10話 依頼に同行します -6- ~シュジュア視点有~
キュール公爵家の令息である三男シュジュアは、侯爵令嬢リーゼリットに実際に会ってみると、彼女のことがさっぱりわからなくなってしまった。
──ノーマン侯爵家の令嬢、リーゼリット。
将来の王太子妃の婚約者候補としての教育を怠っているのに、自分自身を未来の王妃と信じてやまない呆れたご令嬢。
我が国の第1王子であるダリアン殿下に付きまとい、ただただ自分本位の話をしては満足しているというはた迷惑なご令嬢。
それが遠目から見る彼女の印象だった。
──しかし、実際はどうだ。
初めこそ情報通として有名なシュジュアに興味を持って、ダリアン殿下の情報を聞き出そうと思っているのかと疑っていた。
情報屋であり、そのアジトともなっている隠れ出入口の裏路地を見て、何も知らずになんらかの形でシュジュアに興味を持ってもらおうとしているのかと勘ぐっていた。
──でも、違った。
彼女は応対してもダリアン殿下の名前は一言も発せず、シュジュアの事をひたすら敬愛のまなざしで見つめてきた。
特殊加工窓ガラスのことを見破り、そのうえ隠れ出入口の裏路地を知っていて、あの場所をオペラグラスで見ていた。
なぜわかったのかははぐらかされ、すぐには口を割りそうになかったので仕方なく諦めたが。
……だから、興味を持った。
──彼女は何で俺に近づいてきたのか。
彼女は後々になって『私を試したんですか?』と、聞いてきた。
試すつもりどころか、どうせすぐ興味を失いそうなものに期待しても無駄だと高を括っていたので、当初はそんなつもりすら無かった。
──だが、彼女は興味を持つに値する者だった。
ラニの一件では驚きばかりだった。
彼女はラニの魔法で、あれほどに優れた写真機を作り上げることができたと思っているが、それは違う。
ラニに他の人間の頭の中の想像を抽出して、物を作りあげる能力はない。
ラニは本来、書かれた設計書どおりの品物を作ることができる能力だ。
そのうえ、あれだけ精密なものを小一時間で作れる程に、万能すぎる魔法でもない。
だとすれば、あれは彼女の能力だ。
ジオの一件もそうだ。
彼女は最後まで、あの事件の傍観者としての役目を全うした。
凄腕の侍女がいたとはいえ、彼女自身が実際に殺されそうになっても、途中で逃げ出そうともしなかった。
盗まれた宝飾品をドミノ倒しにしていったことは、流石に笑えない話だったが……。
これなら、愛娘のことぐらいでしか本気を出さないと言われている、ノーマン侯爵ももしかすれば真犯人の捜査に加担してくれるかもしれない。
思っていたよりも、彼女は興味深い存在らしい。
「(『どうあったとしても、私はシュジュア様を素敵な方だと思っているんです!! それをシュジュア様ご自身が否定しないでください……』か……)」
彼女はシュジュアに対してそう断言してくれた。
がむしゃらに足掻いているのを必死に隠して、何事もないように微笑んでいるシュジュアを。
「……彼女ならば、俺の探し物……我が公爵家に伝わる、家宝"ホープ"もいつか探し出してくれるのだろうか──」
シュジュアが呟いた独り言は、誰に聞かれるでもなく空間に溶け込んでいった───。
*****
つかの間の休日が終わり、私はまた勉学に励む日々が始まった。
今は7月中旬に入ったばかりだが、7月下旬になるまでの間にもうすぐテスト期間がやってくるのだ。
あくまでも小説の世界のせいか、前世のような学校と同じ年月ごとにテストに励まなければならないのは少々苦だ。
今日も空いた時間に、空き教室で自習を行っていた。
図書室を使いたいのは山々だが、あそこはテスト勉強を頑張ろうとしている人達の溜まり場になっているので若干入りずらい。
ちなみに空き教室については、教師に許可をとろうと声をかければ、『あの"サボり魔"と名高いリーゼリット君が、テスト勉強っっ!? どっ、どうぞ使いたまえ??』と言われたのでありがたく勉強させて貰っている。
だが、独りで勉強をしているとところどころの問いでどうにも躓いて仕方がない。
今までのトラブルメーカーなおこないのせいで、まともに問題内容を聞けるような生徒はいないので、正直行き詰まって困っている最中だった。
「本当にテスト勉強をしているのだな。意外にもだいたいの問題は正解で、難問の問いで行き詰まっているとはね。たったひと月で、ここまで勉学に励むとは見上げたものだと思うよ」
必死に悩んでいると突然横槍が入ってきて、誰かと思って声のする方に顔を向けるとそこには──。
先日お世話になったばかりの王立学園1年生、シュジュアが立っていた。
(今さっき、シュジュア様に褒められました!? 褒・め・ら・れ・たぁ~~~!!)
