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幼女殿下のお守り役〜拾った幼女は未来の魔王妃でした〜  作者: 語部シグマ
序章:男は少女と出会う
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関所を越えて

 アルトバイエルン伯爵領とその隣、〝マクスウェル侯爵領〟の境にある関所へと到着した俺とポラリスは、関所を守る兵士に通行許可手続きを取っていた。


 本来ならば通行手形を見せれば直ぐに通れるのだが、生憎とポラリスは通行手形など持っておらず、それ故に許可手続きが必要となったのだ。


 ちなみに当初は人攫いと勘違いされたが、事情を説明すると直ぐに納得してくれた。



「しかし嬢ちゃんも災難だったなぁ。身寄りもない上に奴隷商人に捕まっちまうたァよ」


「でもシドに会えたから結果的に良かった」


「随分と前向きだねぇ。おっと.......申請書は書けたようだな」



 俺が書き終えた許可申請書を兵士に見せると、兵士は各欄にしっかり目を通してゆく.......しかし〝保護者指名〟の欄を見るなり怪訝そうな顔をした。



「シド.......それにヴェノムヴェイン.......う〜ん、どっかで聞いたことのある名前だなぁ」


「気のせいだろ?重要な関所を任されるアンタらに名を覚えて貰うような事はしてねぇぞ?」


「そうだよなぁ。まぁ、ともかく犯罪を犯しているわけでも無さそうだし、パパっと許可を貰ってくるか。そうだ!どうせならここで嬢ちゃんの分の通行手形を作るかい?」


「いいの?!」


「保護者もいるし、事情も伝えられたし問題は無いさ。それに通行手形があればこんな面倒な書類を書かずに済むしな」


「シド、作って貰おう?」


「確かに.......ねぇよりあった方が楽だしな。それじゃあついでに頼むわ」


「それじゃあ待っててくれ。あっ、本来ならそれ用の書類も書いて貰うところなんだが、書いてもらうことは許可証とあんまり変わらねぇから書かなくていいぜ」



 兵士はそう言うと奥へと引っ込んでいき、代わりに違う兵士が奥から出てきて門番の位置へとついた。


 しかし何故かしきりにチラチラとポラリスを見ている。



「なんだ?ポラリスの顔に何かついているか?」


「い、いえ.......し、失礼を承知でお伺いしますが、そちらのお嬢さんはどこかのご令嬢でしょうか?」


「何故そう思う?」


「いえ、なんと言いますか.......どうにも守って差し上げたくなってしまうような.......この方にお仕えしたいという願望が.......」



 兵士はその〝願望〟とやらに苛まれているのか、どうにも落ち着きがない。



「お前、もしかして新入りか何かか?」


「あっ、はい.......先日からここに配属されました。兵士になったのは去年です」


「そうか.......」



 やはりポラリスは魔王の番として転生したのだろう.......よって若い魔族にとってポラリスは何よりも変え難い、庇護欲を掻き立てるような存在に思えるのだろうな。


 俺は兵士の視界から守るようにして僅かに位置を変える。


 すると若い兵士は〝あっ.......〟という声を零し、名残惜しそうな表情をしていた。


 これは次の街でローブを買った方がいいかもしれない。


 欲に負けた奴らに襲われたら一溜りも無いからな。


 そうこうしている内に先程の兵士が戻ってきて、あの若い兵士を奥へと戻す。


 そしてポラリスの分の通行手形を渡すと同時に、一つの棒付きキャンディーも手渡していた。



「おい.......」


「いやぁ、なんか嬢ちゃんを見てるとあげたくなっちまうんだよ。まぁ、たまに子供が通る時はあげてるんだけどな!わっはっはっはっ!」



 そう言って豪快に笑い飛ばす兵士。


 俺は思わず苦笑すると、通行手形を受け取って関所を後にしたのであった。






 ◆






 シドとポラリスが去った後、それを見送っていたベテラン兵士は若い兵士が顔を出してくるのを感じ取っていた。



「先輩.......あの二人、特にあの女の子の方は不思議な感じでしたね?」


「ん?あぁ、そうだな.......うん、そうだ.......お前つい最近、魔王様が神託を受けたのを知っているか?」


「そりゃあもちろん.......その内容についても魔王領内では知らない者はおりません」


「〝この度、この地にて白銀の髪に紅き瞳を持つ魔族の少女が現れたり。その者、次代の魔王の伴侶となる者である〟.......だったか?」


「はい、それを受けた魔王様は速やかにその少女の捜索を命じ、今もそれに該当する者を捜索中だとか.......────っ、まさか.......!」


「そうだ、気づいたか?俺はあの女の子がその存在だと理解した」


「ちょっ────?!」



 ベテラン兵士の言葉に若手兵士は一瞬で戸惑い慌てふためく。



「なら今すぐ追いかけて保護しなければ!」


「その必要は無いさ」


「何故です?!見つけ次第直ぐに保護し、魔王城まで送り届けるよう魔王様の命令が下っているんですよ?それに、もしあの男が奴隷商人だったらどうするんです?!」


「それは無い。いや、俺達がお送りするよりもあの方の方が何倍も.......いや、何千倍も安心だ」


「先輩.......あの男について何か知っているのですか?」


「完全に思い出したのはたった今なんだがな.......」



 ベテラン兵士は苦笑すると、若手兵士に彼の者の名を教えた。



「あの方は.......いや、あのお方こそ、かつての大戦にて〝魔王軍にその人あり〟と謳われたお人で、天魔十三騎士の〝虚空騎士〟、四魔将における〝神槍将軍〟、五大陸で敵無しと言われたシド・ヴェノムヴェイン様その人だ」


