魔族と少女は改めて旅の目的を決める
ポラリスの話を静かに聞いていた俺は、その斜め上にぶっ飛んだ話に思わず唖然としていた。
彼女の話に出てきた女神の名前には聞き覚えがあり、その女神はかつての大戦で和平協定が結ばれた際にその見届け人としてこの世界に降臨した、この世界の創造神である。
俺はポラリスの話を聞き終えると、混乱する頭を抑えながら彼女に問いかける。
「待て.......待て待て待て。つーと何か?お前は別の世界から来た転生者とやらなのか?」
「そう言ってるじゃない。私はアウローラにお願いされて、魔王の番としてこの世界にやって来たの」
「色々とツッコミ所が多過ぎて何からつっこんでいいのか分からねぇ.......とりあえずその話が全て真実だったとして、なんで俺と会った時に自分が魔族って事を知らなかったんだ?」
「あの時は転生したばかりか記憶が曖昧な所があって.......全部思い出したのがシドに教えられて魔族の姿になった時だったの」
「それは転生した影響ってことか?」
「そうみたい?でもアウローラの事やお友達になった事とか、所々は覚えてたんだよね」
「まず創造神たる女神と友達になるって発想自体がぶっ飛んでるがな.......」
かつて話を聞くだけでこんなにも疲れを感じたことがあっただろうか?
俺は大きく息を吐くと、背を壁に預けながら天を仰いだ。
「しかしあの女神がなぁ.......そういや、あの時に俺に言ってた〝あの事〟はこの事だったか」
「あの事?」
「そういやお前にはまだ話してなかったな。俺はこう見えて既に千年以上は生きている」
「えぇ?!」
俺が口にした事実にポラリスは目を見開いて驚いていた。
まぁ仕方ない事だ.......なにせ目の前にいる奴が千年以上も生きてる魔族と知れば、誰だって同じような反応になる。
それがたとえ同じ魔族であろうとも。
「魔族ってそんなに長生きなの?」
「千年生きる奴は生きるが、平均では500から千年くらいだな。俺はちょいと特別なんだ」
「特別?」
「あぁ、俗に言う〝不老不死〟ってやつだな」
「ほぇ〜.......」
「まぁそんな存在なもんで、千年前から始まった大戦にも当然参戦していた」
「だから詳しかったんだ?」
「そうだ。そんで終戦となるまで戦い続けていたし、なんなら当時の勇者とも戦った」
「唯一精霊島についたっていう?」
「奴は恐ろしく強かったが、同じくらい優しい心を持っていた。奴だけだったな.......人族側で誰も殺さずに戦ってたのは。そんで和平協定を結ぶって時に女神が現れた」
「アウローラが?どうして?」
「和平協定の見届け人として降臨したんだとよ。そして女神は俺が一人でいる時に目の前に現れてこんな事を言ってきた」
「なんて?」
「〝これから先、魔族にとっても貴方にとっても重要な.......とても大切な存在が現れます。もしその時には貴方が彼女を護りなさい〟ってな。多分、その時からお前が現れるのを予感していたんだろうさ」
「私とシドが出会うのは偶然じゃなかった?」
「いや、偶然だろう。お前の話から察するに、その女神の恩恵やら祝福やら加護やらが働いて、俺をお前の元へと導いたんだろう。そうなると俺が解雇されたのも必然だったというわけか.......」
最初は理不尽だと思っていた解雇だったが、それには大きな意味があったのかと思うと感慨深いものがある。
同時にあの女神の掌の上だったのかと思うと癪に障るけどな。
「まぁ、あのクソ馬鹿息子の今後が悲惨なものになると思えば実に爽快だがな、クックックッ.......」
「性格悪いよシド?」
「別に構わねぇよ。ところで魔王の番としてこの世界に来たってことは、お前は城を目指さなきゃならないって事だな」
「そうかも。でもどこにあるのか分かんない」
