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「うう……あたまいたい……」


 朝から頭がガンガン痛い。そのせいで起きたくらいだ。


 昨日は将校として恥ずかしいくらいに酔っていたようだ。二日酔いの気持ち悪さに人類が慣れる日は来るのだろうか。


 ベッドの上に横になってではなく、横の壁にもたれかかるようにして寝ていた。ダメ人間ここに極まれり。


 質素な白色の布団からは私のために新しくおろしてくれたのだろう。新しいものの匂いがする。


「よいしょ、っと」


 ベッドから離れて部屋の壁沿いに近寄って、白色のカーテンを開けるとアシェンプテル砦こと少女戦線砦の全容が見えた。


 広場、演習場、兵の為の娯楽施設、商業通り、何だってある。そして向こうにはごつい城壁が見える。


 そして更にあっちの方の山の上に豆粒のように見えるのは支部だ。離れを持っている一つの町のようにさえ思ってしまうような光景だった。


 なんとなく窓を開けると冷たい朝の清涼な空気が部屋に流れ込んできて、私の肌の温度をひんやりと下げていった。


 鳥の囀さえずずる音がいたるところから聞こえてくる。私は息を大きく吸った。澄んだ空気が私の肺を満たしていった。


 不意に、ノックの音が聞こえた。


「はーい」


 何だろうと思いながら私はドアを開けた。


「青実ユイさんですか? こちら郵便物になりますね」


 すると目の前には配達員の方が立っていて手に大きめの段ボール箱を持っていた。どうやら私への届け物らしい。


「サインをお願いできますか?」


「はいはい」


 私は手早くサインを書いて受け取った。誰からだろうと思って見ると両親の名前が書いてあった。


 開けると新品のタイプライターと一通の手紙が入っていた。


 手紙の内容はとにかく私のことを気遣う内容だったがあちらからのお願いとして遠くに行ってしまった私に手紙を書いてもらいたいらしい。タイプライターはそういうことか。……本当にあの人たちは変わらない。なんだかほっこりとした気分にさせられた。


 この地でしっかり役目を果たすことを期待しているそうだ。


 ……お父さん、お母さんありがとう。私は私自身のやる気を引き出すためにばちん、と自分の頬を叩いた。


 そうだ、私は立派な軍人にならねばならないんだ。少しくらい配属先の人間に嫌われたからって、何だ。


 そんなの頑張って認められればいいだけの話じゃないか。甘えてなんかいられない。


 父と母の期待に応える事が出来るように頑張りたいと思った。元気が出てきたぞ。


「よし! まずはとにかく一人から私のことを認めてもらおう!」


 作戦もへったくれもない抱負をとりあえず口に出してみた。


 まだ、朝というには少しだけ早かった。


 それから私は配属先の101部隊に当てられた部署にとりあえず向かった。部屋はそこそこ大きく、部屋の中は整然としていた。


 101部隊の部屋はおろか、辺りにすら人の気配は無かった。何分、まだ朝飯前だ。朝飯前に仕事場に足を運ぶ人間なんて希少だろう。


 昨日の人達が本当に使っているのか疑わしくなるほどに凄く綺麗でこざっぱりとしていた。しかし一つだけ上に色々なものが積み上がっている机があって、あれは赤髪のアンジュさんの机か、などと思った。いや、そうに違いない。私の胸ぐらを掴んだあの人のデスクだ。


 ふと、視線の隙間に何か動くものが見えた。


 窓の付近だ。そちらの方に目線をやると女の子の後ろ姿が見えた。こんな早い時間に私よりも人が居ると思わなかったからひどく驚いた。雑巾を片手に持って、窓を丁寧に拭いていた。近寄っても私が来たことに気付いていないようだった。