「えぇぇぇぇ?!」



 ベテラン兵士に告げられた名を聞いて驚く若手兵士を他所に、ベテラン兵士は遠い目をしながらどこか懐かしむような表情でこう呟いたのだった。



「遂にお戻りになられるのですな我ら、貴方のご帰還を首を長くしてお待ちしておりましたぞ.......シド殿」






 ◆






「あの兵士さんと知り合いなの?」



 ポラリスがふと、そんな事を聞いてくる。



「何故そう思う?」


「なんか.......どこか懐かしそうな顔してたから」


「そうだったか?」


「うん、そうだった」


「そうか.......」



 死ぬことも無く、ましてや老いることも無い俺には老いていく者達の速さがとても早く感じる。


 だからこそあの兵士の顔はあまりピンと来ていなかったか、昔しぶしぶ修行に付き合ってやったあの新人兵士の面影と重なって見えた。


 まぁ.......今となっては確かめようもないが.......。



「さて、このまま真っ直ぐ行けばマクスウェル侯爵領の一番端の村コロンへと到着する.......が、馬でも二日といったところか」


「野宿?」


「そうなるなぁ」


「川、見つかるといいなぁ.......」


「はは.......滝があればなお良し、だな」



 気づけばこうして笑うことも増えたような気がする。


 伯爵家での毎日.......いや、当主があの馬鹿息子になってからの毎日はそれは酷いものだった。


 毎日、毎日、魔物討伐に向かわされ、その功績は全て横取りされ、挙句には〝無能〟だと言われ後ろ指をさされ続ける生活。


 いつしか俺は感情を出すことを忘れ、ただ黙々と無意味な日々を送るばかりであった。


 そんな伯爵家から追い出され、その旅路でポラリスと出会い、今こうして魔王城を目指す旅をしている。


 人生とは本当に何が起こるか分からんな。



「あっ、ウサギさん!」


宝石兎(カーヴァンクル)だな。こんな所で珍しい……」



 額に付いた綺麗な宝石が特徴の魔法生物〝宝石兎〟に目を輝かせるポラリス。


 宝石兎はその宝石の美しさから、遥か昔には人族に乱獲されたという歴史があった。


 そのせいで生態数は激減し、今では見ること自体少なくなっている。


 確か今の生息地は精霊島のみだったはずなのだが……。



「珍しいの?」



 そんな事情を知らないポラリスは不思議そうに首を傾げながら俺を見上げてくる。



「あぁ、宝石兎の額の宝石は人族の間で非常に高値で売れる。その価値は鉱山で採れるものよりも高いとされている」


「どうして?」


「宝石兎は魔法生物の中で最も臆病なんだ。だから人の気配がすると直ぐに逃げ去ってしまう。だから採掘よりも手に入るのが難しい」


「希少価値ってやつだね!」


「時々お前が転生者って事を忘れるなぁ……それで人族は先ず人間大陸内の宝石兎を乱獲し始めた。次に獣人大陸内の宝石兎を……そうしている内に宝石兎はその数をどんどん減らしていった」


「それじゃあいなくなっちゃうじゃん!」


「実際にいなくなっちまったんだよ。唯一、精霊島に住んでいた宝石兎だけは乱獲されずに済んだけどな」


「誰も島に入れないもんね。ところでシド……」


「どうした?」


「魔法生物って魔獣とは違うの?」



 そういやその辺の事も知らなかったな。


 俺は辺りを見渡すと、遠くで徘徊している魔獣〝牙狼(ファングウルフ)〟を指さしながらポラリスへ説明した。



「先ず魔獣ってのは獣の姿をした魔物の名称だ。魔物は小鬼(ゴブリン)のような人型や、スライムのような不定形型の事を表す。それを前置きとして魔獣と魔法生物の違いは魔素を纏っている、もしくは魔素を発しているか否かの違いだ」


「魔素をまとってるのが魔獣?」


「そうだ。魔獣ってのは普段から魔素を発し、それを纏っている。またとても凶暴なものが多く、人だろうが魔物だろうが魔法生物だろうが見境なく襲う。逆に魔法生物は自身の体内に魔力を有し、中には魔法を使うものまでいる。魔法生物は基本的に温厚で、人と共存しているんだよ」


