13話 鉱山を見学します -2-
ターナルは、シュジュアと私に向けて相談を持ちかけてくる。
(普段は気を保っているせいか、なかなか見れないターナル様の困り顔〜〜〜! 怖い方たちが退室なされたから、やっと推しとゆっくり対面できるわ!)
ガラティア侯爵とザネリが退室して、少し緊張感が抜けた私は、心の声をあるがままに開放する。
そのせいか、ふと微笑みがこぼれてしまった私をターナルは少し不快に思ったらしい。
「もしや、今からする話を笑い事だと思っていらっしゃるのですか? これは我々にとって由々しき事態なのですよ」
「すみません! 真剣な悩みとはお見受けしますが、その……ターナル様がその相談に私たちを頼ってくださるのが嬉しくて」
「はあ……。とにかく時間があまりないので手早くお話しますね」
例の鉱山は採掘が盛んになっているといったが、実際はガラティア侯爵の代理としてザネリが率先して指揮をしているらしい。
その指揮に問題があるらしく、どうやら採掘職人達にかなり負担のかかるノルマを課しているようで、実際怪我人が増えてきているとの事だ。
「兄は焦り過ぎているのです。人件費にかなり資金を割いて人手を集めているようですが、このままではガラティア侯爵家の評判は落ちるばかりです。……今の状態が続けば、せっかくあなた方からいただいた支援を無駄にしてしまう可能性も有り得ます」
ターナルは悔しそうに話を続ける。
「人件費にいくら資金を割いたとしても、福利厚生ができていなければ人は離れていくと訴えているのですが、兄は『設備投資だってきちんとしている。十分な給金も与えているのだ。倹約家のターナルにはわかるものか』と聞く耳を持たず……」
「それと──」と、ターナルは私をまっすぐ見る。
「兄はノーマン侯爵家を敵視しています。恐らく200年の時を経て、筆頭侯爵家の入れ替わりがあったからでしょう。そのせいで、ガラティア侯爵家が落ちぶれたと考えている節があります」
これに似たようなことは、小説でもあった。
ザネリは冷静になれば賢明な人なのだが、どうにも急いで手柄を取ろうとするくらいに酷い焦燥感があるせいで、失敗を重ねる。
愛するヒロインが必死に説得するお陰で踏みとどまるが、今の私が説得しようと試みても焼け石に水どころか火に油を注ぐようなものだ。
(どうするべきなのでしょうね……。小説での解決方法はヒロインありきだし。ターナル様の説得が通じなかったからこそ、兄弟関係に亀裂が生じたわけだものね)
さて、どう返事をしようかと私が考えていたところで、シュジュアが口を開く。
「もしガラティア侯爵家が落ちぶれたとしても…………と言いたいところだが、資金援助した身だ。鉱山が他の強欲な者の手に渡るのも危険なのでね。……だが、俺やリーゼリット嬢が何を言っても聞く耳を持たないはずだ。現場の声が必要だろう」
シュジュアは、話し始めはいつもよりなんだか意地の悪そうな微笑みを浮かべていたが、私の顔を見た途端に真剣な表情に戻した。
「恐らくザネリ氏は、"聖石"が多く取れる鉱山の保有者という立ち位置に必死にしがみつこうとしている。だから、現場の悲惨な状態を把握しようとしていない。まずは現実を直視させるべきだ」
シュジュアの意見が聞けたところで、ターナルは私にも意見を促してくる。
「私は……このまま兄弟関係に確執が起こるのはよろしくないと思います。焦れば焦るほど、人は良くない方に利用されやすくなりますわ。そうなってからでは、後悔も大きくなっていくことでしょう」
評価が地に落ちているリーゼリットが、いくら畏まった意見を言ったところで何の意味も持たない。
ならば私は、私の意見を言うだけだろう。
「採掘職人だけでなく、領地の民の意見も聞くべきだと思います──」
リーゼリットが話し終えたところで、ザネリが少し大きめのジュエリーケースを持って入室してきた。
その少し大きめのジュエリーケースを客人である私達の目の前で彼が開けると、中には水晶のように無色透明な石が入っていた。
「──これが、"聖石"か」
「はい、そうです。これが我が所有地で取れた"聖石"となります」
シュジュアの声にザネリが頷く。
その言葉を聞いて、シュジュアは側に控えていたジオを呼ぶ。
「どうだ? ジオ」
「一目見ただけでは、クリスタル……水晶にしか見えませんね。さらに判別するには、水晶と比較して様々な鑑定をしなければわかりませんが……。どうします?」
「……いや、いい。原石がどのようなものか見れただけで十分だ。ザネリ氏、感謝する」
「私も十分鑑賞させて貰いましたわ。ザネリ様、ありがとうございます」
シュジュアに続いて、リーゼリットも感謝の意を述べる。
私も我がノーマン侯爵家を筆頭侯爵家たらしめている家宝の原石が、本来どのようなものなのかを知れただけでも満足だ。
「かしこまりました。では、今日はもう遅いので、鉱山への出発は明日へとさせていただきますね。今夜は我がガラティア侯爵家がよりをかけて作りました、食事をどうぞお召し上がりください」
ザネリはそう言って美しい礼をすると、食事の準備を開始しだした。
その後の食事会は、当たり障りのない話題ばかりで何事もなく終わった。
ザネリもあれ以降は私に冷たい視線を見せることはなく、比較的和やかな食事会となった。
食事会の後、私は入浴を済ませて客室のベッドにて就寝に入る。
ふと就寝前に喉が乾き、私は水を侍女に持ってきてもらうようお願いする。
「お嬢様、水をお持ちいたしました。……ところで、お嬢様。水を取りに行く際に、たまたま思わぬ喧嘩の声が聞こえてしまったのですがお話してもよろしいでしょうか?」
「私が気になることとはいえ、またジェリーは勝手に首を突っ込んで。……良いわ、話しなさい」
そして私の侍女は、たまたま聞こえた喧嘩の内容を話し出す。
『ターナル、シュジュア殿とリーゼリット殿への明日の鉱山の案内はお前に任せる』
『……明日の案内は兄さんこそ行くべきです。兄さんが行ってこそ、職人や領民達への顔も立つでしょう』
『口答えをするな。職人や領民の支持はお前の方が上だ。お前が行った方が、シュジュア殿やリーゼリット殿にも受けが良いだろう』
『そういうことではありません! 兄さんはもっと領民達に目を向けるべきです。受けなど気にせず、ありのままを見せるべきです』
『うるさい! お前は嫡男でないから、そういうことが言えるのだ。将来当主となる者が、見栄を張るのは当然だ』
『今は見栄を張るときではありません! 身の回りの者こそ、気に掛けるべきです……』
その後も言い争いは続いていたらしいが、私の侍女が聞いたのはここまでらしい。
おそらく、明日の鉱山見学にザネリは来てくれないだろう。
こうなったら、目を向けざるを得ない状況にしていくしかない。
ひとまず明日は、ターナルの案内で鉱山見学に行くことになりそうだ。
……ということは、そう。
シュジュアとターナル、推し2人に囲まれての見学になるのは確定だろう。
色々と問題が生じているけれど、それでも楽しみで仕方がないわ!
だって、小説の推し2人との実質遠足みたいなものよ!?
興奮しないわけないじゃない!!
──その日、私は興奮でなかなか寝付くことはできなかった。




