1話
「レイアルト·エリアディール!!」
そう呼ばれた少年ははっとして顔を上げた。
「何をぼさっとしている!お情けで置いてやってるんだしっかり勤めろ!」
ヘーゼルブラウンの髪の毛にアクアマリン色の瞳をしている優しげな顔立ちにまだに幼さが残っている小柄な少年だ。
「…ははは、すみません。」
青の衛兵隊の制服を身に纏い、額宛をしてそれなりの姿勢で立っていた。
サボっていたわけではないが仕方ないと思い、当たり障りがないように愛想笑いをしながら謝罪する。
しかし、この上司には意味をなさず更に追撃が降ってきた。
「本当に何故お前のような加護落ちで無能な奴が栄えある王族の衛兵隊に入れたのも総帥のお父上である侯爵様と兄上の騎士団長のお力だからな!」
「…ははは。そうですね。」
この衛兵隊長であるフレディ·ロイドはロンベルト子爵の令息で貴族であることと、衛兵隊であることを誇りにしている典型的な貴族主義の人間だった。
忌々しげな顔でこちらを睨んでくる。
本来であれば、侯爵令息で騎士団総帥である父をもつレイアルトの方が身分としては上なのだが、衛兵隊の上司であることを盾に何かにつけて罵倒してくる。
本当に面倒くさいが、騎士団に所属している以上逆らうわけにもいかず、受け流すことに徹していた。
「ふんっ!たいして役に立ちもしないのに御大層な額宛なんて戦わないんだから、こんなもの必要ないだろう!」
そう、怒鳴りながらレイアルトの額宛に手を伸ばし無理やり剥ぎとり、投げ捨てる。
すると、無理やり剥ぎとった額宛の下には中心から草の蔦のような紋様が浮かび上がっていた。
それを見たフレディは満足げに周りへ聞かせるように声高にレイアルトを罵倒する。
「見ろ!これが加護落ちの無能な証拠だ!龍王妃様の護衛騎士などという大役を身の程も弁えず、引き受けた結果だ!恥を知れ!!」
フレディはこの場所がどこだか忘れているんだろうか?
王族が住まう王宮の一角で怒鳴って罵倒するなんて衛兵隊としても貴族としてもふさわしくない行動をしているのだが、衛兵隊長であるフレディの態度に他の衛兵も引いている。
いつ王族が通ってもおかしくないこの場所で騒いでいて恥ずかしいのは自分だとレイアルトに嘲笑を浴びせて悦に入ってるフレディは気がついていない。
その時、カッカッと力強い足音が廊下に響き、近づいてくる。
「何を騒いでいる?」
低く、有無を言わさない威圧感のある声で問いただしてきた。
「アレクシス殿下!」
慌てて敬礼をして姿勢を正す。
レイアルトとフレディを見やるとため息をつき、呆れた様子だ。
アレクシス·エルドラフ、このエルドラフ王国の第一王太子である。
シルバーブロンドのさらさらの髪に男らしい見目麗しさ、その上背が高く小柄な自分からしたら見上げるのに首が痛い。
威風堂々と王族として威厳に満ちているどころか、若干威圧的だ。
しかも、今は王宮で騒いでいたのを見咎められている。
騒いだのは自分ではないが、巻き添えを食うのは確実だ。
ただでさえ、いつも睨まれているのに。
「チッ」
舌打ちされた。
見た目や佇まいは王族らしいのに、中身は王族らしくない。
「ロイド殿、あなたは衛兵隊長だろう?隊長ともあろう者がなにを廊下で騒いでいるんだ。貴殿はもう少し自分の責務を自覚しろ。」
「殿下、私はエリアディールを注意していただけです。」
アレクシスは廊下に落ちている額宛を見て、レイアルトを見て忌々しげな顔をして額宛を拾い上げる。
レイアルトへそれを押し付けフレディへ向き直りものすごくイライラした顔で詰め寄る。
「その注意を、王宮の廊下で、していることが問題だと言っている。しかも、何故、この俺が、レイアルト·エリアディールの額宛を拾って渡しているんだ?騎士団長へ報告する。」
「で、殿下…!」
フレディの絶望的な声には一切振り返らず、執務室に入っていく。
王太子に睨まれ、この後の衛兵隊長としての地位も絶望的になったフレディに物凄い形相で睨まれる。
完全に八つ当たりだ。
しかし、何も言わず去ってゆく。
あのフレディが睨んだだけで、済むはずがない。
この後のことを思うとため息が出た。