「だろうな。だから俺がそこまで送り届けねぇとならねぇってことになる。そこで一つ条件をつけたいんだが.......」
「なに?」
「俺はお前を城まで送り届ける、けれどその間、お前は絶対に俺の傍から離れるな。この条件を飲むなら俺はお前を無事に城まで送り届けると約束しよう」
「分かった。でも、シドは私を送り届けたあとはどうするの?」
ポラリスを送り届けたあと、か.......それについては全然考えてなかったな。
「そうだなぁ.......王都か魔王領内で冒険者、もしくは傭兵として活動するかな。魔物や魔獣退治はよくやってたからな」
「一緒にいてくれないの?」
「多分なんだが、お前が魔王の番として認められたなら、魔王の方でお前の護衛を選出するだろう。側仕えは信頼されている者がなる方がいいしな」
「そう.......なんだ.......」
ポラリスの表情が暗くなる。
彼女は城でも一緒にいたいと思っているようだが、俺は今の魔王とは何ら関係が無い。
というか俺自身、城に行きたくない理由があるのだが、今はその事については語らないでおこう。
ともかく、今後はポラリスの護送という方向で動くことに専念した方が良いだろう。
そうなると.......。
「先ずは服だな」
「服?」
ポラリスの今の服はボロボロで、到底、旅が出来るようなものでは無い。
なので新しく動きやすく、彼女に似合う服を見繕わねばならない。
あとは馬だろう。
俺一人であれば歩いても構わないのだが、ポラリスと一緒となれば馬があった方が便利である。
荷馬車であれば高いが、馬だけならばそう高くは無いはずだ。
買い込んだ食料などは〝魔法鞄〟に入れとけばいいしな。
そうして俺はポラリスを連れて、先ずは服屋へと向かったのだった。
◆
そして現在に戻り、クルクルと回っていたポラリスはいつの間にか俺の隣で新聞を読んでいた。
「ここにも新聞ってあるんだ?」
「世界のことを知る事が出来る唯一の情報源だからな。お前もいつかは魔王妃になる.......世界の今を知っておいた方が損は無い」
「ふ〜ん.......あっ、〝人間大陸でまたもや内乱〟ってあるけど.......」
幼いくせにスラスラと魔族文字を読めることに関してはつっこまない。
どうせ女神から貰ったという恩恵によるものだろうと推測していたからである。
俺は記事の一面を指し示しながらそう話すポラリスの言葉を返していた。
「人間大陸や亜人大陸、また獣人大陸は様々な種族や国に別れているからな.......〝内乱〟と書いてはいるが、正確には国同士の戦争だ」
「魔族大陸や龍大陸ではそういうのは無いの?」
「魔族大陸は魔王が唯一の王だからな。大陸そのものが一つの国だと思ってくれればいい。龍大陸も同じで大陸そのものが龍王そのものが治める国家だ」
「その王様を嫌う人はいないの?」
「魔王も龍王も、誰もがそうなれるわけではない。この二人の王はまさに神に選ばれし王なんだよ。神に選ばれた王に歯向かおうなんて考える奴がいると思うか?」
そう訊ねるとポラリスは無言で首を横へと振った。
俺はその隣で新聞を畳むと、立ち上がって手を差し出す。
「.......?」
「お前は中身が15歳だとしても見た目は幼い子供だ。まぁ俺からしたら15歳だろうと今だろうと等しく子供だがな。だから手を繋いでいた方がはぐれなくて安心するだろ?」
「うん!」
ポラリスは元気よく返事をすると俺の手を掴み、〝次はどこに行くの?〟というように期待の眼差しでこちらを見上げてくる。
「そんじゃま.......次は馬を買いに行くか」
「馬を買うの?」
「歩いていくより馬に乗って移動した方が楽だろ?」
「確かにそうだね」
そうして俺はポラリスと共に馬を売っている店へと向かう。
しかし店に来たと同時に馬達が一斉に平伏し出したのはここだけの話である。




