんがらがって、何も思い出せない……。
わたしはしばらく、ボーッと突っ立っていた。
でもこのままではいけないなと、どこかへ向かうことにする。
さっきまで、何らかの目的で歩いていこうとしていたはず。
その歩こうとした道の先に、なぜか噴水広場があることを知っていて、本を持ち歩いたままとりあえずそこに向かう。
その噴水広場の水面に、ふと顔を写す。
……あれ?
これはわたしの顔じゃないよ?
そう思って首を傾げると、水面に写っている顔も同じ動きをする。
どうやら、この水面に写っている顔の正体がわたしで間違いないようだ。
これは誰の顔だったっけ?
うーんと、えーと……。
誰かにそっくりな顔だ。
そうだ!
わたしの大大大好きだった人生の聖典? と言ってもいい、小説の。
その小説の挿絵に、ちょこっとだけ載っていたような!?
そう、たった今手に持っているこの本。
確か18ページの本文と、19ページの挿絵とに詳細が書かれていて。
あ、あった。このページ。
ピンクゴールドの長髪。紫紺の瞳──。
"私"と瓜二つの挿絵──。
リーゼッッ、リット。
そう、"私"はリーゼリット。
ノーマン侯爵家の令嬢リーゼリットが、今のこの"私"。
(あぁぁぁぁぁああ~~~~~!!)
心の中で特大の絶叫と言っていいほどの大声を出す。
まさか私、こよなく愛する小説の登場人物になってしまったの!?
ふと今までの記憶を整理すると、町や学園の風景は、小説の本文や挿絵とまるっきり同じだ。
小説に出てくる学園の登場人物も……筆頭的恋人役のダリアン王子も、ヒロインの子爵令嬢ユリカという存在も、ちゃんとこの世界で活躍している。
完っ全に『魔法使いと聖なる夜』の中の世界である。
前世で何らかの事情があって、この世界に辿り着いてしまったはずなんだが……。
転生者というものは、死因や死ぬ前の記憶はあったりするはずなのだけれども……どうにも頭の中が朧気で思い出せない。
──もうこの際どうでもいいわ!
前世でいったいどんなに徳を積んだら、大大大好きな小説の世界に入ることができたのかしら?
前世の学生時代に教科書を広げて読んでいるフリをしてまで、何度も読み返したこの小説。
その悪役令嬢という1キャラクター。
1キャラクターよ、1キャラクターなのよ。
……でもよりによって、悪役といっていいのかわからない、的外れな悪行ばかりを積んで最終的に退学扱いになってしまう、"ポンコツ令嬢"と名高いリーゼリットに転生してしまうなんて!?
──ユリカの教科書に落書きしようとして、その教科書が授業の仔細を書き込んでボロボロになっているのに唖然としてそのまま退散し、その場に落書き用のペンを落とす。
──ユリカを屋上間際の階段から突き落とそうとして、いざ突き落とすまでの力が及ばずに、彼女の胸を鷲掴みにして揉むだけに終わる。
──ユリカを校舎の裏側に呼び出していびろうとしていたら、そこが親愛なるダリアン王子の隠れ休憩場所で、逆に窘められるような形でダリアン王子に説教されてしまい肩を落とす。
しまいには断罪としてダリアン第1王子によって、ユリカへの悪行? の数々をつらつらと書き綴られた書類を大大と読み上げられると同時に、学園側から1年間の停学処分を言い渡される。
「ノーマン侯爵令嬢、リーゼリット。貴殿は悪行ともいえぬ悪行を積み重ね、懲りずに子爵令嬢ユリカを迫害し続けた。その仔細を書いた書類がこれだ。いつかは悔い改めると周囲を沈静していたが、もう我慢ならん。その罪を裁かせて貰おう」
学業を真面目に取り組んでこなかったご令嬢には、それは地味に痛い処分内容で。
1年間の停学処分となった身では、その後授業に全く付いていくことが出来ずに、後々退学となってそのまま学園を後にしてしまう。
その後再登場して最後の大きな悪あがきを見せると思いきや、学園退学後もドジっ子属性は変わっておらず、何ともいえない空気だけ残して侯爵家から追放されてしまう。
学園にいたときも、学園を出たあともろくな事しかしでかさない。
あの、あのっっ、"ポンコツ令嬢"──!!