推しの一言に思わず反応してしまう、心の中の叫びは一旦置いておいて、私は気を取り直す。
「こんにちは、シュジュア様。ごきげんよう。こちらの空き教室になにか御用でしょうか? ここの教室は基本的に、補習授業が必要な学生が使うようになっているはずですが?」
「やぁ。用件があるのは君にだよ、リーゼリット嬢。君がいつになっても会いに来てくれないから、こちらから会いに来てしまったよ」
まっ、まぁ、そんな伝え方!
もし他の方に聞かれてでもいたらどうしようと辺りを見回したが、空き教室なので幸い誰もいなかった。
「もっもし、誰かにでも聞かれたらどうするのですか!? 色々と誤解されてしまいますよ」
「この程度で誤解されてしまうのなら、誤解させておけばいい。……それより、どうなんだ。願い事は決まったか?」
「い、今はテスト勉強のことで頭がいっぱいですわ。もう少し時間をいただきたいです。それまで保留にさせてくださいまし」
「……その捗っていなさそうなテスト勉強、手伝ってあげてもいいよ」
「───!!」
……正直、テスト勉強は手伝ってほしい。
でも今ここで、手札を切ってしまうと次にシュジュアに会えるのはいつになることやら。
こうして今のように、会いに来てくれるようなこともなくなってしまうかもしれない。
「……やめておきます。私一人の力で、最後まで頑張りますわ。お気遣いいただきありがとうございます」
私は渾身の笑顔で、断りを述べてみせる。
シュジュアは断られるとは予想していなかったのか、少し面食らった表情をみせたが、すぐにいつもの微笑みを取り戻す。
「では、仕方ないね。願いとは別に、今回は手を貸してあげよう。その代わり、夏季休暇の際には一度事務所の方に寄ってもらうよ」
「──本当ですか!? 後から変更とかはないですよね!? 願い事を使わずに、お忙しいシュジュア様にテスト勉強を見て貰えるんですか!!」
「……相変わらず君は押しが強いね、リーゼリット嬢。いいよ、放課後ではなく空き時間のみにはなるけれど。君がこの空き教室で勉強している間は、少しばかり手伝ってあげよう」
(なんということでしょう! やったわ! シュジュア様に私の勉強を見てもらえることになったわ~~~!!)
シュジュアに勉強を見てもらうからには、さらに勉学に励まなければと意気込む私だった。
必死にテスト勉強に時間を注ぎこんだからか、小説では恐らく本来のテスト順位が100位以下だった私は、今回30位以内にまで上がった。
"サボり魔"が付け焼き刃で挑んだテストにしては、ここまで順位が上がったのは上出来であると思う。
これで夏季休暇は少しばかり、息を抜いてのんびりと過ごすことができるだろう。
そう、のんびりと過ごす……。
のんびりと過ごす??
(……そうだったわ!! シュジュア様へのお願い事の件をすっかり忘れてしまっていたわ~~~!!)
急いで秘密の戸棚に隠して置いてある、現在手元にあるのは1巻のみである小説を取り出す。
そこから、願いに相応しい事柄は何かないかを探そうとする。
ようやくテスト勉強が終わったと思えば、今度はシュジュアへのお願い事をひたすらに考え込む日々が始まった──。




