鍵崎さんの内緒話
「ひぃ!! た、た、助けて」
「ヴゴゴゴらし、らしいよゴゴゴとったんだってヴゴゴゴゴ」
はぁ。内緒話なんて嫌いだ。
本人から放たれた情報は遅かれ早かれどこかの誰かに伝達される。
大きい声で言うか、小さい声で言うか、それくらいの差しかないんだから、最初から「内緒だよ」なんてつけなければいい。
自分のうちに秘めておけなくなった話なら、抗わずに諦めればいいんだ。
他人が守ってくれるのを期待して、自分からは解き放つなんて身勝手も甚だしい。
ホント、守る方の気持ちも少しは考えてほしいものだ。
「逃げて!」
「は、はひいい!!」
「解放されたし秘めたる言霊、汝我が唇に宿れ。keep a secret!」
私、鍵崎ひいろは代々「内緒話」を人知れず守ってきた鍵崎家33代目当主。他人の後始末にうつつを抜かしてる暇なんてない17歳の高校生である。
些細な内緒話が広がると、それはやがて尾ひれ背びれがついた噂となり、ともすれば関係ない人までのみ込む怪物になる。
その怪物を唇に封印するのが私の役目。
怪物を封印している私の唇はぎょっとするほど真っ赤だ。
その色はどぎつくて、人の醜さを表しているようで、誰にも見られたくなくて、私はいつもマスクを欠かさない。
◇
学校の昼休み、私は屋上で弁当を食べる。
「かーぎさーきさーん!」
この人懐っこい錠本さんと一緒に。
錠本ましろ。身長150cm、肌は名前の通り白く、髪は少し茶色がかったボブ。惜しげもなくかわいらしい笑顔を振りまく彼女は男女問わず人気で、友達はたくさんいるのになぜか私と昼ごはんを食べに毎日屋上へやってくる。
「えへへ」
ペットを飼ったらこんな感じなんだろうか?
私がここにいるだけで、笑顔を見せてくれる錠本さんに、感謝している。
「いただきます」
私は両手を合わせ、弁当を食べる。
マスクは外さない。
「いただきまーふっ!」
錠本さんはパンにかじりつく。
彼女は私の奇妙な食べ方を何も否定しない。
「おいしいね!」
「うん」
錠本さんと食べるご飯は、おいしい。
一緒に食べるようになって3ヶ月、もういいかなって思えてきた。
「……ねぇ」
「?」
「マスク、外していい?」
「もちろん!」
にこにこしながら言うなぁ〜。こっちは結構緊張してるのに。
「じゃあ」
「うん」
誰かに見せるのはこれが初めてだ。
一度深呼吸してマスクを取る。
「キャーーーーーー!!!!」
「あっ」
私は瞬時にマスクで唇を覆う。
悲鳴をあげさせてしまった。
隠し通せばよかった。
わかってた。
内緒話なんて面倒なことするつもりは毛頭なかったけど、結果同じことだ。
自分のうちに秘めておけなくなった。
錠本さんへ甘えた。
他人へ期待する、内緒話をする人たちと何が違うだろうか。
内緒話なんて、面倒で、窮屈で、危険なことする気持ち、なんにもわからなかったけれど、そうだよね、その前にきっと信頼があったんだよね。
内緒話が嫌いだから内緒話する人もつくってこなかった私には、わからないことだった。
そうか、こういう気持ちか。
寂しいね。
怪物たちも寂しかった?