 近くに寄って、私もそれが誰なのか分かった。枯れきった葉っぱのような色の茶髪の少女だった。


「……カレハさん、でしたっけ? 早い内から御苦労様です」


「ふぁ、ふぁいい!?」


 いきなりの後ろからの声にカレハさんの体が驚いて素っ頓狂な声をあげる。


「カレハ……さんで合ってますよね? あの、オルバウム・カレハさん」


「は、はいっ!? そうです! あ、お疲れさまですっ!」


 カレハさんも振り向いて私であることを認識したようで、深い敬礼をした。


「お疲れさまって……。これからですよ。まだ就業時間にすらなっていませんよ」


「そうですよね。あの、ええと。すいませんすいません」


「そんなに謝らなくても……」


「ごめんなさい」


「……あの、こんな早くからお掃除をしてるんですか?」


「は、はいいっ! すいませんっ!」


「いや、怒ってませんって。これから怒るつもりもありませんし」


 そう言うとカレハさんは急にきょとんとした顔をした。


「怒るつもりはない? 本当に? 本当……ですか?」


「もちろん。こんな早い時間から自ら率先して掃除をしている模範的な人物を怒る人間なんて居ませんよ」


 カレハさんの顔が明るくなった。


「そ、そうですか! ありがとうございます!」


「いや、何への感謝ですか。カレハさんはいつもこんな早い時間から掃除をしてらっしゃるんですか?」


「は、はいいっ! そうですっ! そうでございますですっ!」


 やっぱりわたふたと顔を真っ赤にしてカレハさんが何回も頭を下げる。


「私は戦闘で役立たずだからっ! だからこれくらいはしなきゃ、って思って! 私は雑魚ですからっ!」


 凄い早口だ。


「落ち着いて、落ち着いてください」


やたらと何かに焦っているようなカレハさんを宥めて、そこらにあった椅子の私の隣の席に座ってもらった。


 私は一息ついた。座ってもらったはいいが特に話しかけることがない。


 偶然、備品の紅茶とカップが目の前の棚に置いてあるのが見えた。私は右手で熱魔法の術式を組んだ。


「あ、そうだ。何か飲みます? 偶然そこに備品の茶葉もあることですし」


「め、滅相もございません! 私なんかがそんな……嗜好品なんて恐れ多い!」


 私の提案にカレハさんは驚いていた。というか、さっきから自分を卑下しすぎだろう。


「おっと、あれあれ。魔法の手元が狂って二つも淹れてしまいました。勿体無いから飲んでくださいよお」


 勿論一つだけ作ろうとした紅茶を間違って二つ淹れる間違いなんてする訳が無いのだが。そう言って私はカレハさんにささっと淹れた紅茶を手渡した。


「熱いので気を付けてくださいね」


「あ、ありがとうございます……」


 紅茶を受けとるカレハさんの指は凄い細くて白くてとても綺麗だった。ただ、手先が少し荒れていたのは気になった。


「で、話を戻しますが、カレハさんはいつもこんなに早くから掃除を?」


 カレハさんはゆっくりと頷いた。


「は、はい。私、本当に戦闘も、それ以外の仕事もてんで駄目で、人並みに出来るものといったら掃除くらいしかみんなにしてあげることなんて出来なくて……だから……」


「なるほど。それでこの部屋はこんなに綺麗なんですね。カレハさんのおかげですね」


「違います!」


 カレハさんが怒ったように否定した。


「はい?」


「私のおかげ? 馬鹿みたいなこというのはやめてください! それに、みんなのことを掃除も出来ないダメ人間のように言うのはやめてください! 掃除は私が勝手にやってるだけなんです! 私なんて居なくても綺麗ですのに、まるでみなさんが掃除ができないなんてことを言わないでください」


「いえ、そういう事を言いたい訳では。というか私そんなこと言いました?」


「みんな凄い人なんです! 私なんかじゃ及びもつかなくて、優秀で格好よくて、みんな強い信念を持って動いてて、……とにかく凄い人たちなんです! 私なんかなんの役にもたててないんです! みんなすごいんです!」 


「わ、分かります。分かりますし分かってますよ。カレハさん含めて私が悪く言う資格があると思っている魔法少女サンドリヨンなんてこの世に一人も居ませんよ」


 露骨にカレハさんの顔が真っ赤になるのが分かった。


「わ、私なんかも……? いや、私なんかが! 私なんかのおかげでなんてことはありません! この部屋だって掃除は確かに私がしてますけどこの部屋が綺麗なのは……でも、やっぱり私なんかのおかげなんかじゃ……! 私なんか何の役にも立てないんです!」


 そう言ってカレハさんはまた立ち上がって雑巾を持って窓を拭きはじめた。


「掃除の邪魔です! また来てください! 私なんか何もしてませんから! いいですね、それだけは覚えていてください!」


 なぜかカレハさんを怒らせてしまっているようだ。だが少し喜んでいるように見えないこともない。いや、見えないか。


 どうして怒らせてしまったのか分からないのが、これが私のコミュニケーションの実力不足なのだろう。


 出ていかないと許さないという目でカレハさんがこちらを見ているので出ていかざるを得なくなった。しかし。「待ってください」部屋を出ようとすると後ろからカレハさんの小さな声が聞こえてきた。


「紅茶ありがとうございました。とても美味しかったです」


 ……これは好意的に捉えてもいいのだろうか。

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