第20話 考察
第20話です。
茜さんのお父さんに送ってもらい、家についた頃にはもう10時前だったが、茜さんのお父さんから俺の親に説明をしてもらえたことで我が家に雷は落ちずに済んだ。むしろそれどころか
「色々大変だったり思うことはあったりすると思うけど、月野さん家族の信頼を得ているんだから、努力しろよ、空」
と、父から応援された。ただ、そこには「結局は自らが選んだ選択肢の責任を自分で取れ」という思いが滲んでいた。真剣な場面ではしっかりやる父だとはわかっていても、日常の中で急に一瞬だけ真剣になられると、なんだか慣れなかった。
風呂を済ませて自分の部屋へ入った俺は、今日の、特にさっきの料亭での話をボーッと思い出していた。茜さんが多重人格だなんて、コントロールしやすい性質のものだとしても、今まで全くその気配を感じなかったためにまだ実感しきれない自分がいた。そして、どこか嘘なのではないかと思う気持ちも消せなかった。
「あー、でも今更さっきの話が嘘だったとか考えても何にもならないんだから切り替えろ!茜さんとの日常を今までのように、いや今まで以上に楽しく過ごせるように、俺が考えるべきことは何だ!?」
多重人格を信じきれないとしても、もし本当だったらと仮定することで無意味な思考を遮った俺は、とりあえず茜さんのお父さんの話の要点を列挙することにした。
①茜さんには2つの人格がある。
②人格が切り替わるのは20時と2時30分。
③茜さんの夜の間の人格は少し頑固なところがあるがノリは
いい。
④茜さんの多重人格は後天的なもので3歳の頃に発症
⑤元々の茜さんの人格は昼の間の人格
⑥2つの人格の間に優先順位はほとんどないがどちらか片方の
人格しか残せない状況が来れば、茜さんの両親は昼の人格
を優先する。
「こんな感じか」
結構上手く要点を抜き出せたのではないだろうか。
「ただなぁ……単純に多重人格に関する知識が無さすぎるな」
今までは、俺が茜さんの多重人格を知らないということで許されていた、茜さんの気分を害する行動があるかもしれない。そう考えると、茜さんにしていた行動を1つ1つ見直していく必要があるだろう。そして、その判断のためにはどうしても多重人格に関する知識が必要になる。
「ひとまず調べるか」
そして調べていった俺は、衝撃的な事実を知った。
「後天的な多重人格は、多くの場合は強大なストレスや恐怖によって発症する………………」
後天的な多重人格は、かなりの場合、心身に大きなマイナスの影響を与える出来事、いわゆるトラウマとなるようなことをきっかけに発症するということが、インターネット上には数多く書かれていた。それらの情報のうちいくつかは医師によって書かれていて、疑う余地のない事実のようだった。
「茜さんの過去に、一体何が……??」
幼少期のトラウマになるものとして、俺の中に真っ先に浮かんできたのは虐待だった。近年はニュースで取り上げられることも増えている、社会的に大きな問題の1つだ。
しかし、それが原因だとするにはいささか辻褄が合わない部分があった。まず、虐待をしていたのを隠そうとするのなら、親は子と仲の良い様子を見せようとするはずだ。しかしながら先ほどの茜さんのお父さんは、茜さんの途中から生まれた人格に心を開いてもらうのに苦労したと言っていて、家庭内の順風満帆ぶりを強調しようとはしなかった。そして何より、茜さんは普段、家庭での出来事を俺に楽しそうに語る。多重人格の発症をきっかけに両親が改心した可能性があるとはいえ、茜さんが家族に悪いイメージを持っていないことから、その線も薄そうだった。
次に思い浮かんだ可能性は、事故によって何か大きな怪我をした、というものだった。大きな怪我と言っても、怪我から10年以上経っている今であれば傷跡が残っていないのは自然だし、そもそも俺から見えない箇所に傷がある可能性もある。
しかし、またしてもこの推測ではおかしな点があった。それは、「事故であるならばその原因について隠そうとする意味がわからない」ということだ。事故のことについて話をしたとしても、茜さんの内面に深く関わるわけではないため、それであれば事故のことについて説明をして、俺に、より茜さんについての理解を深めてもらったほうが良いような気がする。少なくとも、俺が茜さんのお父さんならそうする。…………ただ、考え方は人それぞれなので事故が原因でもあえて言っていない可能性は否定できないが。
……後は、一応可能性としてあるのは、「茜さんの多重人格は、本当に些細なことで起きて、それ故に茜さんのお父さんが重要視せず説明をしなかった」というものだが…………そんなことあったらもう終わりでーす!!!!!!考察してた俺がバカでーす!!
‥‥正気に戻ろう。もしそうだった場合は、平和な優しい世界だ。うん、茜さんも俺の周りの人々も幸せ。……俺の思考が報われないけど。
色々と考察したが、結局この真相は聞かないべきだろう。言われていないということは、今の段階では俺はその話題には触れるべきではないということだと思う。インターネット上の多くの情報も、「センシティブな話題になることが多いため、自分からは話を聞かないことが吉」ということを述べていた。
そして俺は、明日の授業は何か面白そうな、茜さんとの話題にできそうなやつあったかなー、と思いながらベッドに入った。