私はマスクの上から唇をなぞる。
「も、もう一回見せて!」
「へ?」
「思わず叫んじゃうほど綺麗だった!!」
「錠本さ……」
「えへへ! もちろん鍵崎さんが嫌じゃなかったら」
「嫌じゃ、ないよ」
私はもう一度深呼吸してマスクを外す。
「きれーー!」
錠本さんの笑顔は太陽みたいだ。
寂しい気持ちは蒸発し私たちの周りでキラキラと光っていた。
「私ね、鍵崎さんとお友達になりたいって思ってここにきてたの。身長170cmの黒髪ロング、すらっとしてて運動神経抜群。人気あるのにいつも距離を保っててミステリアス。気にならない方が難しいよ〜」
錠本さんは降参とでもいうように首を横にたおす。
「口紅じゃ、ないよね?」
私の唇をなぞりながら錠本さんが聞いた。
「うん」
私はふーーと息を吐きながら続けて話す。
「友達つくるの怖かったんだ。私内緒話って嫌いで。あんな危険なことよくできるなって」
「内緒話が危険?」
「うん。巻き込んじゃうかもしれないし」
「つまり鍵崎さんには友達を巻き込むくらい危険な内緒話があるってこと、かな?」
私は口を開くか悩みながら、錠本さんを見る。錠本さんと合わせた瞳の端に影が飛び込む。咄嗟に彼女の手を引き後ろへ隠す。
「キャーーーー!!」
空から降ってきた怪物に怯える彼女。
「ギャギャかわギャよわギャまもギャギャさんギャ」
「か、かか、鍵崎さん、に、逃げて」
ガタガタ震えているのに私の手を引いて必死に逃がそうとする彼女。錠本さんの強さをこんな形で知るなんて。彼女を弱くて守らなくてはならない人だと思い込み、口を開くか悩んでいた数秒前の自分が滑稽に思える。
目を凝らしてみれば、怪物は寂しそうだった。
自分も怪物も、錠本さんのおかげで今まで見えていなかった一面が急にあらわれたように思う。
「解放されたし秘めたる言霊、汝我が唇に宿れ。keep a secret!」
けれど、きっと気づかなかっただけでずっと前からあったんだ。人は誰しも内緒の話があったりするものだから。
内緒なら誰にも言わなきゃいいのにって不思議だった。でも、信頼できる人になら話したくなる気持ち今ならわかる。信頼してたのに裏切られて怪物になる寂しさも、和らげられたらいいなと今では願う。
「友達を巻き込むくらい危険な内緒話ってつまりはこういうことなんだけど、それでもよければ、友達になって」
私は右手を差し出す。
錠本さんは両手でしっかりと握ってくれた。
「えへへ! 嬉しい! 鍵崎さんかっこよかった!! 守ってくれてありがとう!!」
「私の方こそありがとう。あははっ錠本さんって強いね」
「鍵崎さんがそれ言う〜?」
一通り笑い合ったあと錠本さんが手を小刻みに動かし耳を貸してという仕草をした。
彼女の口元に耳を近づけると彼女は両手で私の耳を覆い、小声で囁いた。
「名前で呼びたいんだけどダメかな?」
「あっはははは! 錠本さんの内緒話かわい〜」
「だって! 鍵崎さんみたいにすっごい内緒とかないもん! でも、これから! これからできるかも」
「無理に作るもんじゃないでしょ」
「じゃあ、鍵崎さんの仕事手伝わせて! せっかく教えてもらったんだもん。ただ聞いてるだけじゃ心配しちゃうよ」
「あ〜、そうくる? めちゃくちゃ巻き込んじゃうじゃん」
「平気平気〜! さっきは初めてのことに驚いて情けないところ見せちゃったけど、私こう見えて合気道八段、剣道八段、柔道七段、空手六段、ムエタイ、シラット、クラヴマガを少々嗜んでるから結構強いよ!」
「え?」
「あ、だから、合気道八段、剣道八段、柔道七段、空手六段……」
「強い強い強い! それすっごい強い内緒話!!」
「あ! あはは〜内緒話っていう認識なかった〜。そうそう、実はそうなんだ〜なんかみんな勘違いしちゃうし、聞かれないから言うタイミングもなくて〜」
ホント誰しも内緒の話があるものね。
だけど、その人の違う一面が見られるのって嫌いじゃない。というか、きっと好き。
「そんなに強いなら安心。なんだかわくわくしてきた! これからよろしくね、ましろ!」
「うん! よろしく! ひいろ!」
私はマスクを外して屋上をあとにする。
口元を手の甲で覆いながら廊下を歩く。
緊張で手がジンジンしてるのがわかる。
ましろからもらった勇気を握りしめて手の甲を口から離し教室のドアに手をかける。
誰にも見られたくなかったこの唇だって、好きになれる予感がしてる。