「私達を襲ってくるのが魔獣、襲ってこないのが魔法生物……ってこと?」


「まぁ今のところはその認識でいい」



 俺はそこまで話してから馬を止めて耳を澄ませる。



「どうしたの?」


「せせらぎの音と水を打つ音が聞こえるな……もしかしたら向こうの方に川があるかもしれん。それに……水を打つ音の大きさからして、小さな滝のようなものもありそうだ」


「そこに行くの?」


「段々と日も落ちてきたからな……そこで野宿をした方がいいかもしれん」



 俺はそう言うと馬の向きを変えてそちらへと進み始めた。


 水音が聞こえてくる方向には森があり、ポラリスと出会った時程では無いが、薄暗く馬に乗って行くには少し難しいだろう。


 俺は馬から降りると徒歩で森を進もうとする。



「私も……」


「お前は乗ったままでも大丈夫だろう。それに、逆に降りられると何かあった時に守りきれない可能性がある」


「あっ、そっか……」



 俺が言おうとしていることを理解したのかポラリスはそのまま大人しく馬へと乗り続ける。


 馬の方もポラリスが快適に乗れるよう僅かに歩調を変えていた。


 そうして暫く歩き進んでゆくと、段々と森が開けてきて、俺達は小さな滝がある河原へと出た。



「わ〜!とてもキレイな景色……」



 ポラリスが感動するのも分かる。


 目の前の景色は魔族大陸には似合わないほど、とても神秘的な雰囲気が漂っていた。



「あっ!ウサギさん!」



 馬に乗ったポラリスが指さす方へと顔を向けると、確かに数匹の宝石兎が茂みや岩の陰からこちらを覗いていた。



「もしかしたら宝石兎の生息地になってるのかもしれないな。しかし一時は魔族大陸からも姿を消したと言われていた宝石兎が、ああしてちゃんと繁殖していると分かると感慨深いものがある」


「これからどんどん増えるといいね♪︎」


「そうなったら、また人族に乱獲されないように保護しないとな」



 それは魔王の仕事だろう。


 確か今の魔王はかつて宝石兎を愛でに愛でていたという話を耳にしたことがあったな。


 もし宝石兎が数を増やしつつあると聞いたら、自らその保護に乗り出すのだろう。


 まぁ今はその宝石兎の事は置いておき、今夜はここで野宿するのが良さそうだ。



「さて……テントでも張るか」


「私、泳いできてもい〜い?」


「いいけど、あんまり離れるなよ?それと岩で足を滑らせないよう気をつけろ」


「分かってまーす♪︎」



 そう言うが早いか否か、ポラリスは服を全て脱ぎ捨てて川へと入っていった。


 川の真ん中辺りに入っても彼女の膝辺りなのでそこまで深くは無いのだろう。


 ポラリスは俺がテントを張っている目の前でサラサラと流れ落ちる滝へと向かう。



「冷たーい!気持ちー!」


「はしゃいでんなぁ……」



 テキパキとテントを張り終えた俺は、次に釣り竿を取り出し、餌を付けて川へと垂らす。


 滝の周りでポラリスがはしゃいでいるので、驚いた魚達はこちらへと向かってくるだろう。



「釣れますかな?」



 不意にそう話しかけられてそちらへと顔を向けると、そこには編笠を被った奇妙な大熊が隣に座りながらこちらを見ていた。


 人族であれば腰を抜かすほど驚くのだろうが、俺は微塵にも反応することなくその質問に答える。



「今始めたところだからなぁ……」


「そうでしたか。釣れるといいですなぁ」


「まったくだ」



 普通に会話しているが、この熊は魔族でも魔物でも魔獣でもない……この熊もれっきとした魔法生物で、その名を〝人真似熊(ヒューマベア)〟と言う。


 その名の通り人間のような言動をする魔法生物で、俺達、魔族からは〝森の守護者〟と呼ばれていた。


 ちゃんと会話や意思疎通出来るのでこちらが敵対心を向けない限り襲ってくることは無い。


 その人真似熊は俺と同じように釣り竿を取り出すと、鼻歌を歌いながら自身も釣りを始めた。



「ここは穴場なんですよねぇ。不思議と魔獣や魔物が来なくて、色々な魔法生物のオアシスなのですよ」


「そのオアシスで今夜泊まらせて貰うが、いいか?」


「構いませんよ?魔法生物達を襲わなければね。まぁ僕はここの主ではありませんけどね」


「森の守護者と言われているのにか?」


「それは貴方達が勝手に言っていることですしねぇ。僕らは一度たりともそう思ったことも名乗ったこともありません」



 人真似熊はそう言いながらヒョイッと釣り竿を上げた。


 するとその針には見事な〝ソルトサーモン〟がピチピチと体を動かしていた。



「お先に釣り上げさせて頂きました」


「コノヤロー……後から来て先に釣り上げるとは生意気な」


「早い者勝ちですよ」



 その後も俺と人真似熊は静かに釣り勝負を始めるのであった。


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